第133話 吸血鬼の陰謀『混乱と狂乱』


 サルガタナスさんが何かの呪文を唱えた!


 『箱根の山は、天下の嶮(けん)、函谷關(かんこくかん)もものならず、萬丈(ばんじょう)の山、千仞(せんじん)の谷、前に聳(そび)え、後方(しりへ)にささふ、雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす、昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木、羊腸(ようちょう)の小徑(しょうけい)は苔(こけ)滑らか、一夫關に当たるや、萬夫も開くなし、天下に旅する剛氣の武士(もののふ)、大刀腰に足駄がけ、八里の碞根(いはね)踏みならす、かくこそありしか、往時の武士!!』



 (マスター! あれはレベル4の防御の土魔法・地のゴーレム召喚呪文『箱根八里』です。)


 (なるほど。鋼鉄の糸に対して地のゴーレムを召喚し防御しようというのか……!?)




 途端にサルガタナスさんたちの周囲四方に、巨大な土壁が地面から一気に盛り上がってきた!


 そして、鋼の糸を遮り、土壁のゴーレムが巨大な手の形になり、それを引き千切っていく……。


 そして、その網に空いた穴から、ジョナサンさんとミナさんが二人背中合わせに華麗に舞うように同時に合わせて剣を突き出した!



 「剣技・サンクトペテルブルク!!」


 「剣の型・ハリウッド!!」


 二人の剣の奥義が合わさりその相乗効果で、古着マリオネットたちをその衝撃波でことごとく吹き飛ばした……。




 「なんだとぉおおおっ!?」


 ハールマンはその操り人形たちがことごとくその繰り糸を切断されたのを知る。


 こいつは敵わない……。そう思ったのだ。



 「ひ……。逃げなきゃ……。」


 その背中を見せ、後ろに一目散に逃走していくハールマン。




 「あいつが逃げるわよ!」


 「あっ! 待てっ!」


 カラドリウスさん、スチュパリデスさんがそれを見つけ、大声で叫ぶ。



 しかし、ハールマンの動きは早かった。


 ジョナサンさんとミナさんも大技の後で、完全に虚をつかれた状況だ。


 「待つんだ! 卑怯者っ!」


 「待ちなさい! 逃げるなんて許さないわっ!」




 「ははは! 待てと言われて待つやつがいるかっ!」


 こちらを見ながら全速力で走って逃げるハールマン。


 こいつにプライドはないのか……。






 走るハールマンの前に、なにか異様な姿の暗い影が現れた。



 「は……?」



 それは緑と赤の色をした化け物……。蔦のようなものが覆い、トゲトゲの幹に、緑の触手のようなものが蠢き、その中心に大きな牙の生えた口のようなものが開いてよだれを垂らすかのように樹液を垂らしている……『爆裂コショウ』の群れだった……。




 「キッシャァアアアアァアアーーーッ……ジュルルン……!」


 爆裂コショウたちは我先にハールマンに噛みつき、貪りくらい始めた。



 「ぐわぁああ……あははははぁーーーん……。」


 ハールマンはあっという間にその身体を引きちぎられ、食われてしまった。


 しかし、断末魔の叫びはやはり、どことなく嬉しそうに聞こえた。




 バグォオオオ………オオオオオオオオォォオオッン!!



 そして、耳をつんざくような爆裂音……!




 「離れなさい! みんな! 爆裂コショウはお腹いっぱいになると爆裂するわ!」


 カラドリウスさんが大声で注意する。



 なんて危険な植物なんだよ……。


 取り扱い注意どころか手に負えるのか、こいつ。




 「くははっははははっ! もうこうなったら、破壊だ! すべて破壊してやるるぅうう!」


 ジャック・ザ・リッパーが叫ぶ。


 どうやら、ヤツが爆裂コショウを解き放ったようだ。


 自分たちが劣勢になったからって、自爆テロのようなものか……?




 「くっ……! こいつ……さっきたしかに闇を払う一撃が決まったはず……。吸血鬼なら立ち上がれぬはず……? こうなったら、奥義『サン・トメ・プリンシペ』で……!」


 ヘルシングさんが剣の奥義の構えを取る……。



 「ヘルシングさん! いけない! 爆裂コショウたちが連鎖爆裂を起こしてしまいます!」


 スチュパリデスさんがヘルシングさんを制止した!





