ワクワク説明会

 『天空の怪物』。

 『ミネルヴァのフクロウ』が四十二年前に発見した怪物の一種。体長五十~七十三メートル、翼長は百二十五~百七十七メートルに達する超巨大鳥類だ。

 成体個体数は推定三百五十~三百八十。生息域は陸地から遠く離れた海の上空五千メートル地点。縄張りの概念がなく、そのため決まった活動圏を持たず気ままに世界中を飛び回る。赤道付近の海域を好むようだが、南極海や北極海にも現れる事も少なくない。

 気性は極めて温厚。知能もかなり高く、中には人間他種族の個体識別が可能なものもいるほど。人間を気に入った個体の場合、人間の姿を見るや大急ぎで擦り寄ってくるなど非常に可愛らしい性格だ……大きさが大きさなので、擦り寄られるとジェット機でも簡単に大破・墜落してしまうが。しかしこうした性質から研究は容易で、怪物の中ではかなり生態が解明出来ている。

 例えば、彼等の食性も解明済みだ。

 『天空の怪物』の食糧は大気。文字通り空気だけを食べ、その身体となる肉を形成しているのだ。大きな口を持つが、その口で食べるのは空気のみ。『食事量』は凄まじく、一日三万トン分の空気を取り込み、同じだけの排泄を行っている。莫大な大気を出し入れしているため強力な気流が発生し、これにより彼等は常に半径八キロにもなる巨大な暴風域を纏っているのが特徴だ。

 霞を食べる仙人が如く空気を餌に出来る理屈は、腸内に特殊な共生細菌が生息しているため。共生細菌は熱合成という、光合成の熱バージョンのような生理機能を持っている。この機能により大気中の二酸化炭素・水分・窒素を化合し、アミノ酸などの栄養素を合成して繁殖。『天空の怪物』は増えた細菌を餌とする事で、間接的に大気を摂取していると考えられている。

 ちなみにこの細菌が最も活性化する温度は七十五度であり、これは生物体の体温としてはあまりに高い。


「即ち彼等の消化器官は、大気食に特化したものである可能性が極めて高い。とはいえ大海原の上空で暮らす彼等は死ぬとそのまま海底に沈んでしまうため、保存状態の良い死骸はこれまで回収出来ていないがね。あくまでも推測という訳だ!」


 そうした『天空の怪物』に関する情報を、ジョセフは目を輝かせながら語っていた。

 四方をコンクリートで固められた監獄のように殺風景なこの部屋は、『ミネルヴァのフクロウ』が突貫工事で作り上げた基地の一室だ。そして山で出会った『天空の怪物』の真下に掘られた観察基地でもある。

 建設時間は僅か十六時間。しかし最大二十人の人員を収容・一ヶ月無補給で生活するための機能を持ち、シャワールームやレクリエーションルームなども完備した立派な施設だ。怪物由来の技術を使える『ミネルヴァのフクロウ』は、時に魔法めいた事も成し遂げる。

 さて、そこで行われたジョセフの話は、彼の前に並べられた机に着く十五人の面子に向けたものだが――――うち十四人の大半はふんぞり返っていたり、くっちゃべっていたり、居眠りしていたりと、興味がない事を隠しもしていない。耳を傾けている者も半信半疑といった様子。

 ワクワクで目を輝かせているのは、レイナただ一人だ。


「大気食……凄いですね! そんな生物がいるなんて!」


「はははっ! そうだろうそうだろう!」


「一日三万トンだとすると、この種全体では一千万トン……ううん、子供を含めればそれよりずっと大量の大気が毎日彼等の身体を通るのですか。大気組成だけじゃなく、インフルエンザのような大気中を漂うウイルスや細菌の個体数にも影響を与えそうですね」


