第231話 嵐山(1)

そして、夜には実家の嵐山に移動した。



連絡もせずにやって来た息子に


両親は驚く。



「あ~、びっくりした。 ドロボウかと思ったわ、」


母は裏口から入ってきた志藤に言った。



「電話しよ思ったけど、めんどくさいから来てしまった。」



「もうゴハン食べ終わってしまったけど、」



「メシなんかどうでもええわ。 オヤジは?」



「いるけど、」





父は茶の間でテレビを見ていた。



「ああ。 おかえり。」


志藤を見て、まるでその辺から帰ってきたかのように言って迎えた。




ここに来るのは


2年ぶりくらいだった。




東京に行くのも


電話ひとつで済ませてしまい。



それでも両親は文句も言わずに見守ってくれていた。



父は何も言わなかった。


元々


無口な人で家族の間でもあまりしゃべらない人だ。




「お茶漬けくらいならできるよ。 どうする?」


母はまだ食事の心配をしていた。



「うん。 じゃあ、食べるわ。」


志藤はそこに座った。



「なに? 出張?」


母が声をかける。




「・・うん。 大阪に。」



手早くお茶漬けの仕度をして持ってきた母は


「めずらしなあ。 なんかあったんちゃうの?」


と、聞いた。




確かに


何もなくてここにやって来ることが


両親には不思議であろう。



「あのな。」



志藤は少しだけ居住まいを正して



「・・おれ、結婚しよ思ってんねん。」



二人にそう言った。




「え、」



父がテレビから彼に視線を移した。




「・・結婚?」



母も驚いたように言った。




「うん。 それ・・言いに。」



「・・って、どこの人?」


母はさらに聞いてきた。



「クリスの子供をもらってくれた・・彼女。 白川ゆうこさん、」


と、母を見た。




「え・・あの子?」


あの時のゆうこのことを思い出していた。



「うん。 で。 子供、生まれんねん。 夏ごろ、」


あっさりと言う息子に、



「はあ?」



母はさらに驚いた。



「だから。 なるべく早く籍入れたい。」


志藤は普通のトーンでそう言った。




「・・あんた。 そんないい加減なことをして!」


母は怒ってしまった。



そう言われるのも最もだった。




「確かにそやけど。 でも、子供ができてなくてもたぶんいづれはこうなったと思う。 ようやく、結婚しよて思える人に出会ったし・・」


志藤はうつむいてそう言った。



「・・そやけど、」


母はまだ少し動揺していた。




すると


黙っていた父がゆっくりと彼のほうに身体を向けて



「・・向こうの親御さんには。 きちんとしたんか、」


と言った。



「何とか。 許してもらった。 彼女も一度・・ここに連れてきたいけど、今、つわりが酷くて入院してんねん。」



「入院?」


母はまた驚いた。




「オフクロは会ったからわかってると思うけど。 ホンマに優しくて・・思いやりがあって。 かわいい人や。 あんなに優しい子には会ったことなかったかな。」



志藤はそう言って、茶碗に手をかけてお茶漬けを食べ始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る