片道5,500万Kmの恋路

まとあし

第1話 遠距離恋愛のゆくえ

 片道約5,500万Kmの道のりを、今日も彼女の住む街に向かって時速27万kmで飛んでいる。


 会うのは約4年ぶりになる。この仕事に就いてから4年に1度、彼女と両親の住む街へ行き、数か月の休暇を過ごす。今年で34歳のおれは、これが3回目の飛行だ。


 おれの仕事は地球と火星の定期運搬船の船員兼エンジニアだ。念願かなって宇宙に関わる仕事に就けた。『宇宙はロマンだ!』と子供のころから思ってたから。ただ、船員のときはほぼ全自動で運行されるので暇な時間が多い。筋肉が減らないように体を鍛えるのと運搬船が正常に運行できているか定期的に確認しそれを地球と火星の関係者へに報告を行うだけだ。一方エンジニアの仕事は楽しい。火星の環境を人が住み易くテラフォーミングする仕事だ。こちらの仕事は限られた資材の中で創意工夫で何とかすると言う、遣り甲斐のある仕事だ。


 今は地球に向けて帰還中で、火星の土や氷などの僅かなサンプルを運んでいるだけだ。地球から火星へ向かうときは逆に運べるだけ運ぶのでギャップが激しい。


 そろそろカルフォルニア時間の21時だ。日本時間だと昼の2時になる。この時間は22時までの1時間だけ地球とテキストメッセージ通信できる。とは言っても距離が有るため往復すると数分掛かってしまうのが悲しい。ちょっとしたやり取りで1時間が終わる。


「お疲れ様。仕事、大丈夫? 接客中? 今日もおれの方からは面白い話は特にないけど、静香の方は何かあった?」


 待つこと数分後。


「お疲れ~。大丈夫よ。ニュースで大きな太陽フレアが発生したって言ってたけど大丈夫だったの? あなたが帰ってくるのはいつもオリンピックイヤーだけど、今年は大阪が開催地だから、最近すごい盛り上がりよ」

「フレアは大丈夫だったよ。いつも心配かけて悪いな。帰ったら旨いものを食べに行こうな」

「ほんと? 楽しみにしちゃうわよ(笑)」


 たわいのない話をしていると1時間など直ぐに過ぎてしまう。


 太陽を中心にして地球と火星は回っている。地球は火星の内側を回り、地球は公転周期365日、火星は公転周期687日にだいたいなっていなる。そして、約780日(約2年2カ月)の周期で地球は火星に追いつき、そして追い越す。 この追い越すとき、地球と火星の距離が近くなる。このため、おれたちは4年に1度しか会えないってわけだ。待ち時間の間に地球では次の資材の調達と準備を。火星ではテラフォーミングを行っている。


 おれは宇宙にロマンを求め、そのまま宇宙に関わる仕事に就いた。悔いは無いが一だけ心残りがある。静香のことだ。おれたちは同級生で今年で同じ34歳になる。学生時代から付き合っていて、将来も一緒に居ようと伝えては居たものの、こんな仕事に就いていては結婚したくても結婚生活と呼べるものは無いだろうから、なかなか言い出せなかった。もちろん別れることなんておれからはできない。でも、今回、帰ったら……、どうにかしたい。


 宇宙線は軌道エレベーターの発着拠点に無事、到着した。地上に戻ったら、まずは長旅で痩せ衰えた筋肉や骨を元に戻すリハビリ生活が待っている。火星は地球に比べて重力が少ないから。リハビリを早めに済ませて日本へ戻るつもりだ。


 宇宙に浮かぶ地球も宝石のように美しいが、軌道エレベータからみる久しぶりの地球の夜景はやはりとても綺麗だ。

 真っ暗な地上に都市や道の光の輪郭が浮かぶ姿を見ると、帰ってきた実感沸く。


 起動エレベータのエントランスに着いたとき。

「伸汰さん!」

 静香の声だ。姿を探すと笑顔の静香が居た。白いシャツにジーンズ姿。うん、おれには地球に負けないくらい美しい。起動エレベータは赤道直下の常夏の浮島の上に建っている。建物の外に出ると、地球に帰ってきた実感が浮かぶ。