 「ならば……。魔力増幅……っ!」


 『Amazing grace!(how sweet the sound) That saved a wretch like me! I once was lost but now I am found Was blind, but now I see!!』

(素晴らしき恩恵よ(なんと甘美な響きよ)。私のように悲惨な者を救って下さった。かつては迷ったが、今は見つけられ、かつては盲目であったが、今は見える。)


 レベル5の魔力増幅呪文だ!


 これにより増幅させた魔力で、聖なるチカラを乗せた剣で敵の魔力そのものを断ち切るつもりだろう。




 襲い来る爆裂コショウの触手をなんなく剣で切りさばきながら、同時並行で呪文を唱えるヘルシングさん……。


 魔法剣士だな。


 吸血鬼ハンターたちはみな魔法も剣も使えるのか……。






 「もう遅いわっ! この群生地にいる爆裂コショウたちすべてに混乱と狂乱の魔法『ニコニコの歌』をかけているのだっ!」


 ジャックがそう言って手を振った方を見ると、驚くべき数の爆裂コショウの大群がひしめき合いながら、こちらに向かってくるのが見えた。



 「こんなことをして、いったい何が目的なんだ!? これじゃあ、全てが破壊されてしまうぞ!?」


 「そうよ! あなたたち吸血鬼の目的は血が欲しいのじゃないの??」


 ジョナサンさんとミナさんもこの自己破壊的なジャックの行動に理解ができないようだった。




 「はっはっは……。吸血鬼どもなんて俺は知らん! 俺は俺だ! 破壊と混乱! それこそが俺ののぞみよ!」


 ジャックは不敵に笑った。



 「あなたの正体……わかったわ!」


 サルガタナスさんがジャックに向かってそう言い放つ。


 「そやそや。わかってもうたで! わても!」


 サルワタリもそう言う。



 「なんなんだ? その正体って?」


 オレはサルワタリに聞いた。


 「いや……急に言われてもなぁ……。ちょっと今ド忘れしてもうたかも?」




 なんだよ……。知らねぇんじゃあないか? サルワタリ……。



 「秘密結社『ジャックメイソン』ね!? ジャック・ザ・リッパー!!」


 サルガタナスさんはきっぱりと言い放った。


 「そやそや! それや! 『ジャックメイソン』やろな!」




 あのぉ……。サルワタリさん?



 「サルワタリ。その『ジャックメイソン』ってなんなんだ?」


 「はいな! それはな、正体不明の秘密結社っちゅう話や。メンバーが何人かも誰がメンバーなのかもまったくわからんが、ハイジャックやいろいろな迷惑行為が好きな連中ということだけはわかってるんや。」


 「つまり、何もわかってないということか?」


 「んんーー。まあ、そういうことにもなるんかいなぁ? げへへ。」



 こいつ、役に立つのか立たないのか。




 「ふふふ……。よくぞわかったな? 俺が『ジャックメイソン』ってことを!!」


 ジャックが秘密結社のメンバーだということを認めた!



 いやいや、秘密なんじゃあないのか?


 しかも、『ジャックメイソン』でジャックっていう名前……。そのまんまじゃあないの?




 「……ということで、俺様は失敬させてもらうぞ! また会う日まで! ハイジャック!!」


 ジャックがそう言って呪文を唱えた。


 「帰還呪文『家路』!」


 『遠き山に、日は落ちて、星は空を、ちりばめぬ。きょうのわざを、なし終えて、心軽く、安らえば、風は涼し、この夕べ。いざや、楽しき、まどいせん!まどいせん!』



 ピュゥウウーーーーーー……ゥン……





 ジャック・ザ・リッパーは空の彼方に消えて行ってしまった……。



 つか、あの呪文って放課後の下校の時の歌じゃあないか?





 それにしても置き土産と言うか、この爆裂コショウのとち狂った大群をなんとかしないといけないな……。


 ジャック・ザ・リッパーめ。


 今度会ったら、千倍返しにしてやる!




~続く~


©「アメイジンググレイス」(曲/アメリカ民謡 詞/ジョン・ニュートン)

©「ニコニコの歌(おなかがすいた)」(曲:作曲者不詳・アメリカ民謡/詞:作詞者不詳)

©「家路 (交響曲「新世界」より)」(曲:ドボルザーク/作詞:堀内敬三)





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