「良い着眼点だ! そう、高温だと思われる彼等の体内を通過した雑菌やウイルスは、多くが死滅する筈だ。その結果地球全体の衛生状態が保たれて」


「おい、何時までこのつまらない話を聞かされるんだ!」


 レイナとジョセフが話していると、何処からか野次が飛んできた。誰が飛ばした野次かは分からないが……誰が言ってもおかしくない雰囲気がある。聞いてるだけでワクワクするのになぁ、と思うレイナであるが、しかし彼等と自分達の感想が違うのも仕方ない。

 彼等は科学者ではなく作業員、それも『今回』が初仕事な、ほぼ一般人なのだから。

 付け加えると彼等の大半は、何処かの国で死刑判決が出された元死刑囚らしい。今回の任務を行う上で人手が必要になり、急遽集められたとか。レイナが此処を訪れる三日前には来ていて、これまで地下で『お勉強』をしていたそうだ。

 作業員達は全員が全員、凶悪な顔付きや態度という訳ではない。真摯な眼差しの者や、おどおどしている大人しそうな者もいる。そもそも死刑囚と一言でいっても国によって死刑になる基準や罪状が異なる訳で、他国から見ても『悪人』や『クズ』のような人間とは限らない。が、やはりこの場に集まった者の大半は凶悪そうで、聞いている態度も悪かった。

 とはいえ、それを「しょうがない」の一言で片付ける訳にはいくまい。何故ならこの説明会の後、彼等はすぐ仕事……怪物との接触を行うからだ。

 レイナは幾度も怪物と対峙してきたが、それでも『天空の怪物』とは初接触だからこうして話を聞いている。怪物が好きだから聞いていられるというのもあるが、それ以前に無知のまま挑むには怪物というのは危険な存在だ。知識もなく接触すれば、一瞬で殺されてもおかしくないのである。

 この説明会が、彼等の生死を分かつかも知れない。


「ははは。怒られてしまったし、そろそろ本題に入るとしよう」


 しかしジョセフは死刑囚達の不真面目さを叱る事もなく、淡々と話を続けた。

 ぶるりと、レイナは背筋を震わせる。ここで彼等を叱らないというのは、臆病だとか優しいとかではない……という無関心の現れ。

 レイナはまだ、いくら死刑囚相手でもそこまでの心境には達していない。彼は冷酷だから出来るのだろうか? 恐らく、否だ。彼はきっと、見捨てる事に慣れてしまったのだろう。そうなってもおかしくないぐらいに、怪物と触れ合う事は危険なのだから。

 ……自分は、果たしてそうならないで済むだろうか。或いは、何時かなってしまうのか。


「さて、今回の仕事に関する情報は渡した資料にも書いてある。資料の五ページを見てくれ」


 レイナの気持ちなど露知らずか、それとも察した上で気にも留めていないのか。ジョセフは分厚いレポート用紙の束を手に持ち、見るように促す。レイナは顔を左右に振って気持ちを切り替えると、すぐに資料を捲る。周りからは疎らに紙の摩れる音が聞こえた。

 ……新人向けに作られたものらしい。資料は、基本的なところから書き始められていた。

 『ミネルヴァのフクロウ』は、主に三つの任務を行う。

 一つは怪物の『調査』。この世界にどんな怪物が潜んでいるのか、世界とはどれだけ不思議に溢れているのか。未探索領域や危険エリアを探検し、それを突き止める。

 二つ目は怪物の『研究』。発見した怪物の生態を調査し、出来るかどうかは別にして、管理するために必要な情報を集める。また怪物から得られた知見を元にして、新たな技術を開発する事も含まれる仕事だ。

 そして三つ目が今回の任務である『秘匿』。社会の混乱を防ぐため、怪物の存在を隠す。そのために必要な事を行う仕事だ。

 例えば立ち入り禁止区域を制定したり、侵入者の保護を行ったり……本来の生息圏から脱した怪物を駆除もしくは誘導したり。任務の性質上怪物との直接対決も珍しくなく、非常に危険で尚且つ緊急を要する案件でもあるため、作業員の動員許可が最も下りやすい。むしろここに人手を取られているため、『調査』や『研究』に人手を回せないとも言えるのだが。今回の作業員達が新人ばかりなのも、他の封じ込めに人手が取られている影響だとレイナは聞いている。

