第211話 ガラスのうさぎ(1)
志藤は仕事を終えて、まっすぐに南の家に向かった。
「・・志藤さん、」
南が驚いていると、
「ゆうこは、いますか?」
ものすごく怖い顔だった。
「いるけど、」
と言っていると、ゆうこがふらっと出てきた。
志藤はいきなり上がりこんで、彼女の腕を掴んだ。
「一緒に、来てくれないか、」
「え・・」
「気分が悪いやろけど。 頼む、」
真剣な彼に押されるように、ゆうこは出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと待って! 寒いから。 コート!」
南は慌ててゆうこのコートを持って来て志藤に放り投げた。
そのままタクシーに乗って、やって来たのは彼の自宅だった。
「どう、したんですか、」
ゆうこがおそるおそる聞くと、
「・・おれ。 ウソついてた。」
志藤は突然言った。
「え?」
「この間、きみがここに来た時。」
出窓に飾ってあったあのガラスのうさぎを手にして
「彼女との思い出はこれだけだと言ったけど。 それは・・ウソや、」
ゆうこに振り返る。
「志藤さん?」
そのまま志藤は寝室に行き、何かを持ってきた。
彼が手にしていたのは
何かのチケットだった。
「これは・・?」
ゆうこは胸騒ぎがした。
「これは。 彼女がおれと一緒に行こうって言って。 クラシックのコンサートのチケットを・・。 それを買いに行った時に事故に遭って、」
志藤は思い出したのか、声を詰まらせた。
「え・・、」
見ると
その古く変色したチケットの端に茶褐色の染みがついていた。
「彼女が最期に手にしてた。」
その染みは
恐らく彼女の血痕で。
ゆうこはもう
それを思うだけで胸がいっぱいになった。
「どうしても捨てられなかった。 彼女の分のチケットは棺に入れたけど。 おれのために買ってくれたこのチケットだけは・・捨てられなかった・・・」
志藤は声を震わせた。
「でも・・。 これは、」
志藤はいきなりそのチケットを半分に破ってしまった。
「な、何するんですか!」
ゆうこは驚いて彼の手を掴んだ。
「ええねん。 もう。 こんなん持っててもなんもならへんて・・わかってたのに! おれは、もう・・」
またそれを引きちぎろうとする志藤に
「やめてください!!」
ゆうこはその手を止めようと必死だった。
そのとき。
手にしていた
ガラスのうさぎが
志藤の手の中からこぼれ堕ちた。
え・・。
床に落ちたそのうさぎは
あっという間に
粉々に
砕け散って。
まるでスローモーションのように
ゆうこの目に焼きついた。
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