第132話 吸血鬼の陰謀『霊の科学的解析』


 「なん……だと!?」


 「ヘイグのヤツが……!?」


 「ほぉ……? これは想定外ですね。」


 吸血鬼の冒険者たちが口々に言う。


 ジョン・ヘイグが倒されたことはヤツラにとっても思ってもなかったことらしい。




 「まあ、ヤツは我ら四天王の中でも最弱よ……。」


 ジャック・ザ・リッパーがそう言って、目の前のヘルシングさんにふたたびメスを投げつけた。


 あの有名なセリフをまさか本当に言うヤツがいるなんて……!



 「おっと! じゃあ、こちらも早々に片付けるとするか!」


 ヘルシングさんがなんなくそのメスを大剣で打ち払い、宣言する。


 まだこの二人はどちらとも余力を残している様子であった。




 ヘイグは吸血鬼だったようだが、さすがに心臓=魔核を破壊されては死ぬらしい。


 あのエメラルドゴブリンバチ戦で学んだことを、イシカはちゃぁんと覚えていて実践したということだな。


 さすがはオレの下僕よ。


 「イシカ、偉いであるか?」


 「ホノリ、頑張ったのな?」


 「ああ。イシカもホノリも偉いし、よく頑張ったでしょう!!」


 「「にへへぇ……。」」



 満面の笑みの二人である。





 「おまいら! 早くアイツラを殺れぃ!! そうしないとお仕置きだぞ!」


 キュルテンがふたたび、少女霊たちを縛り付ける。


 9人の少女霊たちが苦痛に顔を歪める……。


 「きゅぁあああ……。」


 「うぇええーーん。うぇえええーーん。」


 「いづまで……続くの? この苦しみの世界が……。」




 オレは思わず目を背けてしまった。


 霊……というものに恐怖を感じないわけではない。


 昔あった心霊現象の動画や、心霊スポット探検のようなテレビ番組は見るのも苦手だったからな。



 だけど……。


 この死んだ後もなお苦しめられている彼女たちには、同情してしまう。


 許せない……。この吸血鬼め!




 少女霊たちは9体が空中から回転をしながら迫ってきた。


 そして、少女たちの首だけが胴の部分から抜け落ち、急旋回して螺旋を描いて襲ってくる!


 「飲み込んでやるぅ……!」


 「喰らい尽くすぅ……!」


 「血をすすってやるぅ……!」



 それぞれが呪詛の言葉を吐きながら、スパイラル状に錐揉みしてきたのだ!




 「マスター。解析完了いたしました。」


 「え……?」


 解析? なんの?




 「極微情報素粒子・妨害電磁波! 発動!」


 アイが超ナノテクマシンを総動員し、情報波という量子的妨害電磁波を発生させたのだ。



 少女霊たちを縛るキュルテンの意念波を、量子論の不確定性原理によって、時空間宇宙内で非局在的存在となる情報波として捉え、それに反する妨害電波のようなものを発したというわけだ。


