第97話 波紋と波動 『無名都市、再び』
黒雲とともに雷が鳴り響き、暴風が吹き荒れている。
巨大な竜巻が天まで貫き、周囲のものを巻き上げていく……。
外宇宙の遥かなる深淵の旅に付き合わされたデモ子だったが、この異常な事態にもまったく動じている様子はなかった。
もともと異界の「混沌」と「夜」が支配する領域の住人であったデモ子にとって、この程度の環境は穏やかな部類なのであった。
デモ子は、中央の頭部にある巨大な口を花が開いたかのように大きく開け、その両肩口からヒヒの顔を持つ頭がめきめきと形作られて3つ首の化け物と姿を変えた。
触手を両手から数本伸ばし、今や人間にも似ているが途轍もなく巨大な姿へ変貌を遂げたイタカに絡ませる。
「な……!? なんだ貴様ァ……!」
「あーたこそ、それが真の姿ってわけ!?」
二匹は口を揃えて言う……。
「「化け物め……!」」
『こんこんこんこんふれふれ雪、ずんずんずんずんつもれよ雪、声なきリズムにのり、ゆかいにおどりながら、ふれふれいつまでも、ふれふれ屋根までも!』
イタカが氷雪呪文を唱え、猛烈な吹雪をデモ子に叩きつける。
しかし、デモ子は平然とそれに耐え、触手をぐにょぐにょと動かす。
デモ子がその意識を集中させ、異界の門を開く。
あたりの空間を夜の闇に包み込み、その闇がイタカの動きを縛り付ける……。
闇がまるで生きているかのように、イタカのチカラを封じていくのだ。
「ぬぅ……!? 闇の呪文『夜のしらべ』か!?」
イタカは困惑する。
デモ子は呪文を詠唱した素振りはなかった。
無詠唱で世界の理に干渉することなど魔法理的に不可能だ……。
「さあ……。混沌の世界に引きずり込みましょうか……!」
「ぐぬぬぬぅ……!?」
デモ子が異界にイタカを引きずり込もうとした、その瞬間ー!
「ちょっと待ったぁあああーーーっ!!」
その声はアイの声だった。
デモ子は、今まさに異界の彼方にイタカをすっ飛ばそうとチカラを込めたその時に、自らの心臓を魔神に掴まれたかのごとく、全身に身の毛もよだつ恐怖の感覚が走ったゆえに、動きを止めたのだった……。
「ア……ア……アイ様!?」
デモ子の全身にびっしょりと冷や汗が吹き出す。
異界の悪魔も汗をかくようだ。
イタカもその瞬間に触手を引きちぎり、距離をとった。
「なんだ……!? 誰かいるのか?」
イタカはなにもない空間に向かって叫ぶ。
するとそこの空間が歪みだし始めた。
どこからともなく声が響く……。
「転移呪文……『恋人よ窓を開け』!!」
なにもない空間に扉が出現し、その扉が音もなく開いた!
