第152話 幕間・その4『桜蘭の街の発展』
ジンの住まいである『霧越楼閣』ははるか上空の異空間に存在しているのだが、その直下に『楼蘭』の街が広がっている。
ずいぶんと発展してきていて、最近ミイラ族の非常に美しい女性、通称『楼蘭の美女』と呼ばれるダリヤ・ブイが経営するカフェ『タクラマカン』が人気だ。
今日もたくさんの客で賑わっているが、その中にジンの見知った顔がいた。
「パック。ひさしぶりね。」
「ああ。ベッキー。いや、ベッキーお嬢様。お元気そうでなにより。」
「パック! そんな他人行儀な呼び方はやめて!」
「ご……、ごめん。」
そんな二人の会話を聞いていたパックの隣に座っていた奴隷の少年ジム・キャノンが慌てて割って入る。
「ベッキー様。パックをお許しください。パックは僕のために無茶をしたんだ!」
「ああ。あなたはジムと言ったかしら?」
「ええ。ジム・キャノンです。」
「私がパックに怒っているとでも思ってかしら?」
「え……!? 怒ってないの!?」
今度はパックが大声を上げた。
「もちろん……。黙って行ってしまったことは少しだけ怒ってるわ。でも、私たちは『アドベンチャーズ』の仲間なのよ。」
「ベッキー……。君ってやつは……。おいらを許してくれるのかい?」
「まあね。私も思うところがあるのよ。」
「パックや。お嬢様はジン様の言葉に何か学んだようなのじゃ。」
すかさずお目付け役のエレオーレスが言う。
「じいや!!」
「おっと……。これは口が滑りましたかの? 首が滑ることはよくあるのですがの……。ほっほっほ!」
「まあまあ。それよりも、お茶でも飲んでゆっくり話しましょうよ。」
湖の婦人ヴィヴィアンがそう言って、グレイ伯爵茶をみんなに注いだ。
「おまたせしました。『楼蘭』名物『チョコケーキ』ですわ!」
噂の『桜蘭の美女』ダリヤ・ブイがスイーツを運んできた。
「あんちゃん! このお菓子は美味しいね!」
「ああ。オット。たっぷり食べていいぞ! あんちゃんのぶんも食べるか?」
オットとウントコも『楼蘭』の新名物『チョコケーキ』というものに飛びつくようにして食べる。
なんでも西のほうから最近この『楼蘭』にもたらされた『カカ王』という食物から画期的なお菓子が生み出されたらしい。
これは新たに『楼蘭』発信のスイーツとして各地に広がりそうである。
「あ! そう言えば、ジムの元のご主人がいなくなったらしいわよ?」
「え? ご主人様が……ですか?」
「ええ。なんでも奥さんが行方不明になったらしくて、その後奥さんを追いかけるようにしていなくなったって……。」
「あの『キトル』の街の郊外のお城でしたよね?」
「そうそう……。あの青いひげの貴族……。名前なんだっけ?」
「はい。青ひげ男爵です。」
「そう……。そんな名前だったわね。お城ごとこつ然と消えていたらしいわ。」
「え? あのお城ごとですか?」
「そうよ。」
「でも、お嬢……、じゃあなくって、ベッキー! あのお城、めちゃくちゃ大きかったよ?」
「そうなのよね。だから何かすごい魔法を使ったんじゃないかって。」
「僕もあの新しいご主人様には売られたばっかりで、よくわからないですけど……。ちょっと不気味だったなぁ。」
「ジム。本当に良かったよ。もしかしたら、君も一緒に行方不明になってたかも知れないね……。」
「パック! 怖いこと言わないでよー!」
「ごめんごめん!」
「パックおじさん!」
そこへ声をかけてきたのはズッキーニャだった。
「おいおい! パック兄ちゃんって呼べって言ったろ?」
「だってぇ。兄ちゃんはジン様だけって決めたんだもん!」
「そ……、それじゃあ仕方ないか。ジン様には勝てないや。」
「ねえねえ、あんちゃん! あそこにいる気持ち悪い生き物、なんだべ?」
「あ、あー? なんじゃ!? ありゃ……。見たこと無い魔物だで。」
オットとウントコが指差しているのは、デモ子だった。
