第29節 -リナリアの天使-

 あれから四人はベースに戻り、島に起きた変化を確認する為に調査を行った。

 その翌日、ついに全ての調査を終えた一行はセントラルへの帰還準備を開始していた。中央広場での件以降、ルーカスの観測により島周辺には今まで数日間一度も目にする事が無かった渡り鳥が飛来するようになっていることが確認できた他、衛星を用いた観測についても正確な撮影等が可能になっていることが確認された。これまでメール以外不通だった本部への通信も全て使えるようになっており、セントラルへの簡易報告と帰還準備の開始を先ほどブライアンから音声通信で連絡した所である。


「準備が整い次第島を離れる。あと二十分くらいだ。それまでに戻ってきてくれ。」一人きりで丘の方を見つめ立つ玲那斗にブライアンが声を掛けた。

「はい。」遠くを見つめたまま玲那斗は返事を返した。ブライアンは玲那斗の傍に近寄る。

「玲那斗。俺は今から独り言を言う。今日の個人的な日記に書こうと思った事だ。何も言わずに聞くだけで良い。」ブライアンの唐突な言葉に少し驚いたが、玲那斗は黙って話を聞くことにした。


「今回の調査は無事に完了した。この島で観測されていた数々の異常も今のところ全て解決している。それは何より玲那斗がいてくれたからこそだ。この島の調査に来る際に課せられていた絶対条件。玲那斗を必ず同行させる事。それは正しかった。おそらく、その条件が満たされない以上は絶対に解決しなかった問題だろう。だが…」ブライアンはそこで一度言葉を区切った。玲那斗は静かに耳を傾ける。

「だが、最初に話を持ち掛けてきた者たち。 ”どうして国連は事前にその事を知っていたんだ” 。俺にはそれがどうしても分からない。誰か、こうなる事を最初から知っていた人間がいる。言わない方が良いのだろうが、何もかもが出来過ぎだ。帰還したら上層部から何か話があるかもしれない。それも玲那斗一人に対してだ。何を言われても絶対にその二つの石を手放してはならない。あの少女がこの島を守り続けたように、その石を守れ。」そこまで言うとブライアンは振り返って歩き始めた。

「日記の内容は以上だ。邪魔したな。」ブライアンは静かにその場を離れる。


 この数日は玲那斗にとっては色々な事があり過ぎた。少しそっとしておく時間が必要だと感じた為、帰還の準備はルーカスとフロリアンへ任せ、しばらく一人にする時間を与えた。二人も快く承諾してくれた。先の話も別の機会にしようと思っていたが、今伝えるべきだと心がざわついた為に少し時間を取った。これ以上は邪魔になってしまう。そう考えていたブライアンはそのまま振り返らず離れようと思ったが、ふとキャンディーのように甘い花のような香りを感じて立ち止まった。すぐに後ろを振り返る。するとそこには玲那斗の横に寄り添うように銀色の髪の少女が立っていた。夕日に照らされた髪は銀色から金色に煌めき、その姿はまさにこの世のものとは思えないほどの美しさだった。


“あの少女がイベリスか”


 声を掛ける必要はない。その少女は危害を加えようとしてその場所にいるのではない事は明白だ。あの温かで柔らかな光は間違いなく ”玲那斗を守る為に” そこにいるのだと感じた。

「まるでリナリアの天使。一人の少女が守り続けた箱庭、か。」

 彼女が傍にいるなら大丈夫だと悟ったブライアンは、すぐに振り返るとルーカスとフロリアンの元へと戻った。

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