 まあ、後からアイの説明を聞いたのだけど、よくわかってはいない。




 これにより、キュルテンからの縛りから解放された少女霊たちが、ピタリと止まった。


 「あ……ああ……。」


 「こ……これは!?」


 「痛みが……薄れていく……。」





 眼前まで迫ろうかという勢いで迫ってきていた少女霊たちの首が、空中で静止したのだ。


 その顔の表情は、もはや苦痛に歪んだ血の涙を流している顔ではなく、穏やかな優しい少女たちの顔だったのだ。



 「あなたたちとあのキュルテンとの情報波動のつながりは遮断されました。」


 アイが前に進み出て、少女たちに話しかける。


 「あ……りがと……。」


 「久しぶりの……解放感……。」




 「おい! あれ……? リン! 返事しろ! おい! ビョウ! トウ! なんだこれ……!? 俺の言うことが聞けないのか!?」


 キュルテンが呼びかけたのは少女霊たちの名前だろう……。



 今なら、ヤツは無防備だ。


 わかった。ここはオレしかいない。




 オレはアダマンタイトソードをスラリと抜き、超ナノテクマシンにイメージを伝える。


 妨害電磁シールドが展開されている中、オレは夢中でキュルテンのもとに駆け寄る。


 足が軽い。なにかの補助でもついているかのように疾走できる。




 そして、キュルテンとの距離を詰めたオレは大きく剣を振りかぶった。



 「おまえは許さない……。この世界から消えてなくなれ!」



 オレの掲げた剣から電磁力の高まった集積されたエネルギーの塊を剣の切っ先に伝導させる。




 「きさま……! 直接、俺様が喰らってやるわぁーーーーっ!!」


 キュルテンが牙をむき出しにして襲いかかってきた瞬間に、オレは剣を振り下ろした……。



 「局所的重力球体……ミニ・ブラックホールだっ!」




 「ぐ……ぐぐっ……! ぐほほっ……!」


 キュルテンの顔の表情が歪むと同時に、その身体全体も歪み、渦に吸い込まれて行くかのようにねじれる……。



 「なんだ!? おまえのそのチカラはぁあああ! あははははぁーーーんっ!!」



 コォオオオオオオ……



 キュワッ……




 時空のさざなみ音が聞こえたかと思うと、一瞬でキュルテンの体が消失した。


 あとは静寂だけを残して……。




 まわりで見てた者たちには時空のさざなみ音は聞こえなかったらしい。


 どうやら、アイが検出した重力波を可聴帯域の周波数に変換したからだという。


 どちらにしても、ヤツはこの世から消え去ったのだ。




 「死者は……。おまえの玩具じゃあない。」


 オレはキュルテンの姿が消えた虚空を見ながらそうつぶやいた。



 キュルテンが倒されたことを見て焦ったフリッツ・ハールマンは次元魔法『花影』にさらに、同時に複合呪文を唱えた。


 「キュルテンのヤツまでやられてしまうとはな……。ふがいないヤツラよ……。真の力を見せてやる! 魔導鋼糸呪文『白銀の糸』だっ!!」


 『白銀の糸黄金にまじりん、きょうわが頭(こうべ)さんびしく飾りてる、さんはあくれわが君は今もも変わならゆず、若きその日に今もも変わならゆず……白銀の糸糸黄金にまじりん、きょうわが頭さんびしく飾りています、ダーリン! 』




 『花影』の呪文に加えて魔鋼繰糸の呪文を重ねた古着を着た人形たち……古着マリオネットたちが鋼鉄の糸を蜘蛛の巣のように張り巡らせた。


 防御の陣を敷きながら、その隙間から物理の法則を無視した影の剣でジョナサンさんに切り結んでくる。


 古着人形を何体も切り刻んだジョナサンさんとミナさんもこれにはいったん後方へ引くこととなった。



 「ミナ! 気をつけろ! この鋼鉄の糸はやっかいだぞ!?」


 「はい! あなた! あなたこそ気をつけてくださいね!?」



 うー……ん。応援したいのだがなぜか心のなかで素直に応援できない気持ちがふつふつと湧いてくるんですが……。


 リア充め!




 「魔導鋼糸・妖斬網!!」


 古着マタドールたちが一斉に投網(とあみ)のように、鋼の糸を投げつけてきた。


 ジョナサンさん、ミナさん、カラドリウスさん、スチュパリデスさんたちが一斉にその圏内に取り残される……。




 「まずい! ジョナサンさんたちがっ!!」


 オレはその方向を見たが、ここからは少し遠い。


 アイもたった今、少女霊たちを解放して超ナノテクマシンを総動員していたのだ。さすがに助けに行くことはできないか……!?






 (マスター。ご安心ください。)


 (え? なにか手があるのか?)


 (いえ。おそらく彼女になにか策があるのだと推測します。)


 (彼女って……?)




 オレはズームアップモードでジョナサンさんたちの方を見直してみた。


 すると……。


 鋼の糸で包囲されたその中に、ジョナサンさん、ミナさん、カラドリウスさんとスチュパリデスさん……、あれ? もうひとりいる……!?




 「はぁ……。この程度のチカラなの? 噂の吸血鬼っていうのも大したことないのね?」



 サルガタナスさんだ!


 そうか! また転移呪文で彼らのもとへ飛んだのか!


 しかし……、なにをするというのか!?



 「地のゴーレム召喚呪文・『箱根八里』っっ!!」



 サルガタナスさんが呪文を唱えた!




~続く~


©「白銀の糸」(作詞: E・レックスフォード/作曲:H.・ダンクス/訳詞:津川主一)

©「箱根八里」(曲/滝廉太郎 詞/鳥井忱)





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