 つまり、未熟な人員を送った結果大量の死者が出ようとも、それでもやらねばならない仕事という事だ。今回のように時というのは。


「『天空の怪物』は、本来ならば大海原の上空で暮らしている種だ。しかし何故かとある個体が一ヶ月前に突如陸地に向けて進行し、そのまま上陸してインドを横断。進路上の都市を纏っている暴風で破壊しながら、此処山岳部に到達した。その後一ヶ月、これといった動きを見せず、一定範囲内を旋回し続けている」


「……暴風による被害は、どれほどなのですか?」


「現時点で死者は三百人。避難者は一万五千人を超えるとの話だ。超大型サイクロン及び不安定な超低気圧という事で隠蔽し、近隣住民には何時でも避難出来るよう呼び掛けているが……もしも彼がまた動き出し、人口密集地へと移動した場合、今回とは比較にならない被害が出るだろう」


 質問に対するジョセフの説明に、レイナはごくりと息を飲んだ。この基地に来るため通ってきた道中で吹き荒れていた暴風……恐らくはアレが怪物により引き起こされている風だろう。

 自分達はなんとか突破出来たが、それは此処があまり物のない『自然』の中だからだ。もしも都市部であれば、風に乗って様々な物体が飛んでくる筈である。ペットボトルのような軽い物でも速度が出れば危険だし、瓦や材木のように重たく硬い物が当たれば最悪死に至るだろう。怪物の通った都市での犠牲者数も頷ける。いや、むしろよく三百人で済んだものだと言うべきか。

 レイナとしてはその圧倒的強さに興味と感動を覚えるものだが、死刑囚一般人からすればただの脅威としか思えない。


「今回の任務は、何故か山に居着いてしまったこの怪物を本来の住処、つまり海へと帰す事だ」


「おいおい、マジかよ。こんな化け物ぶっ殺せば良いだろうに」


 ジョセフが告げた任務の内容に、死刑囚の一人が悪態を吐くのも仕方ないだろう。

 仕方ないが、『ミネルヴァのフクロウ』とて善意で怪物を生息域に帰すのではない。この組織は基本人間がこの世界で生存し続けるための研究・活動を行うのであり、必要ならば怪物の殺処分も躊躇わない。

 やらない理由は主に二つ。


「そうだね。それが最適解なら、個人的には反対だが『ミネルヴァのフクロウ』はそれを行うだろう。しかしそういう訳にもいかない」


「なんでだよ。生態系がどうたらこうたらか言うつもりか?」


「それも理由の一つだ。『天空の怪物』は吸い込んだ大気と共に、大量の雑菌やウイルスの除去も行っている。たった一匹でも殺した場合、年間一千万トン以上の大気浄化が滞るだう。結果的にインフルエンザなど感染症の蔓延が引き起こされ、死傷者が数千人単位で増える可能性があるのだよ」


「可能性ねぇ……たった一匹殺したぐらいでそうなるとは、とても思えねぇがな」


「はははっ! まぁ、確かにね。あくまで可能性だし、決して高いものでもないだろう。あくまでリスク要因の一つだ」


 言葉遣いは荒いが的を射ている作業員の意見に、ジョセフは笑いながら肯定。ジョセフの語った『一つ目の理由』は、どれほど煽ったところで所詮は可能性に過ぎない。例えどんな立場や境遇の相手からの意見でも、真っ当な意見には真摯に答えてこそ科学者だ。

 故にもう一つの、怪物を殺さない一番の理由も伝える。

 レイナにとっては最早慣れてしまった、如何に怪物が『強い』のかという点を。


「殺さない一番の理由は、殺せないからだ」


「殺せない? なんだそりゃ。怪獣映画よろしくミサイルも戦車も効かないってか?」


「うむ、効かないね。彼等の全身を覆う羽毛は耐熱性が高く、凡そ数万度の高熱さえも遮る。強度も頑強で、戦車砲だろうと傷一つ付かない。恐らく海中に生息している、天敵となる怪物への備えとして発達したのだろう」


「……いやいや、でもアレがあるだろ。核兵器が。アレでどかんと吹き飛ばせば良いんじゃね?」


「核でも駄目だよ。確かに水爆の中心温度は数億度に達し、『天空の怪物』の羽毛を焼き切れる。だけど彼等が纏う暴風はあまりに強く、至近距離での起爆は不可能だ。離れた位置からの爆破では、『天空の怪物』に届く頃には数千度まで下がり、効果を成さない」


「……マジかよ」


「マジだ。一応理論上では十メガトン級の水爆を十六発用いれば、暴風を剥がして焼き殺せると考えられている……それをやると環境汚染が酷い事になるだろうがね」


 ジョセフは楽しそうに笑いながら答える。集められた作業員達は、誰一人笑っていない。

 そしてレイナは、真面目な顔で考え込む。成程これがか、と。

 レイナは渡された資料の表紙に、『制圧難易度』と書かれた項目があるのを見逃していなかった。カテゴリーBは最も多くの怪物が属す区分であり、その意味では『天空の怪物』は有り触れた怪物と言えるのだろう。たった一体で大量の戦術核を要求する強さは、正しく怪物だ。

 勿論ジョセフの語る理論が正しいなら、核を使えば倒せない事はないとも言える。しかしあくまで理論上の話。核攻撃を続ければ怪物もなんらかの対処を試みるだろうし、或いは未発見の能力で対抗してくるかも知れない。きっちり合計百六十メガトンの威力で倒せるものではないだろう。

 ……ちなみに先日出会った『魔境の怪物』はカテゴリーA。あのレベルになると原理上どんな高出力の水爆でも通じないらしい。『天空の怪物』は「形振り構わなければなんとかなる」生物なのだから、「形振り構わなくてもどうにもならない」生物と比べれば遥かにマシなのだが、新人作業員には知る由もない。


「……信じられねぇ」


「信じたくない気持ちは理解出来るよ。俺も昔はそうだった。とはいえ泣き言を言っても始まらない。それに今回の作戦はあくまで彼を元の生息地に戻す事であり、倒す事が目的じゃないんだ。無理を言ってる訳じゃないから、前向きに頑張っていこう!」


 唖然とする死刑囚達に、ジョセフは応援するように励ます。尤も、これで元気を取り戻すような者は一人として見られない。

 彼等がどのような甘言で集められたのか、それとも強制なのか。レイナには知る由もない事だ。しかしまさかこんな、人智を超越する怪物と対峙するとは思っていなかっただろう。

 勿論彼等も道中での暴風、そして非常識なほど巨大な鳥の姿を目の当たりにした筈だが、よもやミサイルどころか核すら通じないとは考えてもみなかったに違いない。一般人にとって、『生物』とはその程度でなければならないのだから。


「(これにワクワク出来れば、楽しんで仕事出来るのにねー)」


 レイナなりの同情をしつつ、しかし無駄口は叩かない。これからジョセフが作戦内容について具体的に話すのだ。折角の情報を聞き逃すというのは、先程不真面目な作業員達に対して思ったように、自らの命綱を切り落とすのに等しい愚行である。

 一字一句逃さず、全ての情報を頭に叩き込む。それが怪物と出会う前に出来る唯一の策なのだから。

 ……資料に貼られていた『天空の怪物』の写真を見て、「まん丸お目々が可愛い~」等と即座に夢中になってしまうレイナだったが。死にたいとは思わないが、喰われて死ぬのも厭わない程度には彼女も狂人なのである。


「良し、じゃあ次は資料の十ページ目を見てくれ」


 ジョセフの言葉で我に返ったレイナは、慌てて資料のページを捲る。

 周りから聞こえてくる紙の摩れる音が、先程より随分と増えたようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る