第72話 クエストを受けよう! 『バロン男爵』


 オレたちとベッキーたちが通りで話をしていると、そこに駆け寄ってきた者たちがいた。


 オーガの冒険者ウントコ・ドッコイとオット・ドッコイの兄妹だ。


 二人は以前と比べ物にならないほどのいい装備をしていた。


 前回の『赤の盗賊団』討伐報酬で買い揃えたのだろう。




 「ジンさんでないか? また『イラム』の街に来ただか!?」


 オットが嬉しそうに言う。


 「がーっはっはっはっはーーっ!! ジンよ。おれたちの『アドベンチャーズ』は前回でBランクへ昇格した。すぐに追いついてやるわ!」


 ウントコは相変わらず豪気だなぁ。




 「あれ? そういえばパックは今日はいないの?」


 冒険者チーム『アドベンチャーズ』の生き残りにはパック・フィンという吟遊詩人がいたはず。


 ベッキーはなんだか苛立たしげな様子で答える。




 「パックはいなくなったのよ……。」


 「ええ? それはまたどうして?」


 「うん……。エルフの商人の奴隷を逃がすのを手助けしてね……。南方の都市『ニネヴェ』に逃亡しちゃったの……。」




 奴隷……!?


 やはりあるのか……。この世界には……。


 尊厳も何もない、薄汚い制度が……。


 しかも、パックはその奴隷を助けて逃げたという……。




 「パックは偉いな……。なかなかできることじゃないな、それは。」


 「え……?」


 ベッキーは絶句して、オレの顔を見た。




 「ジンさんは……、パックを批判しないの?」


 「ん? どうしてだい? だれかを助けるという勇気を持った者を批判することなんて……。なにもないよ。」


 「そんな……。普通は『法』に背いたパックをみんな批判するのに! パックは馬鹿だって……。みんな、そう言うわ!」


 ベッキーは泣きそうになってそう言った。




 ああ……。ベッキーはパックのことが好きだったんだな……。


 誰からも批判されてパックをかばうこともできなかったのだろう。


 そんなベッキーにオレはそっと背中に手をかけてそっと言葉をかけた。




 「パックのことは任せておけ!」


 「……っ!?」


 ベッキーはオレを目を見開いて見つめ、泣き出した。




 「う……うぅ……。パックは……。パックは私の……大事な……!」


 「うんうん。わかったよ。」


 オレはアイに思念通信を送った。




 (アイ! パックを保護してやってくれ! 一緒にいると思われるその友人もね。)


 (イエス! マスター! では、少しメンバーの編成について変化を加えてよろしいですか?)


 (ああ! 任せる! 信用しているからね。)


 (……!?)


 アイの思念通信がそこで急に途切れてしまったが……、まあ、大丈夫だろう。




 「ベッキー様はお優しいのです。ジン様。これからもお嬢様のことよろしくお願いいたします。」


 黒騎士エレオーレスが頭を下げた。



 ……すると、その頭が、ポトリと地面に落ちた!




 「なんだぁああああーーーっ!?」



 オレはびっくりした! いや、ただただびっくりした!


 イシカもホノリも面白いものを見たって表情だ。


 ミニ・アイはまあ、いつものとおり冷静そのものだが。




 「じいや! 頭が落ちてますよ!?」


 「エレオーレスさん! 気をつけてくださいってあれほど言ってたのに!」



 エレオーレスさんは、デュラハンという種族らしい。




 「これは失礼しました。」


 そう言って当たり前のように、地面に転がっている頭部を拾って、小脇に抱えるエレオーレスさん。



 デュラハンって、アイルランドに伝わる首のない男の姿をした妖精だったっけ……。


 それなら、『エルフ国』にいても不思議ではないのか。




 「エレオーレスさんは本当におっちょこちょいなんですから。」


 マダム・レイクさんが微笑む。


 「じいや。もう恥ずかしいんだからぁ……。」


 「お嬢様。申し訳ありません。」


 ベッキーがエレオーレスさんに言葉をかける。




 オット・ドッコイもウントコ・ドッコイもこれにはびっくりしていたようだ。


 「あんちゃん……。おら、デュラハン初めて見ただよ。」


 「オットよ。それはあんちゃんも一緒だ。」




 「じゃあ、パックのこと何かわかったら、知らせるよ。今はどこに在住してるんだ?」


 「ああ、経済特区の『ハムレット荘』に住んでいるわ。言ってなかった? じゃあ、なにかあったらすぐ教えてね?」


 「わかった。約束するよ。」



 ふむ……。パックをなんとかしないとなぁ。


 さて、どうしようか?




