虫けらの意地

「時に先輩、邪魔をするのは結構ですけど、果たして間に合うのでしょうか?」


 戦う意思を決めたが早々、なんとも情けない疑問をレイナは口にしてしまう。とはいえ、それは重大な問題だ。

 『終末の怪物』は既に翼を広げ、大空に飛び立とうとしている。常識的に考えればあの巨躯が飛べる筈などないのだが、残念ながら怪物に常識は通じない。空を飛ぶ以外役に立たなそうな両腕を羽ばたかせれば、奴は当然のように大空へと舞い上がるだろう。

 そして航空力学的に考えた場合、重たい物体を飛ばすためには速度が必要だ。例えば航空機でエンジントラブル等の理由により失速した場合、機首を下げて降下……落ちる事で加速して揚力を得て、機体を安定させるという対策が取られる。『終末の怪物』が空を飛ぶためには相当のスピードが必要であり、逆説的に奴はとんでもない速さで飛べる筈なのだ。

 一度空を飛ばれたら、恐らく追い付く術はない。飛ぶ前になんとかしなければならない訳だが、一体どうやって止めれば良いのか?


「一応、こんな事もあろうかと、という感じのものは用意しているよ。予測進路Bを取ってるから、場所も申し分ない」


 レイナの疑問に対する先輩の答えは、ポケットから取り出した小さな機械だった。通信端末のようなそれは、真ん中に赤いボタンが一つ付いている。初めて見る筈なのになんだか見覚えがある機械だなぁ、とレイナが思うよりも早く、先輩の指はそのボタンを押した。

 瞬間、『終末の怪物』が足下から噴き出した白煙に飲まれる。

 白煙は舞い上がった雪によるものだけでなく、朦々と立ち上がる粉塵も混ざっていた。白煙の大きさは一瞬で一キロ近く広がり、『終末の怪物』の姿を覆い隠してしまう。

 次いで、殴られたかのような衝撃がレイナの身体に襲い掛かる! 踏ん張る事も出来なかったレイナは「ぎゃあっ」と情けない悲鳴を上げながら、あっさりと吹っ飛ばされた。雪が積もっていなければ、今頃石や砂で傷だらけだろう。


「とりあえず、指向性水爆を起動した。爆破半径は小さいけど、大体十メガトンぐらいの威力があるよ」


 そして爆風を予期してしっかり踏ん張っていた先輩は、平然と恐ろしい事を語る。

 いざとなったら人員ごと吹き飛ばすつもりだったのか。『ミネルヴァのフクロウ』のあまりにも無慈悲な考えにゾッとしなくもないが、しかしながら怪物に対しまともに通じる武器など他にない。

 むしろレイナが気にするのは生態系の方。


「げほっ、げほ……そ、そんなの使ったら、空洞内の恐竜達は大丈夫なんですか!?」


「恐竜達の本来の住処は、『終末の怪物』が眠っていたところよりも更に奥深くだよ。浅いところにいるのは全個体数からすればほんの一部。それに指向性水爆は基地の床に仕掛けられていて、しかも上向きの打撃だから、恐竜達には殆ど被害はない筈だ。うちのは純粋水爆だから、放射能汚染もないし」


「綺麗な水爆とか、さらっとオーバーテクノロジーを……」


「うちがその手の技術持ちなのは、もう散々見てきて知ってるでしょ?」


 レイナのツッコミを受け流す先輩。ともあれ空洞内に広がる古の生態系への被害は、皆無とは言えないまでも少なく抑えているらしい。純粋水爆が配置されたのも、そうした環境への配慮からだろう。

 そうなると残る問題は一つ。


「……これで止まれば苦労はないんだけど、やっぱりそうもいかないか」


 そもそも、が通じるような相手ではないという点だ。


【キル? キルルルル……】


 水爆により舞い上がった白煙の中から、『終末の怪物』はあっさりと顔を出してくる。

 現れた顔は困惑こそしていたが、それだけでしかない。痛み、というより苦しみを何一つ感じておらず、何が起きたのかすら理解していない様子だ。現代科学最大の一撃を受けてなお、攻撃を受けたという認識すら与えられていない。

