第85話 残る謎
僕が蜂須との待ち合わせ場所に到着したのは、約束の時間を30分ほど過ぎた頃だった。
1日の中でも気温が最高潮に達する時間帯に、待ち合わせ場所である公園のベンチで律儀に待っていた彼女は、暑そうに手のひらで顔をパタパタと扇いでいる。
自転車を押して蜂須に近付いた僕は、彼女に向かってすぐさま頭を下げた。
「待たせてごめん。ちょっと事情があって遅れてしまった。」
「全くよ。遅刻の連絡の時に、どのくらい遅くなるのかも報告しなさいよね。あんたがいつ来るかも分からないから、迂闊にここから動けなかったんだし。」
「重ね重ね申し訳ない……。」
あの時は急いでいたから、最低限のメッセージだけしか送らなかったけど、確かにあれは良くなかったよなぁ。
待たせる側の事情を考えていないメッセージだったのは、猛省が必要だ。
蝶野会長と同様、僕も更なるコミュニケーション能力の向上を図るべきだろう。
ところで今ふと思ったんだが、コミュ力に難ありのコンビで会話の練習って、意味があるのか?
もう1人、コミュ力に長けた人物を練習に加えるべきなのではないかという気がするが……。
しかし、僕はともかく、人見知りの気がある会長は嫌がるかもな。
まあ、今関係のない話はこのくらいにして。
炎天下で長時間待たせてしまった蜂須を連れて、速やかに涼しい場所へ移動したいところだ。
この公園から近くて手頃な飲食店で、昼食を済ませてしまおう。
「綾音は、今日何処で昼食を食べたいとか、希望はあるか? 待たせてしまったお詫びに、今回は僕が奢ろうと思ってるんだけど。」
「じゃあ、久しぶりにハンバーガーなんかが食べたいわね。以前は友達とよく通ってたんだけど、最近は全く行ってなかったから、ちょっと食べてみたいと思っていたのよ。」
「分かった。じゃあ、早速行こうか。」
僕は彼女を伴って公園から移動し、手近なファストフード店を探す。
何となく隣を見やると、蜂須は相変わらず暑そうに手で顔を扇いでいた。
ちなみに、今日の蜂須の装いは、オフショルダーの白いブラウスに紺色のミニスカートというファッションだ。
汗が滲んだ丸出しの肩はやけに色っぽくて、思わず視線が吸い寄せられてしまう魅力がある。
今日も蜂須は美人だなぁ。
最近は少しギクシャクした事もあったけど、やっぱり本気で付き合うなら彼女が一番好みだ。
そんな事を僕が考えていると、不意に蜂須がこちらへ振り返った。
「何? あたしに言いたい事でもあるの?」
自分でも気付かないうちに暫く蜂須を凝視してしまっていたのだろう、僕の視線を察知されてしまったか。
さすがにこれは気まずい。
とりあえず、誤魔化さなければ!
