第15話 赤の盗賊団 『湖畔亭』


 火を吹く子蜘蛛たちがせっせとご飯の準備をしたり、掃除をしたり、風呂焚きをしている・・・。


 この『湖畔亭』の従業員は、蜘蛛人の種族だった・・・。


 これって、女将のラクさんって・・・人間種の姿をしてるけど、やっぱ、そうなんだろうなぁ。




 夕食はラク・シンプ女将の特製コース料理だった。


 コース料理はメゼ(前菜・サラダ)から始まり、続いてティッカ(串焼きのグガランナ牛肉)、クッベ(乾燥挽き割り小麦・ブルグルの中に挽き肉を入れて作る料理で、挽き肉(牛肉またはラム)を詰めて揚げたラグビーボール型のクロケットである。)、ガス(焼いたサテュロス羊肉の塊を削いで供する)、マスグーフ(新鮮な魚をさばき、スパイスを塗り込んでじっくりと焼き上げる)などの肉・魚料理が出される。


 肉はグガランナ牛や、サテュロス羊が好まれ、魚はレモラという種類の魚で岩礁などに群れるとても小さな青白い魚で、頭部に軟骨で出来た吸盤がある。


 また、グガランナ牛は巨大な牛の魔獣で、料理用油にはグガランナ牛の角の中の油・ルガルバンダ油が使われている。


 そして、サテュロス羊は羊の魔獣で、怠惰で無用の種族とされている。




 「ジン様、この肉はめちゃくちゃ美味しいですね。『桜蘭』の町ではなかなか食べられないので嬉しいです。旅に出てよかった。」


 「ジュニアくん、そうなの? 仕入れられないの?」


 「ええ。このグガランナ牛は別名『天の牛』とも呼ばれ、高級種なのですよ。『楼蘭』では肉といえば砂漠ウサギが主ですからね~。」


 「ああ! でも砂漠ウサギも美味しかったよ。」




 「普通にここ『イラム』でも出回っているのは、牛鬼(ぎゅうき)肉が多いんでございやす。はい。」


 ジロキチがそう教えてくれた。


 「松阪牛や神戸牛みたいな感じなのかな・・・グガランナ牛って。」


 「マツサカウシ? 聞いたことないでございやすね・・・そんな種類の牛は・・・。」


 「ああ、そっか。はは。」




 「サテュロス羊はまあ、一般的ですけどね。でも、この料理の味付けは美味しいですよ。」

 

 ジュニアくんがまた教えてくれた。


 「へぇ。このスパイスは何を使ってるのかな?」


 「へい。おそらくこのペッパー(胡椒)の産地は、『ホッドミーミルの森』のもので爆裂種でございやしょうね。」


 またジロキチが答えてくれた。さすが忍者の末裔だな。情報通である。


 ん? 爆裂種・・・? ホッドミーミルの森?




 「ホッドミーミルの森っていうのは?」


 「この『円柱都市イラム』の東に広がっている大森林で、『エルフ国』の領地です。」


 今度はジュニアくんが答えた。ちゃんと勉強してるんだな。えらい。


 「おお! 『エルフ国』か! ここから近いのかな?」


 「ですね~。ここ『イラム』は『エルフ国』との交易が盛んな街ですからねぇ。」


 「あと・・・爆裂種っていったい?」





 「まあ、こういう刺激のある調味料はだいたい火炎系の能力を持った魔獣が多いんですよ。『爆裂コショウ』でしょうね。

別名『黒い火薬』・・・獲物を襲う際に爆裂呪文を唱えてくる魔植物ですね。」


 「そ・・・そうか・・・。」


 なかなかに恐ろしい世界だな。


 「マスターならば問題なく退治できると推測します。」


 「ジン様は僕たちが守る!」


 「アイ・・・ありがとね。丈夫に蘇らせてくれて・・・。ヒルコもその気持ちが嬉しいよ。」


 「滅相もございません。もったいないお言葉!」


 アイが嬉しそうだ。


 「当然です!えっへん!」


 ヒルコはドヤってそう返答した。





 「うん、『楼蘭』で食べたロプノールフィッシュも美味しかったけど、このレモラという魚も美味しいな。やっぱ日本人は魚好きなんだよなぁ。」


 「レモラはその吸盤で船にくっつき進行を妨げるんですよ。たった1匹のレモラが400人の漕ぎ手のいるカリグラのガレー船をびくとも動かなくしたこともあります。その昔『シュラロード帝国』の幕府軍が『火竜連邦』の水帝と一戦を交えようとした時、『南部幕府』のニルリチの帝王軍の艦隊が予定通りに出航できなかったのも、このレモラのせいだと言われてます。」


 「へぇ・・・。すごい魚だな。『南部幕府』と『火竜連邦』は仲がよろしくないのかな?」




 「そうでございますね。何度も戦争していますわ。『南部幕府』と『火竜連邦』は火と火の間柄ですねぇ。」


 「火と水じゃないのか・・・。」


 「ああ。火と水・・・『海王国』も『火竜連邦』仲が悪いですわね。絶えず争っていますよ。」


 「うわぁ。その『火竜連邦』って好戦的なんだな。」


 「さようですわね。戦闘民族国家ですからね。サラマンダー(火蜥蜴)種族は戦争好きですよ。」


 戦闘民族か・・・。某国民的漫画の●イヤ人みたいなのかな。




 オレたちはそんな会話をしながら、食事を終えた。


 食後のデザートが出てきた。


 ヨーグルト・・・だな。




 「こちらもグガランナ牛の乳から作られたヨーグルトなんですよ。」


 ラク女将がそう言って提供してくれた。


 「じゃあ、やっぱり高級ヨーグルトなんだね。」


 「ですね。一般に出回ってるものと味が違いますね!」


 うん。これは本当に美味しい。酸味がほどよく効いていて甘みも絶妙だ。


 「マスター!これは美味しいですね。今度『霧越楼閣』でも再現できるようにしておきましょう!」


 「ジン様!美味しいね!アイ様~僕も食べるのだーっ。頑張ってね~。」


 「もちろんです!任せてくださいませ。」


 なんだか、アイがはりきっている。アイは料理が好きなようだな。




 オレたちは美味い料理に舌鼓を打ち、夕食を終えたころ、ラク女将が切り出した。


 「では、私はこれで。ごゆっくりおやすみください。」


 「あ! お風呂とかあるのかな? 砂漠を抜けてきたからさ。砂が気になって。」


 「オフロ? ああ、帝国で最近流行っている湯浴みのできる施設ですか?」


 「それそれ! それっぽい。」


 「すみません。当宿にはございません。『帝国』か『法・皇国』『火竜連邦』、『地底国』にもあるかもしれませんが・・・。」




 「マスター。マスターの身体は常にクリーンモードになっております。そのおカラダから服、髪の毛に至るまで洗う必要はございません。」


 「え? あ、そうなの? ま、そうか・・・。じゃ、いいや。ラク女将、おやすみね。」


 「はい。おやすみください。ジン様、カシム様、アイ様、ヒルコ様、ジロキチ様。」


 「おう。」


 「おやすみなさいませ。」


 「おやすみ~。」


 「おやすみでござる。」


 「おやすみなさい。」




 オレはジュニアくんに聞いてみた。


 「えっと・・・、お風呂ってこの辺りにはないの?」


 「オフロ・・・ですか? このバビロン地方やサファラ砂漠にはないですねぇ。それってどういう仕組みですか?」


 「あ、いや。浴槽っていう桶みたいなのに、お湯を溜めて身体を洗ってからゆっくり浸かって身体も心も癒すっていうか・・・。」




 「ああ。行水とか水浴びって言って、水をかけて身体を清めるというのはありますけどね。だいたいは川とか湖や泉に行ってやるんですよ。」


 「そっかぁ・・・。あ、温泉とかはあるのかな?」


 「僕も温泉入りたいです!ジン様!」


 ヒルコも温泉好きなのか・・・。


 「温泉・・・あぁ! 『火竜連邦』のヤツラが好んで入るっていうヤツでござるな。」


 ジロキチがどうやら知っているらしい。




 「温泉は火山地帯とかでないとお湯が沸かないでございやす。火山があるのは『火竜連邦』か、『不死国』あるいは『魔界』にしかないと思われやす。」


 「そっか・・・。あ! ここ『イラム』には地図はあるのかな?」


 「そうでやんすねぇ。周辺地図はあるやもしれないでござる。」


 「じゃあ、明日は地図を見に行こう。」


 「いいでござるね。カシム坊ちゃまも地図を知っておかないとでございやすな。」


 「そうだね。ジロキチ。ジン様と一緒に地図を見に行こう。」


 「でやんすな。」




 うーむ。クリーンモードって便利だけど・・・。やっぱお風呂には入りたいな。うん。


 自宅『霧越楼閣』に戻ればお風呂はあるけどな。この周辺にはお風呂がないのか・・・。


 周辺地図といえば・・・そういや、調査をするって言ってたのはどうなったかな?




 (は! 人工衛星『コロンブス』が軌道に乗りました・・・が、空に大陸を発見したところで、何者かの攻撃を受け、撃墜されてございます。)


 (え・・・? 空に大陸? つか撃墜されたの? って、名前『コロンブス』なの? 何者かって誰だ? いや情報量が多い!)


 (撃墜までに調査完了したと思われる地域は我が『霧越楼閣』周辺から東の森林地帯、東方へ12000km、北方へ8000kmまででございます。)


 (おお! でもかなりの地形がわかったようだね。つか、何者だろうなぁ、撃墜って相当高高度だよな、人工衛星軌道って・・・。)


 (はい。巨大な生物かと推定されます。詳細はデータ不足です。また人工衛星を飛ばしますか?)


 (いや、危険だな。地図を手に入れたらまた考えるとしよう。)


 (かしこまりました。)




 「どうかしましたか? ジン様・・・。」


 おっと。ジュニアくんをほったらかしにしてしまっていたようだ。


 「ああ、いや、ちょっと考え事をね。ま、明日にしよっか。疲れたろ?」


 「正直、疲れました。では、そろそろ部屋に戻りますか。」


 「ああ、そうだね。」







 こうして、『円柱都市イラム』での初日は過ぎていったのだった―。



~続く~



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