KAC20201 二歳児のバースディパーティ

@wizard-T

二歳児のバースディパーティ

 やせっぽちで、頭でっかちで、友だちもほとんどできない。


 体育も含め成績だけはいいがあとは全然ダメ――それが私の息子に対する先生様の評価だった。


「給食もあまり楽しそうに食べようとしませんし、授業の方もなんていうかいつもつまらなさそうって言うか流れ作業って言う感じで受けてて、それで休み時間もひとりぼっちでボーっとしている感じで……」

「騒いだりふざけたりしてませんか」

「むしろ騒いでほしいぐらいですよ」



 騒いでほしい、まったくあきれた言葉だ。古今東西百万人単位の教師が静かにしてくれと児童や生徒たちに注意していると言うのに、そんなふざけた言葉を聞かされるのは私ぐらいの物だろう。聞くに値しない。

 三食きちんと与える。もちろん給食のメニューのカロリーもきちんと計算した上でそれ相応の朝食と夕食も作る。そしてその上で運動もさせ、きちんと勉強もさせる。何が悪いのかさっぱりわからない。

 だと言うのに、最近エステサロンの経営者とは思えないほどメタボめいてきた夫と来たら、虐待を疑われるぞとか言うピント外れな言いつけを寄越してくる。


 これで虐待なら世間の八割は虐待行為だろと思いながら言いつけに従って、息子のゴユージンサマがゴショータイなさってくださった息子のお誕生日会とやらに出てやる事にした。



 四年に一度しかない誕生日、その前のの時にやったのはサッカーボールだ。それこそその気になれば大人になるまで使える物だ、下手すれば一年も持たないようなオモチャや子ども服なんぞに大金をつぎ込む人間の経済観念など訳が分からない。

 それ以外の年もなるべく長く使える物を選び、大事に大事に使うようによーく言い聞かせて来た。こうすることで物を大事にする立派な子供に育つはずだ。


「ようこそお越しくださいました!」


 ああ、電車で三駅分も離れたおうちにオマネキくだすったオカタたちを始め、まったく醜く肥え太った二歳児の同級生たちがずらりと並んでいる。

 幼児体型とか言う言葉では済まされないような生活習慣病予備軍たちが大邸宅の中で悠長に笑顔を浮かべ、自分たちの仲間になれとうるさく責め立てて来る。


「いずれ私の夫の店にいらしてくださいませ」

「それはそれは、どうもありがとうございます!」

「この子たちもね、パパのお店のお客さんになるんだからね」

「……うん」


 連続でぶん殴ってやったはずなのに、みんなしてほほえんでいらっしゃる。うちの息子のためのありがた迷惑なイベントだってのに、ただただむさぼって乗っかってやろうとするだけの浅ましいことこの上ない餓鬼とその親たち。幼稚園の時から付き合って来た人間たちも多いけど、誰一人として自分が認めるような人間はいない。

 餓鬼たちは息子を哀れみの目で見ていたが、そんなのは知った事か。いずれは飽食の果てに夫の下に泣きついて来る。その時こそ自分が正しかったことが証明されるのだから。私はその時の事を思うと内心楽しくて仕方がなかった。



 そんなノーテンキ軍団の真ん前のテーブルの上に並ぶのは、いまいましい脂肪と糖分のかたまりたち。客を産み出す種とは言え、その大半が自分の息子に向けられたものだと思うとまったくプラスに取る事ができない。

 ああ、朝ごはんを抜きにすればよかった!


「ケーキケーキ」

「ひとつだけにしなさいね!」

「えー!?」

「えーじゃないでしょ、わがまま言っちゃダメ!」

「えっいけませんか?半分ほどそちらさんに差し上げるつもりだったんですけど」

「全部食べます!」


 さっそく息子のわがままを戒めたと思ったら、やけに太い女性の声が帰って来た。何の事はない、息子を豚にしようとする笑顔の魔物だ。その魔物に同調するかのように、ますます息子に哀れみの視線が投げ付けられた。

 私はこの魔物から息子を逃がさなければならない。子どもの将来を阻む敵は全部倒してやるのが親の仕事じゃないだろうか。一部でも子どもにやらせるべきだと言うかもしれないが、それをさせるのはまだ早い。何せまだ二歳児なのだから。

 と言うか、二歳児にあんな巨大なケーキの半分を食べさせるなど暴挙以外のなんだと言うのか。ありふれたバースデーケーキらしいけど、パティシエとかって職業もつくづく業が深い商売だ。


