第1章 第10話

「おはようございます。」

『…高山先生。』

状況はすぐに理解できた。

モニタリングのためのヘッドギアを外し、ベッドを降りてナースセンターに移動しようとすると、

カーテンの奥にいた高山医師が声をかけてきた。


「また、ですよね?」

『また、ですね。』

そして夢だと思っていたが、ゲームの世界にログインしている可能性が高いと感じたことや、

本来センサー類が必要なゲームのはずなのに、そういった物もなく体が動かせた事、

付けた記憶の無いキャラクターネームが付けられていた事などを伝える。


「ゲームの中のことはよく分からないですが、

 普通だとありえない状況だということは察しました。

 とりあえず、少し詳しい検査をしてみましょうか。」

『詳しい検査ですか。』

「ひとまずレントゲンとCTを。MRIは…後にしましょう。」



「やはり体内にチラホラと影が見えますね。」

『影?』

「ほら、この画像を見てください。」

見せられた画像は、全身のレントゲンやCTスキャンの画像だった。

「分かりますか?

 手首や足首のあたりに小さい影がいくつも映っています。」

確かに小さいが点のような影がいくつも映っていた。

「こっちも見てください。これは頭部のCT画像です。」

『もしかしてこれ全部ですか?』

頭部を輪切りにした状態の画像が何枚も並ぶが、

手足の画像とは段違いの数の影が映っていた。


「ここからは推測も含む話になりますが…

 これらはおそらく電子的なチップでしょう。

 先ほどセンサー類が必要だと言われていましたが、

 手足に埋め込まれているチップは、

 そのセンサーの代わりをしてるんじゃないでしょうか。

 そして頭部ですが、チップの数がかなり多い。

 これはセンサーの他に、コントローラの役割を持つチップも

 存在しているんだと思います。

 そして、何らかの切っ掛けでコントローラが反応して

 ゲームにログインしているんじゃないでしょうか。」


『じゃぁ、手術でチップを取り除いてしまえば…』

「手足のチップはそれも可能でしょうが、頭部が問題ですね。

 数が多い上に、神経の隙間を縫うようにあるために、

 全てのチップを除去するは不可能だと思います。」

『外から電磁波的な何かで破壊してしまうというのは?』

「電子チップを破壊するほどの電磁波だと

 脳への影響が無いとは言い切れません…」

頭部のチップが除去できないとなると、手足のチップだけ取り除いてしまうのは逆効果か…

最悪、ログインさせられた先で一切身動きが取れないという

とんでもない精神的苦痛を味わうかもしれない。



『一体いつこんなチップを埋め込まれていたんだ…』

ゲーム自体は1年以上前から存在しているという。

昔から埋め込まれていたんだとしたら、もっと前からこんな状況になっていてもおかしくない。

「この間の事故の時…でしょうか?」

『事故の時?』

「正確に言うと、あなたが事故にあった日の緊急手術の時です。

 あの日を境に、ゲームにログインさせられるようになっている。

 そしてこの状況の原因と思われるチップは、

 少なくとも麻酔をかけて施術を行わなければ

 とても無理な場所にが埋められている。

 あの緊急手術の際、何者かが何かの目的を持って、

 あなたにチップを埋め込んだ。

 そして少なくとも目的の一部は、

 あなたをゲームにログインさせること…。」


唐突すぎて頭が付いていかなくなってきた。

誰かが俺にチップを埋め込んだ。何のために?

分からなかった事が少し分かり、分からないことが大量に増えた。

『そういえば、あの日はたまたま居てくれた先生が

 手術をしてくれたんでしたっけ。』

「杉田先生ですね。

 ちょうどうちにERの指導のために来て下さっていました。

 あの晩の緊急手術を受け持って下さって、

 翌日も予定通りの研修を実施されて。

 終えられたらすぐに次の研修先に行かれてしまいました。」

『その先生とは普段から交流があるんですか?』

「いえ…特に私は分野が違うというのもありますが、

 そもそも今回の研修が決まるまで、

 この病院とすら全く無関係の先生だったと聞いています。

 なるほど…いやでも、まさか杉田先生が…」

『正直、唐突すぎて訳が分からなくなってますが、

 客観的に見ても、手術の最中に居た人物が

 一番怪しいと思いませんか。

 そして医師が手術をしている中、

 見学やサポートの人間が医師の目を盗んで

 チップを埋め込むなんて考えづらいと思います。』


『その杉田先生の情報をいただくことはできますか。』

「正直に言って、現時点では推測の話が多すぎて…

 個人情報の観点からも、お教え出来る事は

 そう多くないと思います。」

『名前だけでも構いません。

 ERを担当していて、研修で各地を回る程の医師なんだ。

 フルネームが分かるだけでも

 調べられることは多いはずです。』

「…わかりました。

 こんな事も許されるのか、正直私では分からないのですが…

 手術の日から、長くない期間とは言え

 主治医として接していて、今が普通ではない状況だ

 ということは理解できています。

 私がお見せしたということは伏せてもらえないでしょうか。」

そう言って、カバンから自分のスマホを取り出すと、何やら操作をして画面を見せてきた。

「先日いただいた名刺の画像です。

 実物をお渡しするのは難しいですが。」

『いえ、これだけでも非常にありがたいです。

 ありがとうございます。』


杉田 正美


画像にはそう書かれていた。

急いで名前と病院名をメモにとる。

『ありがとうございました。』

「いえ、このくらいしかできず心苦しいですが…

 ところで、ちょっとご提案があります。」

『なんでしょうか?』

「唐突にゲームにログインさせられているとは言っても、

 まだ2回だけです。

 あ、すみません…日常生活に支障が出るような状況を、

 まだ2回と言ってしまってはいけないのでしょうが…

 ただ、もう少し様子をみさせて貰えないでしょうか。

 あなたの心状等も含めて、ケアが必要だと判断した時には

 杉田先生の素性調査も含めて、

 私もお手伝いさせてもらいますから。」

『…』

「そしてご提案の本題なんですが、

 恒常的な脳波のモニタリングをさせて頂きたいんです。

 いつ強制ログインがやってくるか分からない状態で、

 様子見と言っても中々難しいものがあると思います。

 このヘッドギアだと、モニタした脳波のデータを

 インターネット上に保存してくれるので、

 わざわざ病院に来ていただかなくても

 恒常的にモニタリングできるんです。」

そう言って高山医師がヘッドギアを取り出した。


ずっと見られているというのはどうか、と思う部分もあるが、

自分だけだとどうにも出来なさそうな状況の中、

手を差し伸べてくれる存在はありがたい。

『ひとまず、何か状況が掴めるまで

 ということでもいいしょうか。』

「ええ、それはもちろんです。

 常に見られているという感覚になるのも

 精神衛生上良い事ではないと思いますからね。」

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