古の生態系

 最初、レイナは基地内が地獄と化していると考えていた。

 飛行機内で読んだ資料曰く、南極基地には総勢百五十名の研究員・作業員、そして武器を持った『保安員』が居たという。その全員と連絡が途絶している現状を思えば……彼等の生命が無事とは考え辛い。どれほど腕の立つ連中が、どれほどの規模でやってきたかは不明だが、穏便に拘束されていると考えるほどレイナも甘い考えの持ち主ではないのだ。

 だから多少の覚悟はしていたが――――


「これは、想定していた中では最悪ですかねー」


「ほんとにねー」


「困ったものだなこれは」


 ぽつりと正直な感想を零すレイナ。そんな彼女の一言に、先輩やジョセフも賛同した。

 レイナ達が突入した基地内はお洒落なオフィスの受付のような、静かで落ち着きあるデザインをしていた。天井の明かりは煌々と輝き、少なくとも発電装置は生きていると分かる。気温は暑くも寒くもないものであり、着ていたのが普通の防寒着ならば汗が滲んできただろう。普段なら、きっと職員達の団欒する姿が見えたに違いない。

 残念ながら、今此処にあるのは血溜まりや壁に付着した血飛沫。服の切れ端らしき布地に毛髪。そして――――『肉片』。

 惨たらしい虐殺が此処で起きていた証だ。見ているだけで胸糞が悪くなってくる。されど音信不通となった基地なのだ。この程度の惨状は想定していた通り。好ましくはないが、予期していたのだから驚きは少ないし、わざわざ問題視する事でもない。

 問題なのは、そこに事だ。職員は勿論、襲撃者らしき姿もない。


「……誰もいないね?」


「全員無事に逃げた、という事でしょうか……?」


 死体がない事に、平治と道子も違和感を覚えたらしい。道子はおどおどと希望的な考えを述べている。

 レイナとしてもそうであってほしい。が、肉片が散らばっている事からして、その可能性は皆無であろう。先輩とジョセフも神妙な面持ちを浮かべ、同じ結論に達している様子である事からも、レイナの中で自分の考えが正解だと確信していた。

 尤も、だからといって自分達に今更何が出来るというものでもなく。


「……慎重に、可能な限り音を立てないように移動しよう」


 先輩が提示した案が、唯一の『悪足掻き』だった。

 ジョセフが先頭を歩き、彼が引き連れてきた作業員四名、先輩と続いていく。レイナは先輩の後を追い、平治と道子もレイナの後ろを付いてくる。

 事前に渡された資料曰く、この基地の奥には地下空洞への入口があり、『終末の怪物』はその地下空洞内で眠っている。まずはそこを目指し、怪物の状態を確認するのが作戦の第一段階だ。道を知っているというジョセフの後を追い、長い長い廊下を九人で進む。

 奥に進んでも、基地内は何処も血塗れだった。

 血塗れだが、死体は何処にもない。どの壁も真っ赤に染まり、致死量の血溜まりさえも珍しくないのに。「ここで惨劇がありました」というメッセージはあるのに、肝心の惨劇が見付からず、じわじわと不安が心を蝕む。

 沈黙を保ったまま歩き続けるレイナ達。やがて一行は大きな部屋に辿り着く。部屋の中には無数の棚や機械が置かれ、正確な広さは窺い知れないが、横幅だけで三十メートルはありそうだ。棚には『無断での開封禁止』だの『C級研究員以上のみ接触可能』だの、仰々しい張り紙がチラホラと見られる。恐らくは研究施設の一つで、採取されたサンプルなどが保管されているのだろう。ただし顔で感じる気温が特別低いという事もなく、紫外線消毒やクリーンルームも通らなかったので、そこまで稀少な検体や取り扱いに注意が必要なものはなさそうだが――――


「隠れろ!」


 等とレイナが考えながら歩いていた時、ジョセフが小声で警告を発した。

 ジョセフの連れてきた作業員達は素早く棚の影に隠れ、先輩も同じぐらい速く移動。考え込んでいたレイナは反応が遅れ、平治と道子に連れられ近くの棚に身を潜めた。

 足音が止み、全員が息を潜めると……小さな音が聞こえてくる。

 それは、くちゃくちゃと、何かを噛むような音だった。

 時折ぶちりと引き千切る音が鳴り、ごくんと物を飲み込む音が聞こえた。ガリガリというのは、爪が床を引っ掻いた際のものか。時々大きな千切れる音が鳴ると、今度は硬いものを砕く音が聞こえてくる。そしてまた飲み干す音が鳴ると、唸るような、満足するような、そんな獣の鳴き声が後に続いた。