「やべーよ、あの母ちゃんやっぱりやせの大食いなんだ」

「それであの子満足にご飯が食べられなくてあんなにやせちゃって」

「ほら見てよママ、あのおばさんあんなによだれ垂らして笑っちゃって本当にケーキが大好きなんだね」


 私は心を広くして、餓鬼たちの当てずっぽうがまぐれ当たりした褒美として笑顔をくれてやった。営業スマイルのひとつやふたつ、社会人であれば勝手に覚える。そういうスキルを身につけることもまた成長の証だ。

 にしてもまあ、子どもたちの健康管理もする気がないなど、なんという意識の低い親たちだろうか!ああ、かわいそう、実にかわいそうだ!


「それで何ですかこの」

「ああ子どもたちのためにフライドチキンですよ、とりわけそちらさんにも」

「帰りのためにランニングシューズ履いて来れば良かったのになー」

「少しは肩ひじを張らない方がよろしいのでは」

「いつ張りました?」


 そして見るも無残な小麦色の死体たち。

 こっちの都合などびた一文考えない独りよがりのゾンビ軍団がこちらを狙っている。今すぐ目の前から消してしまいたい。


 と言うか、余計なカロリーを取ったらすぐ消費する。それだけの話を肩ひじを張っているなどと言うのなら、それこそドリンクを飲み終わったら即ゴミ箱へって事もわからないようなレベルの話だ。

 まあ、二歳児の相手なんてそんな物かもしれない。


「ほらちゃんと食べる前に手を洗って、それからお礼を言わないと」

「いいですから」

「ガツガツすると嫌われますよ!」

「ガツガツしてくださいよ」

「あーわかりましたよ、わかりました!食べなさい、なるべく時間をかけてゆっくりとよく噛んで、それからお礼を言い忘れないで!」


 全てを兼ね備えたどこへ出しても恥ずかしくない人間に育てるために、言うべきことは言わねばならない。その上でこんな餓鬼たちとの付き合いもこなさねばならない、それもまた二歳児に必要な成長過程だろう。

 わが愛する息子は私の言いつけに従い、きちんと根元を紙でくるみ丁重に口の中に入れていく。そして五十回ほどいつもの通り噛んでから飲み込……




「なにこれすごくおいしい!」




 ……まないでそれこそ二歳児らしくむさぼり出した。

 片手だけでは飽き足らず両手に握りしめてかぶりつき出し、飢え死にしかかった人間のように口に脂肪の塊を運んでいる。両手も油まみれになり、骨の先っぽまでもしゃぶりつくしている。やめなさいと叫ぶ気すら起きない。



 ――やっぱり虐待かもしれない。

 ――ああ、かわいそうな子どもだ。

 ――いずれモンスターペアレントになる。



 どこへ出しても恥ずかしい餓鬼になってしまったわが子を作り上げたらしい私は、まったく心なく意識の低い罵声を浴びせられながらも、それでも二歳児の親らしく言い聞かせようとした。ここはやらなければならない、瀬戸際なのだ。






「いやいやいやいや私の子がデブになるデブになるデブになるデブになるデブになるデブになるデブになるデブになるデブになるメタボになるメタボになる生活習慣病になるぅぅぅぅ!誰か、誰か止めてぇぇぇ、そんなのダメぇぇぇ!!みんなデブになっちゃダメぇぇぇ!!」






 見得も外聞もあった事じゃない、わが子たちの健康と人生のためならばなんでもしてやると言わんばかりに私は戦った。床に転がりながら、両手足を激しく動かして泣き叫ぶ。

 最後の最後まで、諦めてなる物か。これが悪であるとわからせるためならば、私は何でもする。それのいったい何が悪いのか。

 すぐさま息子の同級生の七歳児の歌う子守唄が聞こえて来たとか、よしよしと頭をなでられているとか言うのはどうでもいい。子どもたちの未来を守るためならば、これぐらい恐ろしくはない。






「二歳児の面倒を見るのって大変ね」

「なんかいろいろと、ごめんな……」


 そう、二歳児の面倒を見るのは大変だ。


 絶対に自分が正しいってうるさくって、やたらに声が甲高くて自分中心で、それで気に入らない事があると泣きわめいて…………


 えっ、離婚した方がいい?誰に向かって言ってるの?

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