「いや……。その、何となく、な。」
「義弘って、もしかして、あたしの事……」
「え?」
「べ、別に、何でもないわよ。それよりもほら、もう着くわよ。」
「あ、ああ、そうだな。」
蜂須が何を言いかけたのか気にはなったが、こちらも彼女を凝視していた事を追及されるのは困る。
藪蛇にならないよう、こちらも口を噤む他なかった。
無言で顔を背ける蜂須の顔は先程よりも心なしか更に赤くなっていて、もっと見つめていたい衝動が再び襲ってくるが、ここは我慢だ。
同じやり取りを何度も繰り返すのは億劫だしな。
そうして無言で暫く歩き、程なくして目的のファストフード店に辿り着いた僕達は、早速各々の食べたい物を注文し、適当なテーブル席に着いた。
夏休みの昼時とあって、店内はかなり混んでいたから、2人分の席をすぐに確保できたのは僥倖だ。
家族連れや部活帰りと思しき制服姿の学生などが入り乱れる店内で、僕達は適当に頼んだハンバーガーとポテトを貪りつつ、話の本題に入った。
「――という事がさっきあったんだ。もしかしたら、最近僕に付き纏っていた怪しい人影の正体は、灰川さんなのかもしれないな。ただ、灰川さんの後ろに本当の黒幕が潜んでいる可能性もありそうだから、真相はまだ分からないままだ。」
「……。」
「なぁ、綾音はどう思う? 以前は灰川さんと友達だったんだし、彼女の人となりや、裏に潜んでいそうな黒幕の正体に心当たりなんかはあるか?」
「……。」
僕が蜂須に話し掛けているのに、彼女は一切の反応を示さず、無言でハンバーガーに大口でかぶりついている。
少々乱暴な食べっぷりは如何にも外見通りではあるが、蜂須らしくはない。
僕の話を聞いて、彼女は真剣に考えを整理してくれているのだろうか。
はたまた、話を聞き流して目の前の食事だけに夢中に……いや、それはないな。
蜂須がそんな適当な奴じゃないって事は、他でもない僕が一番よく分かっている。
「あのー、綾音?」
「心配しなくても、ちゃんと聞いているわよ。今の話だけど、義弘の不安はただの杞憂に過ぎないんじゃないかしら。問題はないはずよ。」
「は? どうしてそう断言できるんだよ?」
「これでも一応、あの子とは元々友達だったし、交友関係とかは粗方把握してるもの。あの子や他のつるんでる子達も、誰かに命令されるのを嫌うタイプの奴らだから、黒幕とやらの指示に律儀に従ってわざわざあんたの家になんて行かないわよ。」
「いや、実際に僕の家の前で遭遇したんだぞ。それに、『頼まれた』みたいな発言もしていたし。」
「大丈夫よ。それについては本当に問題ないと思うから。あんたは気にしなくていいの。」
ギャル連中は、クラスのトップカーストに位置する連中であり、彼女達に上から命令を下せる存在は少なくともクラスメイトの中にはいない。
それを踏まえれば、「黒幕なんて存在しない」という蜂須の推理には一定の信憑性があると言えよう。
しかし、やはり釈然としない。
というか、蜂須の言動がさっきから不自然に見えるんだよなぁ。
まるで何かを隠しているような、そんな邪推さえしてしまいたくなるが……。
ここは、もう少し突いてみるか。
「黒幕がいないのなら、灰川さんは、僕の家の住所をどうやって知ったんだ?」
言うまでもなく、僕と灰川の間に交友などない。
また、目の前の蜂須も含め、僕の住所を知っている生徒は同じ高校には存在しないはずだ。
悲しい話だが、僕の家に遊びに来たり、年賀状をやり取りするような友人は皆無だからな……ハハッ。
「そんなの、あいつがあんたを尾行していれば自然と突き止められるでしょ。不思議に思うようなポイントじゃないと思うけど?」
「うーん、確かにその可能性もあるが、何だかなぁ。僕はそもそも自転車で通学している訳だし、尾行は簡単じゃないはずだろ。」
「それでも、やりようがない訳じゃないでしょ。例えば雨の日なんかは、さすがにあんたも自転車じゃないから尾行しやすいでしょうし。」
「まあ、そうかもしれないが、何だかなぁ。」
どうにも腑に落ちないが、蜂須の推理を否定しきれないのも事実だ。
今のところは、彼女の推理が的中している可能性、彼女が何かを隠している可能性の双方を頭の片隅に置いておくべきか。
「でも、結局灰川さんは僕を尾行して何をしようとしていたんだろうな?」
「あたしに分かる訳ないでしょ。本人を捕まえて聞き出せなかった以上、真相は闇の中、ってね。」
「だよなぁ……。」
これ以上の事を現時点で明らかにするのは、さすがに無理がありそうだ。
蜂須は明らかに何かを知っていそうな態度に見えるが、何も話してくれる気配はないしな。
僕が自分なりの推測を張り巡らせる事だけなら、一応は出来るが……。
これ以上の情報が出てこない以上、今回の話し合いは、これで一応の結論とする他ないか。
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