閨の閏

時津彼方

前編

 昔々、あるところに、それはそれは大層立派な屋敷に住んでいたおじいさんがいました。おじいさんは庭の手入れ、料理、管弦の遊びなど、様々なことに興味関心を抱き、豊かな暮らしをしていました。

 そんなおじいさんが、何より励んでいたことが、寝床の手入れでした。少しでも何かにうなされるようなことがあれば、すぐさま新しい枕や布団に換え、お手伝いさんに部屋の隅々まで掃除をさせました。おじいさんは何年も前に、愛するおばあさんを亡くしてから、身辺を整え、お手伝いさんを何人か雇い、暮らしておりました。

 そんなある日の、月がとても綺麗な晩のこと、おじいさんは夜中に目を覚まし、厠へ行こうと部屋の戸を開けようとしたところ、


「おじいさん、おじいさん」


 と、誰かの呼ぶ声がしました。

 おじいさんは怪しがって振り返ってみると、そこにはなんと、可愛らしい小さな娘が、ちょこんと座っていたのです。


「おじいさん、おじいさん」


 その娘はおじいさんに繰り返し言いました。


「なんだい」


 おじいさんは戸惑いながらもそう答えました。


「私は今晩で消えてしまいます。また四年、誰とも会わない日が続きます。どうか何か一つ、ひとり身を紛らわせるものをくださいませんか」


 その娘が、それはそれは寂しげに頼んだものですから、おじいさんは明日捨てる予定だった枕を一つ、玄関から取ってきてその娘に与えました。娘は大層喜んで、


「ありがとうございます。また四年後にこれを返しに来ます。では、もう時間のようなので、これでお暇します」


 と、おじいさんが一瞬目を離した隙に消えてしまいました。その跡には白い花びらが一枚落ちていました。おじいさんはその花びらを手に取り、大切に取っておこうと小さな木箱の中に入れてタンスの中にしまいました。そして、娘のことを思いながら、再び床につきました。

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