 居るのだ。何か、大きな生き物が。


「……………」


 ゆっくりと、音を立てないよう、慎重にレイナは物陰から顔を出す。平治と道子はそんなレイナを止めない。彼女達も『正体』が気になるのだろう。レイナと同じく物陰から顔を出した。


「ひっ」


 次いで道子が小さな悲鳴を漏らす。

 しかしよく頑張った方だ。レイナが予め……南極に向かう飛行機内で、少しだけ『説明』しておいたのが功を奏したのだろう。何も知らなかったなら、彼女はきっともっと大きな叫びを上げている。

 レイナ達が目にしたのは、棚を薙ぎ倒して作った広いスペースに陣取る、巨大な爬虫類だった。

 されどそれをトカゲと呼ぶ者はいないだろう。何故ならそいつは地面に対し垂直に生えた二本の後ろ足だけで立っていたのだから。体長は凡そ十メートル。背中と尾は地面に対して水平に伸びており、体高は三メートル程度だろうか。手足は人間の何倍も太く、力強いもの。長くて太い首の先にはワニのような頭部があり、その頭部に嵌まる目玉は部屋の明かりによって赤く輝いている。開いた口にはナイフよりも鋭い歯がずらりと並び、血を滴らせていた。

 長く伸びた尾は、手持ち無沙汰であるかのようにぶらぶらと揺れている。時折ぶつかった椅子や棚が吹き飛ばされ、力強さを物語っていた。足は後ろ向きの指が一本、前向きの指が三本と、鳥のような形をしている。手にも足にも長く鋭い爪があり、コンクリートで出来た床に傷を付ける。爬虫類でありながら運動性に優れているのか、足は人間のように忙しなく、小刻みに動き回っていた。走り出せば、きっと凄まじい速さを生み出すであろう。

 そして身体を覆うものは、羽毛と鱗だ。首や腕、胴体や足など、大半は羽毛に覆われている。鱗に覆われているのは顔面と腹部だけ。無感情な顔が血で汚れている様は、如何にも殺戮マシーンであるかのような印象を見る者に与える。羽毛の色合いは青白く、まるで氷のようだ。

 等々長く語れども、現代人であればこの生物をたった一言で言い表せる。


「きょ、恐竜……!?」


 平治が思わず呟いた、絶滅した筈の生物の名を以てして。

 レイナ達の前に現れた生物は羽毛に覆われた『恐竜』だった。多少詳しい者に伝えるならヴェロキラプトルをアロサウルスぐらい巨大化したような姿。知らないものに教えるなら、デカい肉食恐竜だろうか。

 恐竜の再発見となれば、正しく世界が驚くものであろう。されど『ミネルヴァのフクロウ』にとって、この発見は新しいものではない。

 何故なら『終末の怪物』が眠る領域には、恐竜がわんさか住み着いている事が既に確認されているのだから。


「(資料を疑っていた訳じゃないけど、こうして本物を前にすると、やっぱり驚くわね……)」


 鼓動が早まる胸を押さえながら、レイナは飛行機内で目を通した資料について思い起こす。

 今から凡そ六千六百万年前――――巨大隕石が地球に激突した。巻き上がった粉塵により太陽光が遮られ、地球は急速に寒冷化。世界で最も有名な大量絶滅が引き起こされた。当時恐竜は既に衰退期を迎えており、この巨大隕石により止めを刺される形で絶滅した……というのが表向きの通説である。

 だが、恐竜は滅びていなかった。

 元々寒冷地に棲息していた種が、気温の低下に合わせて赤道方面に進出。寒冷化した『熱帯地域』に適応する事で辛うじて絶滅を免れたのだ。ただし再び支配者として返り咲くほどの力は残されておらず、細々と命を繋ぐのみ。やがて隕石による粉塵が晴れ、徐々に気温が上昇を始めたものの、その頃には恐竜の生態的地位ニッチは鳥類や哺乳類に奪われており、暖かな地域に生き延びた恐竜達の居場所は残されていなかった。

