桜花は一片の約束

@chauchau

素っ頓狂な悲鳴があがりましたとさ


 ――また会えるかな。


「所詮は子供の頃の約束やさかい、覚えとるほうがおかしいんやって」


 ――会えるよ。


「別にそれをどうこう言うほど俺も子供やあらへんわけでな」


 ――ホンマに?


「今年で二十歳にもなる。いつまでも過去に縛られるなんてアホのすることや」


 ――うん、桜が咲いている間に。


「つまりは……」


「本音は」


「あの子に会いたいんじゃぁぁぁあああああ!!」


 ド喧しいんじゃ、毎年ィ!!

 近年では珍しい存在となってしまったカミナリ親父こと、寺の御住職さんの投げた箒がアホの顔面に突き刺さるのであった。


 初恋と言うものは、どうしようもないほどに美化されてしまうものである。突き刺さった箒と格闘する悲しいかな私の幼馴染もまた、初恋という名の絵画を心の中に飾っている。

 残念なのは、多くの人が心の絵画を飾るだけで終わるのに対して、目の前のアホはその絵画に今もなお縛られているということだろう。


 小学生の頃に、彼はこの境内で一人の不思議な少女と出会ったという。

 名前も住所も教えてくれなかった彼女は、唯一年上であることだけは間違いないそうだ。


「着物姿でめっさ色っぽかったからな! あんなん年下には出されへんッ!!」


 彼の弁を信じるのはどうかと思うが、それ以外に探す当てがないのだから仕方ない。


 あとは説明するまでもないだろうが、彼女に再び会うために彼は毎年訪れるのだ。彼女と出会ったこの場所に、桜が咲くこの時期に。


「あんのクソジジイ!! 寺の人間が暴力に頼るとか常識欠如してんのちゃうか!?」


「君にだけは言われたくはないと思うよ、御住職さんも」


「どういう意味じゃ!」


「そのまんま」


 十年以上彼は彼女との約束を守るためにやってくる。その執念には呆れるものがあるが、約束を守ることは大切であるため。


「私も協力しているんだけどね」


「なんか言うたか?」


「殴って良いかな」


「なんでやねん!?」


 慌てて距離を取る彼に零れそうになったため息を飲み込んだ。

 事情を知る大人たちはええ加減に付き合うん諦めたらというけれど、ここまで来たらこちらにも意地というものがある。



 ――また会えるかな。



 ――会えるよ。



 ――ホンマに?



 ――うん、桜が咲いている間に。でも。



 ――でも?



 ――次会った時、君は私のことが分からないと思うよ。



 ――そんなわけあるかい! 絶対分かる! 絶対! 絶対や!!



 ――本当に?



 ――ああ、約束や!!




 約束を守ることは大切である。

 であれば約束は守らなければならないだろう。


 マヌケな彼は約束の一片しか覚えていないようだけど。忘れているからとわざわざ教えてあげるのは。


「運命的じゃないよね」


「あ?」


 次の日どれだけ私が緊張しながら貴方に会ったか分かるだろうか。こちらは約束通り桜が咲いている間に再会したというのに。


「君がマヌケだって話」


「脈絡なく罵倒するんヤメテ!?」


 祖母に勧められて普段は着ることのない着物を着たあの日。君曰く、年上の色気が漂っていたらしい。

 ああ、もうまったく。


「約束。はやく叶えられると良いね」


「まったくやで……」


 来年の成人式で私は着物を着ることになるだろう。その時の君の反応が。


「楽しみだよ」

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