吸血鬼殲滅戦・序

第156話 吸血鬼殲滅戦・序『人ごろし城』


 青ひげ男爵を追って、オレたちはまず、コショウ群生地からケルラウグ川を上流に向かって歩いて行くことにした。


 鬱蒼とした森が行く手を遮るように無秩序に生い茂っている。


 オオムカデ爺やなら、そんな森もすいすいと蛇のように前進できるのだが、ああ、ムカデなのに蛇のようにとかややこしいけど。


 川沿いを進むことを提唱したのはヘルシングさんだ。




 「ああ。間違いない。あの吸血鬼どもの残り香がこの川の上流から漂ってくる。」


 ヘルシングさんは吸血鬼を感じ取る嗅覚が発達しているのだろうか、なんとなく感覚のようなもので分かるという。



 「爺や! このまま川沿いを進んでくれ!」


 「はいな! 任せておくれぃ!」



 オオムカデ爺やに乗ったオレたちは縦横無尽にくねくねと進むその動きに対して、ふっ飛ばされずに水平を保てている。


 これはアイの超ナノテクマシンを利用したジャイロスコープシステムを利用したものだ。



 「行けーぃ! とイシカは爺やに命じるのであるゾ!」


 「進めーぃ! とホノリは爺やに号令するのだ!」


 うん、イシカとホノリはそんなの関係なく、爺やの身体を走り回って乗っている。


 重力とか関係ないの!?




 「ジョナサン! このオオムカデの上ってこんなに安定したものですの!?」


 「いやぁ……。僕もオオムカデに乗るなんて初めての経験だからねぇ……。でも、まったく揺れないね。」



 「ジン殿の『技』であろうな。」


 「ヘルシングさん! そんな『技』聞いたことありませんよ!?」


 「うむ。ジョナサン。ジン殿は今までも未知の『技』を使っていた。オレはジン殿のその魔導技術は世界トップクラスと思っている。」


 「ヘルシングさん……。あたしもそう思いますわ!」




 いや……。勝手にオレを持ち上げてくれるのはありがたいけど。


 それ、オレの技術じゃあなくって、アイなんだよねぇ……。


 アイがすごいんだよ。



 (まあ! マスター! そんな……。ぽっ!)


 (あ、アイ。また聞いてたのね? オレの心の声。ちょ、恥ずかしいんだけど!)


 (あら? マスター。何か聞かれてやましいことでもおありですか?)


 (いや、そんなんじゃあないけどね。まあ、いいや。)


 (マスターの評価が上がるように、ワタクシはこれからも最大限、チカラを注ぎますわ!)


 (お………おぅ……。あんまり頑張りすぎないようにね?)


 (イエス! マスター!)




