約束
星成和貴
第1話
俺が悪かった。そんなことは誰よりも自分が分かっていた。あの時の俺はどうかしてたんだ。
もし、人生をやり直せるとしたら、俺はあの時に戻って全てをやり直したいと思う。最愛のあの人を失った、あの時に。
長年のアタックの末、俺は最高の彼女と付き合えた。それどころか、結婚し、子供を授かることもできた。
そんな、幸せの絶頂の最中、俺はあろうことか、後輩の女性に誘われて、一夜の過ちを犯してしまった。
彼女はマタニティーブルー、とでも言うのか、毎日機嫌が悪く、家にいるのも正直、辛かった。だから、つい、優しくしてくれた後輩に……。いや、こんなのは単なる言い訳に過ぎないことは誰よりも俺自身が分かっている。本当なら、彼女を俺が支えてやらなくてはいけなかったんだから。
だから、俺には罰が下った。子供が産まれる少し前に離婚届を叩きつけられ、彼女は実家へと帰ってしまった。
当然の報い、そんなことは分かってはいるけれど、俺と彼女の子供に会えないのは辛かった。だから、一度彼女に頭を下げて、せめてたまには会うことだけは許してくれないか、とそう懇願した。すると、彼女は冷たい目で俺を見ながら、
「分かった。じゃぁ、誕生日にだけは会わせてあげる」
と、そう言ってくれた。
俺は嬉しかった。一年に一度だけでも、会わせてくれる、そう思ったから。毎年の成長を見ることができる、そう本当に思ったから。
けれど、実際には毎年会うことはできなかった。彼女が約束を破ったわけではない。もちろん、俺が会うのを止めたわけでもない。
俺と彼女のたった一人の娘。きっと、天使のように可愛いだろう、そう思ってフランス語で天使を意味する、
「ねぇ、ママ。このおじちゃん誰?」
「この人はね、ママがお世話になった人なの。ほら、お名前教えてあげて」
「うん!あのね、アンジュはね、アンジュって言います!それでね、えっとね、今日でね、四歳になるの!」
元気な姿を見られて、俺は嬉しかった。
次に会ったのは八歳の時。
「初めまして。松本杏樹です」
礼儀正しく自己紹介をしてくれた。四年前のことなんて杏樹は忘れているようで寂しかった。
そして、十二歳、十六歳。彼女に無理矢理に連れてこられて来ました、って雰囲気で俺とは目を合わせてくれなかった。
別れ際に彼女に聞いたら、俺が本当の父親で、妊娠中に不倫をした最低な男だ、と話したことを教えてくれた。
杏樹が俺を避けるような態度になってしまったことで胸が痛かった。けれど、悪いのは全て俺だから、
「もし、四年後に俺に会いたくない、そう杏樹が言ったらもう諦める」
と、彼女に伝えた。
だから、今年、俺は会えるかどうかは分からない。時間と、場所だけは彼女から一方的に送られてきた。そして、杏樹が行くかどうかは分からない、とも。
約束の2月29日。俺は約束の場所で待っていた。
約束の時間の少し前、遠くに杏樹らしき人影が見えた。けれど、もし違っていたら怖くて、だから、俺は顔を伏せ、時間がただ過ぎるのを待っていた。そして、俺の視界の中で足を止める一人の女性が現れた。
それが杏樹であってほしいけれど、確認する勇気を持てず、じっとしていたら、
「お久し振りです、その、お父さん」
と、話しかけられた。恐る恐る顔をあげると、綺麗に成長した二十歳の杏樹が、いた。来てくれたことが嬉しくて俺は、気付けば涙を流していた。
「え?あ、あの、どうしたんですか?大丈夫ですか?」
心配そうに近寄ってきてくれる杏樹に俺は、ただ一言、こう返すのが精一杯だった。
「来てくれて、ありがとう」
約束 星成和貴 @Hoshinari
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます