君と僕の1461日

あんころぼたもち

第1話

死者は勝手に現世にやってくるわけではない。現世にいるものがすべての手続きを終わらせたうえで下りてくることができる。


勇者の一人アランは神殿で冥界神ハーデスとの契約をしていた。


『汝、死者の降臨のために我との契約を結ばんとする者か…』


「我、ハーデスとの契約を受けたし者アラン。この血肉に誓い契約を誓う」


『お前の誠意は受け取った、よろしい』


いつもは閑散としているハーデスの神殿も今日は盛況としている。

それもそのはず、今日は特別な日。2月29日だからだ。

死者はこのように現世で望む者がいるのならばハーデスの契約のもとで命日にだけ現世に戻ることができる。ただしうるう年の2月29日が命日の者は4年に1度しか現世に戻れないため今日は朝から行列ができている。

これはハーデス様大変そう……


死者が現世に下りてこれるようになるには実はこれだけでいい。あくまで死者が現世で悪さをしたときに道連れで死ぬ者を決めているだけなのだ。


あとは会いたいという思いをこめ天に願うだけ……

全てはこの日のために……


4年前のこと。まだアーズの世界は魔王による侵攻が続けられていた。

この事態の収拾させるために各種族から腕に自信のあるものを選び抜き魔王討伐部隊に選抜した。

アランは討伐隊の一人でヒト族の代表。戦績優秀な騎士で攻撃の要でもあった。

そんなアランは討伐隊の中でひときわ小さい女の子を見つけた。


その名はヘレン。あの先が長く尖っている特徴的な耳を持っているということはエルフ族だろう。エルフ族は精霊魔法が得意だからヒーラーだろう。


「あんな小さいやつが戦力になるのかよ」

最初はそんな印象を抱いていた。だがある時その考えは変わった。


魔王軍侵攻拠点制圧中にアランたちは魔物たちに囲まれてしまった。徐々に包囲網が縮まりもう終わりかと思ったその時、大規模精霊魔法により魔物たちは凪ぎ払われた。

アランはヘレンに命を救われた。頼もしいと思った。


背中を合わせながら共に戦う度にその信頼は恋心に変わっていた。


そんな純情も突如壊れてしまう……


2月29日、魔王討伐作戦当日。

遠征の末に討伐隊は半分に減ったが士気は高かった。


そして魔王との死闘は討伐隊が制した。

だがアランに向けられた魔王の死に際の攻撃をヘレンが盾になって守った。

その攻撃でヘレンは死んだ。



「あれからもう四年が経ったのか……」

死者はその肉体が息絶えたところで生き返る。つまりアランはいま元魔王の城にいた。

ヘレンが来るのをドキドキしながら待っていると


「ア……アランなの?」


あの時よく聞いた声。背中を合わせながら戦ったあの時を久々に思い出す。


「ああ……ヘレン。俺だよ、アランだよ」

恋人たちの四年ぶりの再会、それはとても感動的なもので…はなかった。


「あなた本当にアランなの?」

ヘレンが驚くのもそのはずアランはホームレスのような恰好をしていた。

体はやせ細り髪もベタベタにあり肌も透き通るほど白くなっていた。


それもそのはずヘレンを失った悲しみに暮れたアランはほとんど家から出ていなかった。

勇者として王室から与えられた多額の報奨金、様々な支援団体からの援助金、ファンクラブなるものからの差し入れにより働かずに生活していくことが可能になった。

それだけではない、魔王の討伐により国土情勢が安定し輸送網が発達してしまった。

これにより通販というものがとても便利になりアランは家から出なくても本当に暮らせるようになってしまった。


「ちゃんと毎日ご飯食べてるの?お風呂には入ってる?ちゃんと日光浴びないと病気になるよ?」

本当に四年ぶりなのだろうか、話してる内容は彼女というよりは母親のそれである。


そういえば討伐隊のときもこんな感じだった。

アランは戦績こそは優秀な騎士だったが私生活ではすこし抜けているところがあった。

逆にヘレンは人の面倒を見るのが好きな姉御肌な性格をしていたので二人の相性が良かったのだろう。


「ヘレン、お店予約してるからそこにいこ……」

「だめよ、その前に服を買わなくちゃ。これでも勇者なんだからさ」


幸い予約していた時間にはまだ余裕があったので二人で仲良く服を選ぶことにした。


「アランにはこの服のほうが似合いそうなんだよなー」

結果的にデートプランは崩れてしまったようだけどヘレンがニコニコしている姿をみるだけで幸せだった。


その後の時間も幸せだった。

二人は魔王がいた時代にはできなかった贅沢を堪能していた。

「うーんこのお肉おいしいー」

「ああそうだね」


二人にとって四年越しのデート。これもアランが魔王を倒したらヘレンとデートするなんて変なフラグを立てるからだ。


二人の時間は永遠に続くように思われた。だが死者が現世にいられるのは神殿の12時を知らせる鐘の音が鳴り終わるまで。のこりあと10分。


アランはヘレンを近くの丘に連れ出した。

ここは討伐隊が決起集会を行ったところでもある。


「なあヘレン。伝えたいことがあるんだ」

「なに?」


アランは背中に隠していた小さな箱を取り出す。


「僕と結婚してくれないか!」


生者と死者の結婚。けっして可能なものではないのだが二人の間では思いだけでできる。


アランは箱のふたを開けてヘレンに差し出す。

中にはダイヤの指輪。


ヘレンは目を丸くさせて驚いた。まさかこんなことになるとは考えてもいなかったからだ。


何かを思うように空を見上げるヘレン。そして


「はい、こちらこそ……よろしくお願いします」


アランの四年ぶりの願いはかなった。そしてヘレンに指輪をつけようとするが


カーンカーン


12時を告げる鐘の音。急いでつけようとするが焦れば焦るほど指輪が滑る。

そうこうしているうちに鐘の音は鳴り終わりヘレンは目の前から消えていた。


「次に渡すのは四年後かな……」


そんな四年に一度のカップルの切ない一日が終わったのだった。

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