 ちょっと開けた場所に出た瞬間、目の前のケルラウグ川に中洲があり、そこに巨大な城が悠然と建っているのが見えた。


 なんというか優雅な雰囲気の美しい荘厳な城だ。


 だが、それが建っているのが、川の急流の真ん中の小さな中洲であり、その荘厳な城の雰囲気とミスマッチの異様な感じがした。




 「どういうことだ? あんな川の真ん中に城が?」


 「うん。聞いたことないね。たしか、この川の向こう側に『ジュラシック・シティ』という街があったはず。」


 「でも、その街ってもっと上流の方だと思うわ。」




 「その『ジュラシック・シティ』っていうのは、どんな街なんですか?」


 「うむ。『エルフ国』の妖精の中でもちょっと異質なディノエルフ種族の街でな。だが、気さくな連中だと聞いている。」


 「へぇ。でも、その街はもっと上流にあるってことですね?」


 「ああ。こんなところにこれほどの巨大な城があるとは聞いたことがないな。」


 「そうですね。僕も聞いたことがないですよ。」




 「……ということは?」


 「ああ。あれが青ひげ男爵の『人ごろし城』という可能性が高いな。」


 「ヘルシングさん。あたし、聞いたことあるわ。レベル6の土魔法『証城寺(しょうじょうじ)の狸囃子(たぬきばやし)』を……。」



 「なるほど……。築城魔法か……。」


 「ええ。それなら、短期間にこれほどの城があんな不安定な場所に建てられたのも納得だわ。」


 「ミナ。それは可能性が高いね。だが、そうなると……。」


 「ジョナサンの言おうとすることは分かるわ。超一流の魔術師があの城にはいる……ってね。」






 その『証城寺の狸囃』の魔法で建てられた城は、通称、一夜城とも言われていて、戦時下においては拠点づくりに非常に重宝されているという。


 だが、戦争が長らく絶えていた近年は、使い手が途絶えてとも言われていたらしい。


 それを伝え継承してきた強敵の魔術師がいる……というわけだな。




 「マスター! いかがいたしますか? あの城を破壊しますか?」


 「いや。それは城の中の情報がわからない状況では危険だ。」


 「そうだな。ジン殿の言うとおりだろう。ヤツラ吸血鬼は追い詰めると何をするかわからない。『窮地の鎌鼬(かまいたち)、寝た子を起こすな』とも言うからな。」


 「な……、なるほど。ヘルシングさん、それは『ミトラ砦』の件や、『爆裂コショウ』の狂乱……のようなことを言ってるのですね?」


 「ああ。ジン殿は察しが良いな。そうだ。ヤツラ吸血鬼は最後に暴れ放題するというのが決まりごとのようだ。」



 うん。言わんとすることはわかったけど、そのことわざ、なんかいろんなことわざ混ざってない?


 ま、なんとなく理解はできるけどね。




 ケルラウグ川の川幅は最大で200ラケシスマイル(300km)から300ラケシスマイル(500km)はありそうで、これをを見る限りではリオ=グランデ=デ=ミトラ川を上回るだろう。


 また川も急流で、その水の中にどんな魔物が潜んでいるかわからない。



 「やはり、この急流を渡っていくしかないか……?」


 「お待ちなさい! 何かあの城から飛んでくるわ!」



 アイがそう言って指差した方から、空を飛んでやってくる魔物の集団が見えた。




 「吸血コウモリだ!」



 そう。コウモリの大群が目の前の『人ごろし城』から大群で襲ってきたのだ。


 それと合わせて、急流で水の中がよく見えなかった川の中から、骸骨の戦士たちが続々と岸に上がってきた。


 明らかにオレたちは補足されていたということだ。


 そして、それは逆に、目の前の城に青ひげ男爵がいることも間違いないと言えよう。





 「こんな場所に居城を構えたということは、この先にある『ウシュマル』の街、あるいは『ジュラシック・シティ』も危険だということになるな!」


 ヘルシングさんの鋭い洞察力!



 それはおそらく当たっている。


 川のこちら側の街『ウシュマル』はまだ『チチェン・イッツァ』や『テオティワカン』と連携が取れるだろう。


 だが、川の向こう岸にあるという『ジュラシック・シティ』は、間違いなく危機にある。


 あの骸骨たちの大群や、吸血コウモリたちが街を襲えば……。


 川の向こうの『メメント森』はヤツラの支配圏に落ちてしまうだろう。




 「一刻の猶予はありませんね。」


 「アイ! どうする? あの『人ごろし城』をここから正面切って落とすのはなかなかに難しいぞ?」


 「そうですね。戦略としては3つあります。」


 「ふむ。アイ殿。聞こう。」



 ジョナサンさんとミナさんが吸血コウモリと骸骨戦士たちを相手にして時間を稼いでくれている。


 「こちらはおまかせを!」


 「ヘルシングさん! 作戦の指揮をお願いするわ!」




 「1つ目は、いったん撤退して、『ウシュマル』あるいは『チチェン・イッツァ』に援軍を頼むことです。」


 「なるほど。だが、その間に対岸の街『ジュラシック・シティ』が攻められるか、あるいは『人ごろし城』がまたしてもどこかに転移するかもしれないな……。」



 「2つ目は、このまま正面突破で『人ごろし城』に攻め込む手です。」


 「ああ。それが一番近道だな。だが、敵も我々に気がついている。その手は困難だとオレは判断する。」


 それにはヘルシングさんも難色を示した。




 「最後の3つ目としては、このケルラウグ川を渡って、『ジュラシック・シティ』に援軍を頼み、共闘することです。」



 そうか!


 窮地に陥っている『ジュラシック・シティ』を守ることにもなり、かつ、戦力増強もできるっていうことか!




 「だが、この川幅の広いケルラウグ川を渡る手段はあるのか?」


 それは最もな疑問だ。




 すると、それまでおとなしくしていたオオムカデ爺やが割って入ってきた。



 「わしの魔力を尽くせば、川を渡ることはできるぞい。じゃが、これほどの急流を渡るんじゃ。行って帰ってくるほど魔力は持つまいて。つまり、向こう岸に行ったら帰っては来れんぞい。」




 行きは良い良い、帰りは怖い……ってか。


 オレたちは急流を前にどうするか、しばしの間、考えるのであったー。




~続く~


©「証城寺の狸囃子」(曲:中山晋平/詞:野口雨情)




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