第16節 -邂逅-

 この先に進み、その場所に辿り着けば何か答えが得られるのだろうか。この島に辿り着いたときから感じている感覚。昨夜の声。石の紋章。あらゆる怪現象の謎。それらを解決する為の手がかりが掴めるかもしれない。玲那斗は無意識に早歩きになっていた。

 夢の中の声は 約束の塔 と言っていた。この島で塔と言える場所はおそらくここしかない。今や予感は確信めいたものとなって玲那斗に【ここへ行くべきだ】と告げていた。


 目的地へ歩きながらふと気になったこともある。この尖塔は他の城塞跡からは少しだけ離れた位置にある。故に何の為に作られたものなのか気になった。海の向こうを監視する為、島内を監視する為など様々な用途が考えられるが、もうひとつ可能性がある事が浮かんできた。星占いである。

 昔の人は星の動きを見る事で様々なことを占ったといい、執政に関する占いも盛んだったと文献に記載されているのを見たことがある。例の城塞が執政を行っていた貴族の城ならば星を見るための専用の場所があっても不思議ではない。もし、そうであれば向こうの建物が ”星の城” であった可能性についても説明はつく。


 様々な考えを巡らせながら歩いていき、それはついに玲那斗の目の前に全貌を現した。想像よりも大きな塔だ。円柱形をしており高さは二十メートルほどはあるだろうか。建物自体はやや風化してしまっているが、千年経過している今でもきちんと塔としての体裁を保っており、保存状態の良さに驚かされる。むしろ、ある時点から時の流れが止まっているかのような保存状態の良さだ。

 木製の扉があったと思われるところは空洞になっており中には簡単に入ることが出来た。内部はただ石造りの螺旋階段が上へと続くように延びているだけだった。


 ヘルメスを取り出し階段と塔の安全強度解析を行う。幸い崩落しそうな場所は見当たらない。少し上に登ってみよう。そう思い階段へと歩みを進めた。調査記録用の録画デバイスを起動して歩き出す。上を見上げると尖塔の最上部から光が差し込んできている。出入り口でもあるのだろうか?しかし、そういったものとは別にどうも光を取り入れる為の穴が壁面に開けられているらしい。月明かりや星明りを取り入れるための穴だろうか。その穴から差し込む光で塔内部は充分照らされており、歩みを進める事は難しくはない。一段、また一段と歩を進めていく。階段の途中の壁にはところどころ燭台のようなものがある。

 しばらく螺旋階段を上っていくと塔の最上階へ着いた。内部は意外と広いように感じた。一か所ほど外のバルコニーのようなところへ続く空洞がある。昔は扉があったのだろうか。そして最上階の中央にも燭台のようなものが確認できる。観察してみると形は階段途中に合ったタイプとは違い明かり取りとは別の目的で使用していたような痕跡があった。

 玲那斗はふと機械時計が発明されていなかった時代は火時計というもので時間を測っていたという話を思い出した。もしかするとこれは灯り用ではなく時間を計るためのものかもしれない。


 他にも何か無いか辺りを見回してみる。特に変わった様子は無い。さらに歩みを進め次にバルコニーらしきところへ出てみた。塔を一周囲む作りになっており、歩いて周れば三百六十度どの方向でも島の様子を眺める事が出来る。玲那斗はゆっくりと一周歩いて周る事にした。

「海がよく見えるな。浜辺が向こう側にあるはずだ。やはり海の向こうを含めて島の様々な場所を見るための監視塔の役割もしていたのかもしれない。」

 バルコニーを一周歩き終えようとしたその時、まるでキャンディーのようなとても甘い香りが辺りに漂い、後ろから女性の声が聞こえた。


「来てくれたのね。」


 香りに一瞬気を取られていた玲那斗だったが、いるはずのない人の声に即座に振り返る。そこには銀色に輝く長い髪の少女が立っている。

「君は?」少女の姿を見つめたまま、そう言うのが精一杯だった。いるはずのない人物。あまりの衝撃で思考はまとまらなくなっている。

 白銀の美しい髪が海風で揺れ、時折その横顔が見える。十代後半くらいの年齢だろうか。

「ここで一緒に見た星は綺麗だった。レナト。また貴方に逢えてとても嬉しいわ。」少女は玲那斗の方へ向き直りそう答えた。

 何を言っているのだろう。今目の前で起きている現実に頭が追い付かない。もちろん自分はこの少女とは面識はない。そもそも、ルーカスの最初の調査でこの島全域において生命と呼べるものは自分たち以外に存在しないという結果が出ていた。今この場において、少女が一人で姿を現すなどという事が有り得るはずがない。



“島には少女の幽霊が出る”



 ふいに事前調査の後から機構へ広がっていた噂が頭を駆け巡った。あれは事実だったのか。

「貴方にもう一度逢うために、私は祈り続けた。あの地獄のような景色の中で、ただこの日が来ることだけを信じて。」動揺する玲那斗を見つめたまま少女はそう言葉を重ねる。

 少女の瞳は透き通った灰色で愁いを帯び、見つめていると吸い込まれそうな錯覚に陥る。真っ白なドレスのような服を着て物腰は柔らかく、貴族のような優雅さと美しさがある。目の前の有り得ない光景に目を奪われていた玲那斗だが、視界にあるものが留まりそこに釘付けになった。ネックレスだ。同じ紋章の石が彼女の首元にある。厳密には自分の持つ石とは紋章の向きが左右逆になっており、彼女の持つ石は公国の紋章の左側にあたる。

「君は、一体…」戸惑いを隠し切れずにいる玲那斗の様子を見て少女は少し悲しそうな表情を浮かべた。

「そう、今の貴方はまだ思い出せないのね。レナト。貴方が今、私の事を思い出せなくてもこれだけは忘れないでいて。私は今でも心の底から貴方のことを愛しています。」

 そう言い終えた後、玲那斗が瞬きをする刹那に少女の姿は幻のように消えていた。


「夢…なのか。」現実に引き戻され、とっさに録画デバイスの映像を再生してみる。しかし不思議な事に塔の頂上まで来たところで映像は真っ白なノイズのようになっており何も映っていない。それは過去に衛星やドローンから島を撮影した画像と同じように何も見えなくなっていた。会話の音声データは少女の最初の一言が僅かに聞き取れるだけで、それ以後は雑音が鳴るばかりで録音も出来ていない。


 その時、玲那斗の脳裏には一昨日に見た夢の光景が浮かんだ。赤黒い炎、燃え盛る景色の中で横たわる少女。あの少女なのだろうか。しかし、自分の経験にはない記憶だ。何も分からない。何が現実で何が夢だったのか。今ここに立っているのは現実なのか、夢なのか。それすらも曖昧になる感覚に襲われる。

 今はそれがどちらでも構わない。とにかく戻って今起きたことを報告しなければならない。踵を返し階段を降りていき、集合場所へと向かった。

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