【KAC20201】四年に一度の誕生日

牧野 麻也

第1話 四年に一度の誕生日

「お誕生日おめでとうー!」

「おめでとうー!」

「十六歳のお誕生日おめでとうー!!」


「ありがとう!」

 周りの盛大な祝賀の声に、バースデーケーキを目の前にした少年がはにかんだ微笑みを返す。

 少年は大きく息を吸い込み、ケーキの上に立てられた一本の大きなロウソクと六本の小さなのロウソクに灯った火を吹き消す。

 消えた途端、また周りから歓喜の声が上がった。

 各々から差し出されるプレゼントを受け取って、喜びながら包装紙を開ける少年の顔は輝いている。まわりも早く自分のプレゼントを開けた時の喜びの顔が見たいと、少年の周りに集まった。


 そんな様子を、別の一人の少年が複雑そうな顔をして見ていた。

 周囲の少年少女たちの中から浮き上がるほど身体の大きな少年は、その目を潤ませながら少し離れたところで身体を縮こませている。


 どうしたって目立つその容貌に、気づいた庇護者がスッと彼の横へと忍び寄った。

 そして、彼にしか聞こえないようにそっとその耳に囁く。

「どうしたの? 楽しくないの?」

 庇護者の彼女──ミトは、自分と同じ程大きな身体の少年を横目で見上げた。

 拗ねた様子で唇をとんがらせた少年は、ミトを真っすぐに見下げて一粒の涙をポロリとこぼした。

「たのしくない」

 そんな少年──ヒタチの不貞腐れた一言に、ミトは苦笑を漏らす。

「……もしかして、またズルイなって思ってる?」

 そんなミトの言葉に図星を突かれたヒタチはプックリと頬を膨らませて俯いてしまった。

 その気持ちは分からないでもない。ミトはその膨らんだヒタチの頬に鼻先をくっつけてウリウリと擦り付ける。

「でもね? ヒタチの誕生日は、みんなのとは違ってすっごく特別で、とっても盛大にやるじゃない? それでもそう思う?」

「……」

 ミトの言葉にヒタチは答えない。

 その代わりに、首をぶんぶんと縦に振った。

「だってみんな、おたんじょうび、たくさん」

 むくれた顔のまま、そんな言葉をポツリと漏らした。

 ミトの胸に愛おしい気持ちが溢れ出てくる。

 その感情に任せ、ミトは再度彼の顔に自分の顔を擦り付けた。


 このヒタチは、身体は大きいが心が幼子おさなごそのままだ。

 ヒナタが生まれた時からミトは庇護者をしている。生まれた時はフニャフニャで壊れてしまいそうだったのに、いつの間にかグングン大きくなり、このコロニーの中の同年代の中では一番の大きさになった。

 それでもまだ彼は成長の途中だ。そのうちミトよりも遥かに大きくなるだろう。それこそ、ミトですら一抱えにできてしまうぐらいに。


 ──それまで、自分がそばにいられれば、の話だが。


 ミトはこのコロニーで庇護者のヒトリとして長く勤めてきた。

 もうそろそろ五十を超える。

 最近昔のように走れなくなってきた。すぐに息が上がるし足も痛い。

 そろそろ、引退の時期に来ているのだ。


 でも、久々このコロニーに生まれたヒタチの成長を、ずっと、見ていたいと思う。

 無理だとは、分かっているけれど。


 