 恐竜達は進化したライバルとの競争を避け、より寒くて天敵が少ない極地へと進出していく。最終的に南極に辿り着いた彼等は、氷の大地の地下に適応。独自の進化を遂げながら、ひっそりと生き延びていた……

 それが、『終末の怪物』が存在する空洞に築かれた生態系の起源であると考えられている。恐らくこの恐竜も生き延びた末裔の一種であり、なんらかの拍子に地下から出てきたのだろう。


「(あの図体なら、人間一人ぐらいぺろりよねぇ……)」


 室内に居る恐竜 ― 羽毛に覆われているので以後この種は羽毛恐竜と呼ぼう ― の足下には、『肉塊』が転がっている。元が職員なのか、それとも襲撃者なのかはもう分からないが……羽毛恐竜によって噛み砕かれたのは間違いない。

 通路に死体がなかったのは、基地内に侵入した恐竜達が食べ尽くしたのだろう。万物の霊長を自称したところで、野生動物からすれば人の亡骸など肉塊でしかない。落ちていればありがたく頂戴するものだ。

 尤も、いくら巨体故にたくさんの餌が必要だとしても、十メートルの生き物の腹に百五十人の人間は収まらない。相当数の恐竜類が基地内を闊歩している筈である。


「……攻撃しますか」


「いや、止めておこう。食事中なら、こっちなんて気にしない筈だ……物陰に隠れながら、音を立てないように進むぞ」


 ジョセフが連れてきた作業員の一人が小声で提案するも、ジョセフはそれを却下。忍び足で先へと進む事にした。

 動き出したジョセフを追い、レイナ達も棚の影から出る。羽毛恐竜は時折レイナ達の方へと振り向いており、完全に気付いている様子だ。とはいえ足下に美味しい肉塊があるのだから、ジョセフが言ったようにわざわざこちらを襲う必要などない。追い駆けてくる素振りはなく、そのまま食事に没頭する。

 やがて部屋を出て、廊下に辿り着いたレイナは安堵の息を吐く。先輩やジョセフ、他の作業員達も全員無事。このまま先を急ごうと、ジョセフが目の前にある十字路目掛け歩き出した


「グル?」


「あっ」


 直後、十字路から新たな羽毛恐竜が姿を現す。

 体長は八メートル前後。先の部屋に居た個体よりも一回り小さいが、人間から見れば十分に大きい。

 ごくりと息を飲む一同。しかしまだ慌てる必要はない。満腹のライオンはすぐ傍をシマウマが通っても襲わないように、この羽毛恐竜も満腹ならばわざわざ人間を襲う事はない筈だ。確かにアシダカグモのように食事中でも獲物が横切ればとりあえず殺すような生き物もいるが、そういうのは動くものをなんでも襲うなどの本能が原因である。だからじっとしていて、刺激しなければ安全――――

 と、考えていたレイナだったが、ふと気付く。目の前に現れた彼の、鱗に覆われている頭に血が一滴も付いていない事に。

 ……どうやら今日はまだ、獲物に有り付けていないらしい。

 なら、起こす行動は決まっていて。


「グルガアアアァッ!」


 羽毛恐竜はジョセフ目掛け、大きな口を開けて噛み付こうとしてきた!


「ぬぉあっ!?」


 ジョセフは跳び退くようにこれを回避。危険生物と毎日触れ合っているお陰か、反応は誰よりも早かった。

 攻撃が空振りに終わった羽毛恐竜だが、それで捕獲を諦めはしない。この程度で狩りを止めては生き残れないのだ。そして此処には食べ応えのある獲物が九体もいる。選り取り見取り。

 羽毛恐竜が次に狙いを定めたのは、ジョセフが連れてきた作業員の一人だった。


「なっ!? こ、この化け物――――」


 狙われた作業員は自動小銃の引き金を引き、攻撃を開始する。パパパッと軽薄な破裂音が響き、無数の金属弾が羽毛恐竜の顔面に当たった。

 しかし羽毛恐竜の頑強な鱗は、人類の叡智を容易く弾く。動きすら妨げられず、羽毛恐竜は一気に直進。

 攻撃に意識が集中していた彼は逃げる事が出来ず、羽毛恐竜に頭から肩の辺りまで咥えられてしまう。バキバキと音が鳴り、突き立てられた牙によって空いた胴体の穴から血が噴き出す。傍に居たレイナはその血を浴び、服と顔が真っ赤に染まる。