扉から出てきたのは黄衣の王、ハスターその人だった。
ハスターは常人の倍ほどの背丈があり、異様な黄色の衣をまとっていて、また「蒼白の仮面」で素顔を隠していた。
ハスターがささやくように言う。
「イタカよ……。貴様の負けだ……。虚空の魔神の前でこれ以上醜態をさらすな……。」
「は……ハスター様ぁ!!」
イタカは戦意を完全に失い、元の大きさにするすると縮んでいく……。
異空間が消え去り、気がつくとデモ子とイタカは『無名都市』の地上部分にたたずんでいた。
ハスターとイタカの前に、デモ子が立っていたが、デモ子のとなりに奇妙なダンゴムシのような生き物がくっついていた。
ダンゴムシには無数の目があり、そのどれもが赤く光っている。
「デモ子? あなたは頼まれた簡単なお使いでさえ、できないのかしら?」
「セコ・王虫(おうむ)!! まさかあたしにそんな物騒なものをつけていたというの!?」
「あら? あなたを心配してのことでしょう? なにか困ることでもあったの?」
このセコ・オウムはその宿主を守るボディガードのような役目を果たすとともに、アイの通信端末でもあるのだ。
「あ! ああ!! あああ! 魂魄消滅プログラムがっ! 来てるって! また流れて来てるって!」
「ああ。消してしまいたい……。」
セコ・オウムがつぶやく。
「ま、人材不足だし、仕方ない。」
セコ・オウムの無数の目がすべて青色に変わった。
「ぷぅ……。アイ様ぁーー! あっちが先にやってきたんですよ? いわば正当防衛ってやつですってば!」
デモ子が言い訳を言う。
ハスターはハスターで、イタカをその足で踏んづけていた。
「貴様……。余の期待に応えられないヤツはいらん!」
「そんなぁ……。あいつが悪いんですよ!? こっちが下手に出てやったら調子の乗りやがったんですよ!」
「余の前でそのようなウソがまかり通ると思ってるのか……?」
ハスターのまとう雰囲気が変わった……。
緊張のあまり、イタカも何も言えない。
ごくり……。
しばらくの間、静寂が周囲を包み込む。
緊張が続いたが、急にハスターが大声で笑い出した。
「わっはっはっは……! まあ良いわ。それより、そちらの魔獣は以前の人形と同じ精神波動を感じる……。アイ殿だったな? こちらのバカが失礼した。」
ハスターはそう言って、デモ子のほうを向いてニヤリと笑う。
「いえ。こちらも失礼しましたわ。皇太子殿下には寛大なお言葉、ありがたきことですわ。」
キチキチと音を立てて、口から触手と歯をちらつかせながら、セコ・オウムがアイの声で答える。
デモ子とイタカはその隣でおとなしくなっている。
近くには、地下都市まで空いた大穴がぽっかり口を開けている。
さきほどのイタカとデモ子の戦いで開いてしまった大穴だ。
「こちらのまぬけはイタカと言う。余の配下のものだ。少し考えが足りないところがあるのでな……。迷惑をかけた。」
「いえいえ。こちらの愚か者……デモ子と言いますが、この愚か者もワタクシどもの意図を理解していなかった様子で、申し訳ございません。」
「はっはっは! アイ殿は寛大であるな。この大穴は余の責任を持って修復するとしよう。」
「ああ。皇太子殿下。それについてはひとつワタクシからご提案がございますわ。」
黄衣の王は、目をキラリと光らせ、目をアイに向けた。
「ほお? なにか考えがおありのようだな……。アイ殿。」
アイは弾むような声で笑いながら答えた。
「ふふふ……。ええ、そのとおりです。この際、この大穴を地上部分へとつなぎ、『無名都市』の地上を都市開発するというのはいかがでしょう? もちろん『海王国』の都市として……ですが。」
「なに!? 地上の都市開発だと?」
「はい。この『無名都市』には今後あまたの者が訪れることとなりましょう……。その際、地下都市部分だけでは、なにかと事足りなくなるのは自明の理。ならば、この機会に地上に都市を築いておくのは良案かと存じます。」
「むぅ……。その発想は余にもなかったぞ?」
ハスターはアイの提案に感心した。
砂漠で何の価値もなかったこの土地が大都市に生まれ変わるなら、これからこの街は大いに発展を遂げ、『海王国』にとっても非常に重要な土地となってくるのは間違いないだろう。
イタカごときに任せておくのはちょっと心許ない。
アイは考える。
この『無名都市』を発展させることで、このサファラ砂漠のエリア全体がこの世界にとって重要なエリアとなってくる……。
『海王国』、『エルフ国』、『帝国』に囲まれたこのいまだ手つかずのエリアは、その気候によって今まで未発展だっただけなのだ。
アイにとって気候などテラフォームの第一歩、初歩中の初歩であり、まったく問題はないことである。
「今後について、お話しましょうか? 殿下!」
「もちろん。余もそれは望むところである!」
二人の思惑は合致したのであったー。
しかし、それを見て……、デモ子は思った。
最初からアイ様が話をしてくれればよかったんじゃね? ……とね。
~続く~
©「雪のおどり」(作詞:油井 圭三/チェコスロバキア民謡)
©「夜のしらべ」(曲/グノー 詞/近藤朔風)
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