「そうだね……ヒタチの誕生日は、四年に一回しかないものね」

 拗ねるヒタチから顔を離し、ミトはその場に視線を巡らせる。

 この中にヒタチと同じような誕生日の者はいない。ヒタチは稀で珍しいのだ。

 勿論、そんな事でヒタチを差別する者などもはやいない。

 しかし、どうしたってを感じてしまうのだろう。

 こういう時には特に。

「ねぇミトさん……」

 浮かんだ涙をゴシゴシ擦ってなかった事にしたヒタチは、ミトの首元に手をかけて首を傾げる。

「なんでボクのおたんじょうびは、四年に一回なの?」

 その疑問ももっともだろう。

 他の友達たちは毎年祝うのに、自分だけは四年に一回。

 子供には納得のいかない事だ。

 前回のヒタチの誕生日の頃も、同じ事を尋ねてきた。

 ミトはその時と同じ言葉を返す。

「……そうね。ヒタチは……ヒタチの歳の数え方は、私たちと少し違うからよ」

 差別という意味ではなく、本質的な意味で──言葉には出さずに、それでも真摯な瞳でミトはヒタチを真っ直ぐに見た。

 前回は、納得できずに泣いて暴れて大騒ぎしたヒタチ。

 しかし今回は──ヒタチは、自分の手をグーパーしてみて、そしてミトの手をそっと取って見比べた。

「……そうだね。ぼくだけ、違うね」

 そう、ふぅと息を漏らして、ヒタチはミトの手を離した。


 そして、少しだけ大人になったような目で、祝われている友人の笑顔を見た。


「……ミトさん。ボクのたんじょうび、すっごくオイワイしてね」

 そう、ポツリと呟いたヒタチに

「勿論よ!」

 ミトは破顔して飛びついた。


 ***


 もう、終わりなのかもしれない。


 ミトは、横になったベッドから、なんとか動く首だけを動かして、愛しい子の姿を探す。

「ヒタチ……」

 もう、上手く声も出ない。


「ミトさん!!」

 壊れんばかりに扉を開き、飛び込んできたのはヒタチだった。


 もうすっかりミトより大きくなったヒタチは、それでも四年に一度しか歳を取らない為、まだ十二歳だ。

 もう、ミトは八十を超えるというのに。


 随分前に庇護者を退職し余生を過ごしていたミトだが、ヒタチは何度となくミトの元に訪れて来てくれていた。

 歩けなくなってホスピスに入った後も、何度も訪れてはヒタチは甲斐甲斐しくミトの世話を焼いた。

 そんな必要はないと伝えたけれど、ヒタチは頑なだった。


「ミトさん……お水、飲む? ご飯は? 少しでも食べられる?」

 動けないミトの首を支えて、ヒタチは口元に水を持ってくる。

 しかしミトは緩く首を振った。

 シオシオと手を引っ込めるヒタチに、ミトは力を振り絞って自分の希望を伝えた。

「お散歩に……行きたい……」

 そのか細い声はヒタチの耳にはしっかりと届いた。

 ヒタチはベッドからミトを抱き起こすと、しっかり抱えてゆっくりと歩き出した。


「……ホスピスの外の広場でもいい?」

 ミトの痩せ細った身体を、大切に、それでも強くしっかりと抱きしめたいヒタチは、ミトにそう声をかけて、ホスピスの外へと進路を取った。


 外に出ると、夕焼けの色に変化していた。

 擬似屋外がそろそろ夜を告げようとしているのだ。

 擬似芝生の上にミトの身体を横たえると、ヒタチは横に座ってミトに膝枕をする。

 そして、もう色艶がなくなってボソボソになったをゆっくりと撫でた。


「ああ、そういえば……そろそろ、ヒタチの四年に一度の誕生日じゃなかったかしら……」

 芝生の匂いに少し意識を覚醒させたミトが、ふと日付を思い出す。

「そうだよ、ミトさん。俺、今度で十三歳になるんだ」

「十三歳……」

 まだ十三歳。

 確か、ヒタチのがオトナになったとされるのは十八歳。まだ五歳も……ミトの種族の数え方だと二十年も先だ。

「貴方が……大人になるのを見たかった……」

 ミトは、そんな叶わぬ希望を口にする。

 その言葉を耳にしたヒタチは、眉根に深いシワを作りミトの身体を撫でていた手を止めた。

「……俺は、ミトさんたちと同じように歳をとりたかったよ。

 なんで、なんで俺だけみんなと違うのさ。

 四年に一度しか歳食わないっていったってさ……なんで大人になるのが俺だけ遅いの?」

 彼の中にある理不尽な思いが口から漏れた。

 言ったところでどうしようもない理不尽さが。本人も、それは分かっている。

 分かってはいるが

 口にせずにはいられない。


 ミトは、なんとか動く首でヒタチの足に頭を擦り付けた。

「それは……仕方ないのよ。だって貴方は人族なんだもの……私たち犬族とは違うわ……」


 人は、犬より成長が遅く、犬の四年が人の一年に相当する。


 人工知能の完全制御化にあるこのコロニーには、もはや犬族や猫族の方が多く、人族の方が少ない。数の多い方に『時間』の単位を合わせる事になった為、自然と今までの人間の『一年』が『四年分』に変更されたのだ。


 だから、ヒタチの誕生日は四年に一度しか訪れない。


 人工授精で全ての者が生まれるこのコロニーでは、意思疎通の為のマイクロチップも生まれた時に脳に埋め込まれる。

 知能の差もAIによって、器用さの差も様々な装置でカバーされた。


 もはや、種族の壁は、身体を流れる時間しかない。


 しかし、如何ともできない、壁だった。


「……ヒタチの将来の夢はなぁに?」

 ミトが、やっと吸えた空気とともに、そんな言葉を吐き出した。

 ヒタチは止めていた手を再度動かして、ミトの身体を優しくゆっくり撫でる。だんだんと暗くなる空を見上げたまま呟いた。

「ミトさんと同じ。庇護者になるんだ。生まれてくる子供達を守るヒトになる。

 だって俺ならさ! その子たちが大人になるまで、おじいちゃんおばあちゃんになるまでずっとさ! ずっと守ってあげられるんだよ!」


 時間の違いは分かってる。

 誰よりも成長の遅い自分なら、誰よりも長く他者を見守れる。


 ヒタチは、自分を育ててくれたミトにずっと憧れていたのだ。


「そう……私も、楽しみだわ……」

 ミトは細く、長く、息を吐き出した。

 そして、全身から力を抜く。


 もう、この子は私がいなくても大丈夫。

 まだ十二歳だけれど、彼はもう立派なオトナになった。

 それが、分かったから。


 上下しなくなったミトの胸にそっと手を置いて、ヒタチは唇を噛み締める。

 目から水が溢れないようにぐっと上を向いた。


 そして、恐らくミトが行ったであろう、空の向こう、ずっと遠くに視線を送った。


 了


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