 熱を吸収する能力がある事は、凍結状態の時点で判明していた。そして放射線ばかりが取り沙汰される核兵器だが、その攻撃の本質は太陽をも上回る熱。攻撃の相性が最悪なのは、復活前から予想されていた事である。


「だけど足場はボロボロにしてやった。これならあの周辺を出るまで、ろくに飛び立てない」


 元より、目的は足止めなのだろう。


「万一に備えて、基地の外に封じ込め用の兵器がある! レイナさんこっちに来てくれ!」


「は、はい!」


 正しく形振り構わない一撃により、時間は稼げた。先輩の後を追い、雪原を駆け抜ける。

 先輩は腕に巻いたコンパスをちらちらと見ながら、何処かを目指す。やがて立ち止まった彼はまた懐から、通信機のような機械を取り出した。今度の機械はたくさんのボタンが付いていて、先輩は慣れた様子で押していく。

 最後に隅っこのボタンを押すと、ガコン、という音を立てて雪が盛り上がる。

 盛り上がった雪は垂直まで立ち上がり、それが自動的に開いた金属製の扉だと分かった。雪に埋もれていた扉の下には梯子があり、先輩は迷いなく降りていく。

 レイナも後を追えば、小さな部屋に辿り着いた。壁の代わりに無数のモニターが敷き詰められ、床にはコンピュータやらコンソールやらが無数に並んでおり非常に狭苦しい。置かれている椅子は二つだけだが、その二つに大人が二人座れば十分に窮屈だ。


「此処は……?」


「ボク達が最初に訪れたあの基地は、あくまで監視と研究のための施設だ。万一があった時、『封じ込め』を行う施設はこっちなのさ」


 困惑しながら空いていた椅子に座るレイナに、一足早く座っていた先輩が答える。彼は流れるような速さで端末を操作し、最後に大きなレバーを引いた。

 瞬間、ずどん、という突き上げられるような揺れが起きる。

 『終末の怪物』が何かしたのか。そう思うレイナだったが、どうにも様子が違う。揺れは一回だけで終わらず、延々と続いていた。更にはどういう訳か、身体に妙な『圧』を感じる。まるでエレベーターに乗った時のような違和感だ。

 そして先輩が浮かべる、少年のような笑顔。


「『ミネルヴァのフクロウ』の本気を見せてあげるよ」


 自慢げな言葉を語り、先輩はとあるボタンを押した。するとモニターに光が灯り、何かが写り出す。

 そのモニターには『答え』が映る。

 。比較する物体がないため詳しくは分からないが、高さは二百メートルを超えているように見える。大地を覆い尽くす雪が蹴散らされ、白い煙のように漂っていた。壁はぐるりと弧を描き、巨大な円を描く。

 その円の中心に居るのは『終末の怪物』。

 レイナは気付いた。自分達の居場所が、モニターに映る巨大な壁の中であると。


「こ、これは……!?」


「封印用要塞『ケイジュ』。組織が開発した最終防衛ラインさ。まぁ、向こうからしたらこんなのは段差程度だろうけど」


 驚くレイナの前で、先輩は慣れた手付きで機器の操作を続ける。

 モニターには無数の照準が現れた。一つ一つがなんらかの武器のものだとすれば、ざっと五十の砲が『終末の怪物』を狙っている。この映像だけで圧倒的な火力が想像出来る、が、相手は水爆の直撃さえも平然と耐え抜く生命体。一体どんな武器ならば通用するというのか。

 不安、というよりも達観に近い想いを抱くレイナ。だが、自分の考えがひょっとしたら『杞憂』かも知れないとも思う。

 何故なら先輩の顔には、不敵な笑みが浮かんでいたからだ。


「レイナさん、そこのレバーでモニターにある赤い照準が動かせる。奴の足下を狙ってくれ」


「え、あ、はい!」


 指示を出され、レイナはすぐにレバーを操作。まるでゲームコントローラーのスティック染みた軽さで照準は動き、それが却って正確な狙いを妨げる。

 それでも一応は今時の若者であるレイナは、『ケイジュ』を観察するためか止めている『終末の怪物』の足に狙いを無事定め――――


「撃て!」


 先輩の掛け声と共に、レバーのボタンを押す。

 すると『ケイジュ』から射出されたであろう、白い塊が『終末の怪物』の足へと飛来。見事着弾した。ただし派手な爆発は起こらず、まるで飛沫のように飛び散るだけ。攻撃としては、なんだかしょぼい。