「ちょちょいちょいっ! あたし気持ち悪い……だなんて! こちとら、アイ様に言われてズッキーニャの子守りをしているっつーのに!」
「うわっ! しゃべったずら! この魔物め! どこからこの街に入り込んだんだ!」
「あっち行けぃ!」
「こらこらこら! 石を投げるのやめぃ! あたしはデモ子。アイ様の忠実なる下僕にして、ジン様の配下ナンバー1と言えば、わかるかしらねぇ?」
デモ子のこの発言に、石を投げるのをやめたドッコイ兄妹。
デモ子がにゅるりとみなに近寄ってくる。
「パックくん。ベッキー嬢と会えて何よりだねぇ……。ところで、ベッキー嬢はどこにお泊りになるご予定で?」
「ああ。宿屋『首吊少女亭』に泊まるつもりだけど、それがどうしたの?」
「なるほど。たしかにこの『楼蘭』の街にも最近できた宿屋ではありますですけどねぇ……。」
『楼蘭』の街は急速に住民が増え、さらに商売でやってくる者の往来も急増した。
宿屋もないと不便なため、それをなりわいにする者も現れたのだ。
最近は宿屋も数軒できたという。
「ベッキーもジンさんに頼んで、『霧越楼閣』に泊めてもらえばいいんじゃない?」
「え!? パック。あなたはジンさんの家に泊めてもらってるの?」
「ああ。そうなんだよ。アイさんが新しく創った空間とかなんとかで、『異世界エレベーター』という魔道具であっという間に到着するんだよ。」
「うふふ……。それ、あたしも創るの手伝いましたんよ。異次元にワームホールをつないで、それをアイ様が反物質利用で固定化させて……。おっと、説明してもわからないですかね?」
「あ……。はぁ。それで、デモ子さん……でしたわね? 私たちもジンさんの家にお邪魔しちゃってもいいのかしら?」
「そりゃ、あたしの一存では決められませんがね……。アイ様? 聞いてらっしゃるんでしょ?」
デモ子がそう言うと、デモ子の背中からダンゴムシのようなものがうぞうぞと前に回り込んできた。
セコ・王虫(おうむ)だ。
これはアイの端末にもなっているのだ。
「これはこれは。ベッキーさん。お久しぶりですね? もちろん、ジン様はお優しい御方。お許しなさいますでしょう。」
「ええ……!? これ、しゃべった! あ、アイさんの声!」
「あ、アイさん! 昨日オススメしていただいた『奇妙な聖典』は面白かったですよ! まさに最高にハイってやつです!」
「あら? パック。お気に召して何よりですわ。ジン様もあのシリーズは好きでいらっしゃいますからね。」
「うんうん。わかるなぁ。僕は3部も面白いと思ったけど、1部のあの吸血鬼たちがリアルで良かったな。」
「なるほどね。パックは1部がオススメなのね。吸血鬼ですか……。たしかに……。吸血鬼どもは殲滅しなければいけませんねぇ……。」
「え? え? 何の話よ? パック!?」
「ああ。ベッキー。ジンさんはすごいんだよ。この『楼蘭』の街では、映像魔法ですごく面白い物語がたくさん見られるんだ! それも魔道具の箱に映し出されるから、魔法がそんなに得意じゃあなくっても平気なんだ。誰でも気軽にその、『アニメ』という魔法で面白い物語を見られるんだよ!?」
「へぇ!? それは素敵ね? 私も見たいわ。」
「もちろん、ベッキーさん。あなたもたくさんご覧になってくださいね?」
アイもにこにことそれを許可するのだった。
デモ子は思った。
ジン様は本当にすごい……。そして、恐ろしい……と。
あの『アニメ』や『マンガ』というものは、またたく間に人々を虜にしてしまう。
いっさい暴力などで脅したり、チカラを誇示したりしないのに、人々を自身の影響下に置いている。
洗脳……なのかしら?
アイ様はある意味わかりやすい恐怖だけれども、ジン様はそういったものとは全く違う。
恐怖と気づくことさえできない……。
恐ろしや恐ろしや……。
ジン様には逆らっちゃいけないな。
マジで。
~続く~
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