 食べられた作業員から悲鳴は上がらない。即死だったのだろう。羽毛恐竜は仕留めた獲物を地面に落とし、足で踏み付ける。


「グガアァアァァァッ!」


 続けて、威嚇するように吼えた。

 これは俺の獲物だと言うかのような叫び。生き物大好きなレイナさえも、捕食者の力強さにぞわりとした悪寒が走る。

 冷静に考えれば、この羽毛恐竜はしばし仕留めた獲物に夢中だ。そして襲われた作業員はもう助からない。だから落ち着いて、彼を見捨てて静かに逃げれば、安全に退避出来る筈。

 そんな冷静な判断を常に出来るなら、人間社会で起きる不幸は幾らか消えてなくなるだろうが。


「に、逃げろぉ!? 早く!?」


 作業員の一人が叫びながら走り出すのに、さして時間は掛からなかった。


「ちっ……仕方ない! 走って行くぞ!」


 ジョセフは舌打ちしつつ、走り出すよう全員に促す。

 ジョセフの判断は正しいだろう。一人が激しく動いた事で、今し方『獲物』を仕留めた羽毛恐竜は興奮したように牙を剥き出しにしていた。逃げる獲物を前にして、捕食者の本能が刺激されたのかも知れない。


「ぐぎゃあっ!? ひ、ひぎゃあっ!?」


 そして真っ先に逃げ出した作業員は、廊下の先で新たに現れた恐竜に襲われた。まるでヘビのように身体が細長い、全身が羽毛に覆われた独特な姿の恐竜だ。

 自分を興奮させた獲物は、別の恐竜に捕まった。ならば羽毛恐竜の衝動は近くのものにぶつけられるだろう。

 次に狙われるのは、間違いなく自分達だ。


「レイナさん! 急ごう!」


「は、はい! みんなもこっちに!」


 先輩が手を掴んできて、レイナは引っ張られながら自分の部下達に指示を出す。平治と道子は顔を青くしながら、レイナと共に走る。

 一度騒いでしまえば、それは獣達を呼ぶ鐘の音と化す。

 部屋の中に隠れていた体長一メートルほどの恐竜が、群れを成して一人の作業員に襲い掛かる。作業員の一人が銃弾を撃ち込み何匹か倒したものの、数が多過ぎて仕留めきれず。彼は押し倒された後、部屋の中に引きずり込まれた。

 横道から飛び出してきたのは、長大な首を持つ四足歩行の恐竜。ブラキオサウルスのようなカミナリ竜の末裔かとも思えたが、大きく裂けた頬や鋭く尖った歯は肉食に特化したもの。どう見ても肉食性で、その予感を裏付けるようにレイナ達目掛け首を伸ばしてくる。辛うじて全員がその一撃を躱せたが、よく見ればまるでネコ科のようにしなやかな体躯は、一度駆ければ人間など簡単に追い抜く速さを出せるだろう。

 カミナリ竜もどきを振りきれたのは、反対側の道から現れた丸太のように寸胴な体躯の恐竜が足止めしてくれたからだ。角もフリルもない毛むくじゃらなトリケラトプスとでも言うべき生物は、されどこれもまた肉食性らしい。カミナリ竜もどきに食らいつき、取っ組み合いを始めた。血飛沫と悲鳴と雄叫びが轟き、そのまま通路の奥へと消えていく。

 出会う生物はどいつもこいつも肉食性。植物なんて生えていないであろう南極の地下空洞に適応した結果、食性が肉食に偏ったのか。しかしそれでも生産者がいなければ生態系は成り立たない。糞を糧にして育つ虫か、海の魚が入り込んでいるのか、単に餌を求めて肉食動物だけがやってきたのか――――


「(こんな時じゃなかったら楽しめたのにぃ!)」


 じっくり考察したいのに、レイナの立場がそれを許してくれない。今は『終末の怪物』を目指し、走り抜けるのみ。

 廊下を抜けたレイナ達は、やがて大きな部屋に辿り着いた。野球ドームのような、開けた空間。中心部が証明で照らされている事、床がコンクリートで固められている事……特筆すべきはその二点ぐらいしかない、殺風景な部屋だ。