 しかしそれで十分だった。

 直撃した物体は、粘着質な液体だったのである。拡散した液体は『終末の怪物』の足下に張り付き、雪原とその巨体を繋いでしまう。雪のような粉があると剥がれやすくなりそうな気がするが、液体はお構いなし。がっちりと地上と張り付く。

 気にせず歩こうとした『終末の怪物』は、されど足は一歩と前に進まず。その結果身体が前のめりになってしまう。自分の足が固定されているとようやく気付いたのか、バタバタと翼を羽ばたかせるも時既に遅し。

 ずどんという轟音、更には巨大地震と勘違いしそうな揺れを起こしながら、『終末の怪物』は転倒した! 特段怪我もしてないのか素早く起き上がるも、怪物がどれだけ力を込めても足は動かず。未だにその動きを阻んでいる。

 『終末の怪物』は我慢ならないとばかりに、付着した液体に首を伸ばして噛み付き、強引に引き剥がそうとする。が、この試みは失態だ。液体は口に張り付き、開かなくなってしまったのだから。キョトンとした顔が慌てふためくのに、そう長い時間は掛からない。


「凄い……え、なんですかあのネバネバ!?」


「あれはアルゼンチンに生息している、イモムシ型の怪物が吐く糸を利用したものさ。利用しやすくするため多少加工しているから、本物ほどの粘付きはないけど、十分過ぎるだろう?」


 興奮するレイナに怪物由来のテクノロジーだと説明する先輩。彼は自分の手元にあるコンソールを叩き、新たなレバーと小さなモニターを出した。

 先輩はモニターに映る照準を確認し、『終末の怪物』の頭に狙いを定める。口に付着した液体を取ろうと藻掻いている『終末の怪物』だが、当の頭はあまり揺れ動いていない。ロックオンを知らせるような音が鳴り、合わせて先輩はレバーのスイッチを押す。

 瞬間、何かが『ケイジュ』より放たれた。

 あまりにも高速で飛翔し、残像しか見えなかったそれは『終末の怪物』の頭部に命中。ほんの僅かに、怪物の顔を背かせる……そう、背かせた。核爆弾を喰らった事すら気付かないほど頑強な生物が、ただ質量がぶつかっただけで頭を揺らしたのだ。

 『終末の怪物』は目をパチクリさせ、キョロキョロと辺りを見回す。その間に先輩は別モニターを見て、そこに移る『終末の怪物』の背中……背後の映像で照準を合わせる。再びスイッチを押すと、今度は背中側から飛んできた何かが『終末の怪物』の後頭部を直撃。怪物の頭が僅かながら前のめりに傾く。

 今度はレイナにも何がぶつかったのかが見えた。ただし飛んでいるものではなく、『終末の怪物』の頭に激突し、弾かれたものだ。

 一言でいうならば、針。

 長さは推定五十メートル。曲がりも欠けもしていないそれは、画面越しで見ているレイナすら寒気を覚えるほど鋭い。どうやらこの物騒な凶器をぶち込んでいたようだ。


「アレは中国に生息している、甲虫型の怪物から得た素材を加工したもの。核シェルターなんて余裕で貫通する威力があるよ」


 針の存在に気付いたレイナに、先輩はまたも説明。跳ね返した怪物の強度は勿論恐ろしいが、怪物に命中しても欠けない強度は正しく怪物由来。核シェルターを貫くというのは、比喩ではないのだろう。

 更に先輩がボタン操作をすると、『ケイジュ』の一部から電撃が放たれた。また機銃のようなものが生え、小さな爆発する粒も撃ち出す。青白いレーザーのようなもの、回転しながら飛んでいく刃……不可思議な攻撃も『終末の怪物』に当たり、激して飛び散る。