「静香? 来てくれてたの?」

「えぇ。リハビリに付き合うわ。もちろん、美味しい食事にも付き合うわよ」

「こんなに早くに逢えると思ってなかったら嬉しいよ。でも、仕事の方は大丈夫なのかい?」

「えっと。実は辞めちゃったの」

「え!? あんなに好きな仕事だったのに?」

「うん……。ちょっと思うことが有って。何も相談しなくてごめん」

「いや、そう言うつもりで言ったわけじゃなくて」


 テキストメッセージでやり取りしているときには気が付かなかったが、なぜか迎えに来てくれてるし、何かいつもと違う気がする。別れ話を切り出されるのか?


「そっか。仕事を辞めたのならしばらくこちらに居られるの?」

「うん、そのつもりで来てるよ。わたしが居ても良いかな?」

「もちろんだよ。ゆっくり話もしたいから、嬉しいよ」

「うん……。いきなり何も言わずに来ても、迷惑にならないか心配してたけど……ありがとう」

「今から検査も有るから、また少し後で」

「うん、また後でね。待ってるね」


 その晩は、2人きりとはいかず、他の船員メンバーとその家族で食事会をした。結局静香の来た理由がわからないまま、不安な気持ちで眠りに着くことになった。


 翌朝、静香からバレンタインデーのチョコレートを貰った。

「遅くなっちゃったけど、これ、ど~ぞ」

 はにかむ笑顔が可愛い。


「ありがとう。4年ぶりだ」

「そうよ、こんな遠距離恋愛なんて普通はありえないんだからね」

 あっ、やはり怒ってるのかな。


「うん……、悪いと思ってる」

「わたし、いい加減遠距離恋愛に耐えられなくなって、けじめと言うか……。それで、思い切って……」

 笑顔が消えて真剣な顔になってる。やばい?! 別れるなんて無理だ。


「静香、待ってくれ! おれと結婚してくれ! ずっとずっといつでも好きだ!」

 意味も脈絡も無く想いが、思わず口を突いて出てくる。


「うん、そう言ってくれると思って、押しかけて来たの。伸汰さんのお母さんに相談したら、『静香ちゃん、伸汰をお願いね。だって、あの子、ほんとにみたいだから』って言われちゃって。わたしが行くしかないなって」


 あっ、そう言うことか。焦ったよ。静香も緊張してあんな真剣な顔に。

「うん、ごめん」


「今日は2月の29日でしょ。女性からプロポーズしても良い日なんだよ。ちなみに断ると罰金なんだって、どこかの女王様が決めたらしいよ。知ってた? わたし、ちっとも知らなくて。それも伸汰さんのお母さんに教えてもらったんだよ。ついでに勇気ももらってきた」

「ほんと、ごめん。母さんには感謝だな」

「後で電話しておいてね。上手く行きましたって」


 静香は緊張が解けたのか、笑顔になってる。でも、ちょっぴり涙目だ。待たせ過ぎてほんとごめんな。

「ああ、ちゃんと電話すよ。しかし、うちの母さんってのんびりしてると思ってたけど、違ったのかな? おれは母さん似だと思ってた」


 それから後は、今後どうするか相談した。おれは後8年は仕事を続けたいとお願いした。一瞬、にらまれたが、ここで怯んではいけない。仕事をやり終えたいのだ。仕事のことは何とか認めてもらえた。静香は優しい。

 しかし、この休暇中に結婚して、さらに子供も作ることになった。


 こうして4年後も、おれは片道約5,500万Kmの道のりを、今日も彼女の住む街に向かって時速27万kmで飛んでいる。あっ、いや、彼女との住む町に。そして、8年後も彼女との住む町に。


 終わり。

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