 ただ一点、中心部に積まれたを除いて。


「見えた! 『ゲート』がある!」


 ジョセフが、部屋の中心にある瓦礫の山を指差した。

 よくよく見れば、瓦礫の山だと思っていたものが、内側から裂けるように粉砕されたコンクリートの床だとレイナは気付く。そして瓦礫の中央には直径十五メートルほどの大穴が空いており、地下へと続く道になっている。

 此処が地下空洞への入口だ。恐らく『ミネルヴァのフクロウ』により、生態系に影響が出ない範囲で封印されていたのだろう。しかし襲撃者達の手により破壊。爆破時の震動や臭いの影響か、恐竜達はこの大穴を通って基地内部に侵入してきた、といったところか。

 そしてこの先で、『終末の怪物』が眠っている。


「ど、どうしますか!? 跳び込むんですか!?」


「いや、内部調査の際に使用する通路がある! 襲撃者もそこを通っているに違いない! ほら、あそこだ!」


 ジョセフが指差した場所は、目の前の大穴……の縁部分。目を懲らして見てみれば、鉄製らしき階段の姿が確認出来た。

 あそこから下れば、地下へと行ける。


「ぎゃあっ!?」


 尤も、辿り着く前に銃を持った四人目の作業員が犠牲になり、既にメンバーは壊滅状態なのだが。

 後ろから追ってきていた羽毛恐竜が、ジョセフの連れてきたメンバーを頭から丸かじり。どばどばと滴る血液を見れば、彼の頭がどうなったかは語るまでもない。


「急げ急げ急げぇ!」


 真っ先に階段を降りるジョセフ。先輩が後に続き、レイナと平治と道子もなんとか無事階段まで辿り着いた。

 階段はぐるぐると螺旋を描き、何十メートルも下に続いている。いくら下りとはいえ、駆け抜けるのは一苦労だろう。また螺旋故に上下を見通せるため、こちらを追ってくる肉食恐竜の姿がない事を確認出来る。

 体力回復に努めるなら、今しかない。


「はぁ、はぁ……少し、息を整えよう。足は止めず、歩きながらヒートダウンだ……」


 ジョセフの提案に反対する者はおらず、レイナ達は走るのを止めた。

 しばしの間、カンカンと、踏み締めた階段の音だけが聞こえてくる。

 呼吸を整えながら、レイナは辺りを見回す。地下空洞への入口とは言うものの、此処は数十メートルにもなる垂直の縦穴だ。基地内に侵入してきた恐竜達の身体能力は不明だが、この高さの崖登りをするのは少々酷だろう。大気の流れに乗って移動出来るような微小生物以外、人の手がなくとも実質隔離状態だったと考えた方が良い。

 階段がなければ、この先にある地下空洞へ行くのに毎度パラシュート降下とロッククライミングが必要になる。調査や管理を行うのにそれではあまりにも効率が悪い。『ミネルヴァのフクロウ』が基地を設営し、階段を作るのも、効率を考えれば妥当な判断だが……お陰で恐竜達は外に出られた訳だから、皮肉なものだ。

 まさか襲撃者達は、恐竜達を外に逃がそうとしたのだろうか? 過激な(それでいて誤った)動物愛護団体が、隔離を維持しようとする『ミネルヴァのフクロウ』に反感を持って此度の襲撃を……


「(いや。それはないか)」


 過ぎった可能性を、しかしレイナは即座に否定した。

 もしも恐竜を外に逃がすのが目的なら、階段の道中、体長三十センチ程度の小型恐竜の死骸がごろごろ転がっている筈がない。どの個体も身体を撃ち抜かれ、銃弾により殺されたと分かる。

 基地内に恐竜の死骸はなかったが、襲撃者達は恐竜を殺そうとしなかったのではない。単に殺せなかっただけ。殺せるのなら、こんな無害そうな種でも殺すのだ。


「ホランド博士。襲撃者はひょっとして……」


「確証はないが、可能性は高いだろう」


 その時ふと、レイナの耳に先輩とジョセフの話し声が聞こえてきた。

 どうやら二人は襲撃者に思い当たる節があるらしい。一体それは何者なのか。

 やがてレイナ達一行は階段を降りきり、ちょっとした広間に辿り着いた。一息吐いたレイナは早速先輩達に襲撃者について問おうとした

 丁度、そんな時である。


「動かないでください――――動くと撃ちますから」


 背後から、物騒な声が聞こえてきたのは……

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