真を打つ

エリー.ファー

真を打つ

 厚く御礼申し上げますとともに。

 前の方が四年に一度ということで、オリンピックを出すのはセンスがないとおっしゃいましたが、申し訳ございません。

 オリンピックの話をさせていただこうと思います。

 いやあ、この噺家としての仕事というのは、四年に一度あるようなものではございません。この日本のどこかで必ずどこからか落語は聞こえているもので御座います。

 そうなりますと。

 この四年に一度という言葉がどうにも、私には重く感じられてしまうので御座います。例えば、それに賭けていて、それが上手くいかなかったらその後の三年間をどのように、またどのような気分で過ごさなければいけないのか。

 身の毛もよだつ話ではございませんか。

 いや、そのような考えを持っている人では、やはり四年に一度のプレッシャーに負けて脱落するから、精神的に強い人しか残らないという、そういう作りになっているのか。

 どうにも分からないところでは御座いますが。

 あんた。

 分かってる。

 分かってないよ、あんたは。

 それも分かってる。

 分かってないことを分かってるってどういうことさ。

 お前が俺のことを心配してくれてるのは分かってる。

 もう、その足の怪我だって、腕の怪我だって、もうどうにもならないんだろ。

 あぁ。

 じゃあ、なんでまた試合に出るの。そりゃあ予選を勝ち抜いて日本代表になったのは分かるよ、凄いよ、それだけの努力をしてきたところも、あたし見てきた。

 だったら。

 だからこそ、だよ。あんただって、勝ち抜いてきて分かったでしょ。そりゃあやっとこさ、若い選手に勝って結果はなんとか出てるけど。あんたの体は限界だよ。勝ってきた選手だって、あともう一回やったらあんたがまた勝てるかどうか分からないじゃないか。

 でも、勝った。

 強がるのはおよしよ。あんただって分かるだろ。ずっと見てきたあたしだってよく分かってるよ。試合を見に来る人たちだって気づいてる。

 これが、最後だってことか。

 だから、これが最後なんじゃなくて、もうあんたの最後はとっくに過ぎてんだよ。これからオリンピックに出て、体ぶっ壊して、もう立ち上がれないくらいになって、それでもいいなんて、そんな馬鹿な話。

 いい。

 えぇ。

 いいよ。俺はそれでいい。

 馬鹿言ってんじゃあないよ。

 いい。俺はそれでいいんだ。

 いいわけないっ。

 いい。

 なんで。オリンピックで金メダルをとったことだってあるじゃないか、そもそも金メダルを一個だって取れる人がそもそも少ないんだ。随分、あんたは立派だよ。もう十分だよ。

 いや、そういうことじゃないんだ。

 じゃあ、なんなのさ。

 オリンピックは四年に一度なんだ。

 あんたの人生は一生に一度だろっ。

 そのオリンピックが一生に一度もない選手がいるんだっ。

 そりゃあ。その、分かるけどさ。

 人の一生が一度なのは、そりゃそうだろう。よく分かる。でも、オリンピックは四年に一度もあるのに、それが来ない。一度もオリンピックに出られない選手がいる。そう思ったら、彼らを倒した俺にはオリンピックに出る責任がある。

 分かった、分かったよ。

 すまない。

 四年に一度の祭典だもんねぇ。

 いや。

 なあに。

 四年に一度なんてありゃあしないんだ。

 え。

 人生には、一生に一度のことしか起きないんだよ。

 そう、そっか。そうね。頑張って来てね。

 うん、頑張るよ。

 男が静かに家を出て、外はオリンピックの熱気に包まれる。こんな大きなお祭り中々あるもんじゃない、やれめでたいのなんの。

 そんな中。

 まるで葬式みたいに。

 まるで蝋燭しか光がない家みたいに。

 まるで戦争に愛する人を送り出し、そこに残された家族のように。

 ただ静かに祈るように時間を過ごす人々がいることを知っていただければ幸いでございます。

 目前、という一席でございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真を打つ エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