第159話 記憶(3)

今、自分も父にゆうことの仕事を


なくして欲しい、と頼もうと思ったからだった。



「白川くんはおれの秘書だが、おまえは去年まで同じ仕事をしていた。 今は少しずつ自分の仕事を持つようになったが、まだ被っている仕事もあるし。 ホールの方とオケ関係の仕事は全部志藤にやってもらうから。」



彼女も


同じように考えていた。




真太郎は体の力が抜けていく。




「社長は・・なんて、」


「別に構わないと言った。 仕事には何も変わりないし、」


北都は書類を見ながら、なんでもないことのように話す。




「そう、ですか。」


「で、どうする?」


逆に訊かれた。




「いえ・・おれは構いませんけど、」


小さな声で戸惑いながらそう言った。



「まあ、おれもそうしたほうがいいと思っていた。 もっと早くそうするべきだった。 彼女の気持ちも・・わかっていたのに。」



「お父さん、」


思わず会社でそう呼んでしまった。



「結婚式以来、彼女の様子が少しおかしいし。」



おかしくなったのは


おれのほうだ。




真太郎はまたうつむく。



「おまえから離れようとしている。 あの子は。」



「・・はい・・」



心が


重い。







「え、ゆうこが?」


家に帰って南に話をすると彼女も驚いた。



「うん。 おれも承知した。」


真太郎はスーツの上着を脱いで、ネクタイを緩めた。



「ええの? それで。」


それを受け取りながら南は言う。



「いいよ。 おれもそうしてもらおうと思っていたから。」



「真太郎・・」



「どうすることもでいないし。 これ以上は・・おれもつらいから。」



南は彼の気持ちを思う。



「もし、あたしが・・ゆうこと浮気してもいいよって言ったら。 どうする?」




突然そんなことを言い出した南に驚いて振り返る。



「はあ???」



「二人を愛していいよって言ったら。 どーする?」



「バカなこと言うなよ。」


どっと疲れた。



「真面目に聞いてるの!」


南の真剣な顔を見て、



「・・しないよ、」


真太郎はポツリと言った。



「ウソ、」



「ウソじゃないって。 考えられない。」


と、首を振る。




「南に対する気持ちと白川さんに対する気持ちは違う。  それに、おれが浮気をして彼女を愛さないと、彼女は幸せになれないの? そんな幸せでいいの? ・・絶対に違うよ。」


真太郎はきっぱりと言った。




確かに


その通りだったが。




南はもう


どうしていいのかわからなくなった。



「今はつらいけど。 白川さんが立ち直って、幸せになることを願うしかないんだ・・」


真太郎は自分にもそう言い聞かせた。







「じゃあ。 わからないことがあったら、いつでも聞いてください。」


ゆうこは仕事の引継ぎを志藤にした。



「うん、」



志藤は彼女がした、この決断を受けることになり少し複雑だった。



「もう、お昼ですね。 すみません、長くなってしまって。」


ゆうこは時計を見る。




「いや・・あの、」



志藤がゆうこに話かけようとしたとき、



「志藤さん、」


秘書課の女子社員二人が声をかけてくる。



「この前、お昼おごってくれるって約束したじゃないですかあ。 そろそろ実行してくださいよ、」



「え~? 今日??」



「またごまかして~~。」


と言われて、



「わかりましたよ。 んじゃ、行こうか。」


仕方なく立ち上がる。



そして、ゆうこをチラっと見て、


「白川さんも、どう? おごるよ、」


と言ったが、



「いえ。 結構です。 ちょっと仕事があるので。」


と、彼を見ることもなく、パソコンの画面を見つめていた。


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