 どれもこれも、現代科学では作り出せないような超兵器ばかり。

 『ケイジュ』に詰め込まれているのは、怪物達の力なのだ。


【キル、キルルゥ……!】


 次々と放たれる怪物の力を受けて、ついに『終末の怪物』が唸る。口を塞いでいた粘付きを強引に引き千切りつつ、朦々と漂う煙を羽毛に覆われた翼で払い、ハエが眼前に飛んできたように仰け反って針を躱す。浴びせられる爆発やレーザーは羽毛を穢し、『終末の怪物』は不愉快そうに身を震わせた。

 お世辞にも、ダメージを与えているとは言い難い。されど明らかに意識は人間達の攻撃に向いていて、もう、奴は飛び立とうとはしていない様子。

 虫けらである人間が、偉大なる怪物様の足を止めたのだ。


「こ、これなら……!」


 胸に希望が満たされたレイナは、思わず呟く。

 怪物達の生態研究を元にして作り出した技術の数々。真似をしたのは人類の力だが、しかし元を辿れば怪物の力だ。つまりこの戦いは、怪物対怪物の争いである。

 『終末の怪物』は世界を滅ぼすという。されどこの星には他にも数多の怪物が潜んでいるのだ。その力を結集させれば、倒す事は叶わずとも、足止めぐらいは出来る。この間にジョセフが秘密兵器か何かを起動させれば……きっとコイツを封じ込められるに違いない。

 勝てると思った。

 勝利と主張するにはあまりにも情けないやり方だが、目的を達成出来たならこちらの勝利である。中々人間もやるじゃないかと、僅かにレイナの口許が緩んだ。

 ――――これは油断ではない。何故なら例え警戒心を剥き出しにしていても、何も変わらなかったのだから。

 確かに、未だレイナ達は『終末の怪物』に掠り傷すら負わせられていない。されど傷がない事と、苛立ちを覚えない事は別問題。

 さながらそれは無害な羽虫が耳許を飛び交うだけで、横を通り過ぎた誰かと肩がぶつかった時よりも激しい怒りを覚えるように。身体は無傷でも、五月蝿い小バエを叩き潰してやろうと軽く手を振り回すように。

 いずれなんらかの反撃があるとは、レイナも薄々予期していた。

 予期出来なかったのは、世界を終わらせる生き物の『掌』を、小バエに過ぎない人間なんかが予想出来る筈もない事。


【キルルルルルルル……!】


 これまでよりも微かに低い、けれども聞いた事のない声色。今までとは異なる様子、そして何より映像越しからも伝わる『怒り』に背筋が凍るレイナだったが、気付いたところで遅過ぎた。

 『終末の怪物』が翼を大きく広げて、その身体からまでに、コンマ一秒の貯めすら必要としなかったのだから。


「……え?」


 もしも冷静だったなら、あまりの間抜けさに笑ってしまったであろう声がレイナの口から漏れ出る。

 これまでも怪物の不思議な力は幾度となく見てきたが、此度の『力』は幻想的過ぎた。思考が停止し、四方八方に広がりながら迫り来るそれがなんであるのかすら考え付かない。尤も考えたところで、一秒と経たずにやってきたものをどうこう出来る筈もなく。


「不味いッ!」


 精々先輩が、レイナの身体に突然抱き付くぐらい。

 いきなり抱き付かれたレイナは目を白黒させてしまう、が、驚きを自覚する暇もない。

 直後、レイナの身体が浮遊感に包まれた。

 続いて聞こえてきたのは、耳が痛くなるほどの爆音! 今まで映像を映していたモニターがノイズ塗れになった、直後にはモニターそのものがバラバラに吹き飛ぶ。機器が根元から引っ剥がされ、次々と空を飛んだ。

 怪物が放った攻撃で、要塞ケイジュが破壊された。

 文章にすればたったこれだけの事象。されどそのために必要な力はどれほどのものか。余波によるものか頭が激しく揺さぶられ、全身に何かがぶつかったような感覚の

中、レイナの意識が途絶える。

 目覚めた時、レイナの身体は半分瓦礫に埋まっている状態で横たわっていた。


「……………ぶはっ!? はっ、あ、はぁ、はぁ、はぁ……!?」


 そして息も止まっていて、覚醒と共に再開した呼吸で不足していた酸素を補おうとする。

 何がなんだか分からない。今、自分はどうなっている? というかこの瓦礫は何?

