第18節 -幻の証明-

 二時間後、全員が元の場所に集まり各自に割り当てられた持ち場の報告をした。玲那斗は先ほど体験した不思議な現象について、録画録音したデータの提示と報告を終えたところだ。そして改めて事前調査で撮影された幽霊と呼ばれている少女の写真を資料で確認してみる。

「間違いありません。この少女です。写真では顔は見えませんがこの特徴的な銀色の髪と服装は先ほど出会った少女の外観と一致します。」

「録音された音声データからそこに玲那斗以外に女性がいたという事は間違いない。録画デバイスの特徴的な記録の乱れといい、一連の怪現象を引き起こしている原因、又はその鍵を握る存在がその少女の可能性があるというわけだ。」玲那斗の報告に対してブライアンは一つずつ確認をするように言葉を発した。


 最初からある程度は分かっていた事ではあるが、現実に起きた未知との遭遇に対して全員の顔が険しくなる。

「今の話を聞く限り、その少女の目的は玲那斗本人だろう。この島に辿り着く為にも、問題を解決する為にも玲那斗の存在が鍵になっているのは間違いない。思うに、これが玲那斗を今回の調査において絶対に外せないという理由なのかもしれない。国連や上層部が何を根拠に、どういう経緯でそれを決定したのか俺達には知る由も無いが、それが正しかったというわけだ。」ブライアンはそう言い、さらに話を続ける。

「一連の現象について解決する為に他の手がかりがあるわけでもない。たった今からその少女を調査対象の最重要課題として取り扱おうと思う。」その言葉に全員が静かに頷く。


 実のところ玲那斗は尖塔から引き返す際にこの件について報告するのを少し躊躇った。突然このような現実離れした話をして信じてもらえるのかという不安が大きかったからだ。だが、自分は機構の隊員であり調査した事、目の前で起きた事実の報告をするという義務がある。何より他の三人を心から信頼しているし、ここで報告しないという判断は仲間に対する裏切りになると思い細部に渡るまで全てを報告した。話をする間、隊長もルーカスもフロリアンも皆一様に真剣に耳を傾けてくれたことに感謝している。


 そんな事を思っていた時、ブライアンが言葉をかけてくれた。

「推論の域を出ない事だが、その少女は玲那斗にこの地で何かをしてほしいと願っている。最終的に必要なのは、その少女が望むことを達成できるかどうかだろう。その何かというものが分かればいいんだが。」少しの間を置きブライアンはさらに話を続ける。

「もし、これが隊のみんなを危険に巻き込むような事ならば、隊長として今すぐにでも調査の中止を宣言しなければならないかもしれない。だが、この件に関しては調査を最後までするべきだと思っている。きちんと向き合うべきだろう。今引き返す事は問題を放置するだけで何の解決にも繋がらない。調査出来る時間は限られている。残りの時間を使って全力で取り組もう。」そう言ったブライアンは玲那斗の肩に手を置いた。

「ありがとうございます。」言葉少なにそう返事をした玲那斗の瞳からは迷いは消え去っていた。


 あの少女の事が何か分かれば、それは解決に繋がる手掛かりになるかもしれない。新たな、そして確信めいた目的を持った一行は引き続き調査をする為に次の目的地となる島の中央広場へと向かう事になる。

「次の目的地は島の中央にあるという広場だが、そこへ向かう前に少し休憩をしよう。丁度正午だ。」時計に目をやったブライアンが言う。不思議な体験の事で頭がいっぱいだった玲那斗はすぐに中央広場へ向かう為に移動を開始すると思い込んでいた。


「少し肩の力を抜いた方が良い。焦りは大事なものを見落とす原因になるかもしれない。」ルーカスの言葉に玲那斗は周囲が見えなくなりかけていた自分に気付いた。「それに、頭を使う時には糖分の補給が必要だ。」親友の冗談めかした言葉に玲那斗は自然と笑顔になった。

「それに、この世界には今の常識や科学では証明出来ない事は未だに山のようにあるんだ。科学とは、仮定と証明の繰り返しによって作られた知識と経験の集積のことを指す。つまり ”まだ見たことのないもの” に対しては当然今の常識も通用しないし、科学ではこれを肯定も否定も出来ない。もし、隊長の言う通りその少女が願う事を実現することが、最終的にこの島の周囲で起きている問題の解決の糸口と仮定するなら、それを実践して証明してみせるのが今回の俺たちの任務に違いない。それがどんなに我々の知る “今の” 常識から逸脱していようとも。コペルニクスやガリレオみたいなものだ。」ルーカスはそう言うと、未だに戸惑いを隠し切れていない玲那斗の背中を軽く押した。


 続けてフロリアンも玲那斗に声をかける。

「この島に来て感じていた違和感の正体がなんとなく分かって自分はむしろ安心しています。 ”我々は何かの意思によって目的を持って迎えられた。” 今その答えのようなものが目の前に提示されたんです。少尉の報告を聞くことが出来て自分はほっとしました。人は分からないものに恐怖を抱く。分からないから、理解できないからこそ恐ろしい。でも、これは違う。きっと理解する為の糸口があって、今その入り口に立っている。ずっと感じていた違和感の正体が理解できた今、もう怖さはありません。」

 常識というものに囚われ過ぎていたのは自分自身だったのかもしれない。玲那斗は二人の言葉を聞き、周りが見えなくなりかけていた自身を恥じた。

「ではこれより昼食休憩にしよう。次の行動開始は午後一時とする。それまでは各自この場で自由行動だ。」ブライアンの号令により午前の調査が終了しひと時の休憩に入った。


 四人が集まり調査報告を行っていた一方、城塞跡のとある部屋の窓辺から一人の少女が四人のいる方を見つめて立っていた。四人のすぐ傍で監視モードに切り替えられていた運搬ドローンの警戒ランクが一段階上昇する。その変化に気付いた少女は微笑みながら言う。


「残念ね。もう少し近くでお話を聞きたかったのだけれど…」


 そして光が大気に溶けるように姿を消した。ドローンの警戒ランクはすぐに解かれたが、四人の中でその一瞬の変化に気付いた者は誰もいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る