 (マスター! 『無名都市』の外交担当に予定していたヒルコを、『ニネヴェ』にパック保護のため派遣します。

その代わりに、『無名都市』には、『霧越楼閣』で飼っているデモ子に向かわせたいと思いますが、よろしいでしょうか?)


 アイがそう進言してきた。


 (うん。それで構わないけど……。デモ子って誰? それに『楼蘭』とズッキーニャが心配じゃないかな……少し。)


 (デモ子はワタクシの実験室で飼っている魔物でございます。ちょっとクセのある子なので表に出すのは少し不安がありますが、人材不足でございますゆえ致し方ないかと判断します。

ズッキーニャには、専用の守護者として、超ナノテクマシンの集合体であるレイスが影となって守護いたしますゆえ、ご安心を。)


 (レイスか……。たしか地図制作のピリー・レイスもレイスだったよね?)


 (はい。精神記憶を超ナノテクマシンの集合体に宿した、霊的存在とでも言いましょうか。)


 (じゃあ、そのズッキーニャの守護霊体は『サタン・レイス』とでも名付けようか!?)


 (イエス! マスター! 採用させていただきます!)




 そういえば、ハスターさんは以前に、オレに会ったことがあるような口ぶりだったよね……?


 (似たものがいるということですね。)


 アイが思念通信でそう言ってきた。


 (世の中にはそっくりなヒトもいるもんだね?)


 (そ…そうですね……。)





 その後、ベッキーたちと別れ、オレたちはバロン男爵邸へ向かった。


 経済特区へかかる橋の検問所で、オレたちは冒険者ギルドの許可証のドッグタグを見せ、身分を証明し、橋を渡った。


 冒険者ギルドの信用力は大したもんだな。



 道の途中で、ベッキーが住んでいるという『ハムレット荘』を横目に通り過ぎた。


 この地区は豪邸がやけに多いな。




 オレたちがそんなことを話し合いながら歩いていたところ、まわりの豪邸よりも一段と広いお屋敷についた。


 バロン・クトット男爵の邸宅・『ウブドの屋敷』である。


 門を入るとすぐに、まるで来訪者の行く手を阻むように、衝立のようなものが立っていた。

これは、アリン・アリンと呼ばれるもので、内側が丸見えになるのをさえぎり、悪霊が入るのを防ぐためのものだそうだ。『ウブドの屋敷』の立派な門の向こうにあるアリン・アリンには、見るも恐ろしげな鬼女の彫刻が施されており、なにかお化け屋敷のような雰囲気だ。





 「すみませーん! 冒険者ギルドから派遣されてきました!」


 オレがそう屋敷内に呼びかける。


 すると、屋敷の奥からバロン男爵の召使いの女性が迎えに出てきてくれた。


 その女性はカインと呼ばれる無縫製の帯状の一枚布を体に巻いている。まさにバリ島の女性のイメージだ。



 「いらっしゃいませ。ようこそ『ウブドの屋敷』へお越しくださいました。私は当家の召使いバロン・オイヌです。」




 「オレはジン。冒険者ギルドで依頼を受けてきたものだ。バロン男爵へお取次ぎ願いたい。」


 「はい。ギルドから連絡を受けております。こちらへどうぞ。」


 オレたちは屋敷の中へ案内された。


 いちばん奥の建物はもっとも神聖な区画で、祖先をまつる屋敷内の寺院(祭祀場)がある。

屋敷の中央部には、儀礼の建物を中心に寝室、穀物庫、台所が建ち並ぶ生活の場であり、その手前の部分は、お祭りや儀礼のときに余興として踊りや演奏をする場ということらしい。



 オレたちはバロン男爵の待つ部屋に通されたのだった―。




~続く~

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