 混乱しながら、じたばたと蠢いて身体の上の瓦礫を退かす。瓦礫は比較的軽く、レイナの力でも押し退ける事が出来た。身を起こし、そしてパチリと目を開けてみれば、

 自分に寄り掛かるように倒れ、頭から血を流している先輩の姿を見た。


「……え?」


 最初、レイナは呆けた声が漏れ出た。

 次いで顔を青くし、急いで周りを見渡して、助けを呼べる場所ではないと思い出して自分が先輩を看る。

 先輩はレイナの身体に抱き付くような体勢で、全身がぼろぼろになっていた。服は埃で汚れ、顔や手などの露出している場所には青痣が見える。恐らく服の下にもたくさんの傷がある筈。

 これで気付かぬほど、レイナも鈍くない。

 先輩は身を挺して、先の崩壊から自分を守ってくれたのだ。


「先輩っ!? 嘘、先輩起きてください!」


「ぐ……ぅ……あ、あぁ……よかっ、た……無事、で……」


 レイナが身体を揺すると、先輩は呻くような声を漏らす。まだ生きているし、言葉も発してくれた。どうやらもうしばらくは生きてくれそうである。

 しかしこんなのはあくまで素人診断。本当の容態は、専門的な知識を持つ医者に診せねば分かるまい。一見したところ出血は浅い切り傷による僅かなものだけだが、臓器が傷付いていた場合、放置すれば容態が急変する可能性だってある。

 何処かに応急手当をするための道具はないだろうか? レイナは辺りを見渡して、

 ようやく、自分が置かれている境遇を理解した。

 周囲に広がるのは、瓦礫の山ばかり。そして暗雲に満ちた大空が広がる。

 自分は『ケイジュ』という強大な要塞内に居た筈。なのにどうして外にいるのか? 考えれば答えはすぐに導き出された。難しい事は何一つない。

 ただ、『終末の怪物』が放った不思議な一撃で『ケイジュ』が跡形もなく吹っ飛ばされただけだ。


「……何よ、それ」


 思わず、笑ってしまう。先輩を治療するという考えすら、何処か彼方に飛んでいった。

 これなら勝てる? 足止め出来る?

 なんという思い上がりか。あんなにも怪物と触れ合ってきたのに、自分は何も分かっちゃいなかった。怪物の力をいくら模倣したところで、本当の怪物相手では足下にも及ばない。怪物達の力が人間の理解を超えているのだから。

 ましてやその怪物達をも滅ぼしかねない『終末』など、足下にすら及ぶ訳がないのに。


【キルルルルゥゥゥ……!】


 邪魔者を排除したという確信を抱いたのか、『終末の怪物』は悠々と翼を広げる。今度こそ飛び立つつもりのようだが、最早レイナ達にはちょっかいを出す手段すらない。

 虫けらの抵抗もここまでか。元よりレイナの心に諦めが満ち、立ち上がる力すら入らなくなる。職業的使命感がへし折られると、後に残るのは純粋な好奇心のみ。果たしてこの強大な生命の出現は、この星の生態系にどんな変化をもたらすのか……

 そんな考察を始めた時である。


「……とりあえず、時間は、稼げたか」


 何処か安堵したような声を、先輩が漏らした。

 どういう事か? 答えは間もなく教えてもらえた。ただし先輩の口からではなく、歩く事も儘ならないような大地震という形で。

 この揺れは『終末の怪物』が起こしたものではない。何しろ『終末の怪物』そのものが、地震に困惑した素振りを見せているのだ。首を左右に動かし、辺りを見回している。広げた両翼を曲げ、まるで人間の格闘家のような構えを取った。

 『終末の怪物』はこの地震に、なんらかの気配を感じ取ったらしい。故に警戒していたようだが……残念ながら今回、それは意味を成さなかった。

 何故なら気配は『終末の怪物』の足下に潜み、出現と同時に古代の支配者を容赦なく突き飛ばしたのだから。

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