第158話 記憶(2)

そして。 13年前はまだまだみんなの気持ちが揺れ動いている状態で・・・






真太郎は


志藤がゆうこのことを好きなのかもしれない、と


思い始めたときから



さらに


ゆうこを遠ざけるようになった。



仕事場でも、ほとんど話をしなくなった。




「すみません。 これ、あとでファックスをしておいてください。」


他の秘書課の女子社員に仕事を頼む真太郎を見て



ゆうこはもう


いたたまれなかった。




もう


ダメなのかな


あたしが


決心をしないと・・。



ぎゅっと拳を握り締めた。




そんな時社長に呼ばれた。



「ホールの最終チェックだ。 真太郎と一緒に行ってくれ。」


ゆうこは書類を彼に手渡され、そう言われた。


「え、」



ドキンとした。



そして、思わず隣の真太郎を見る。



しかし


真太郎は顔色を変えずに



「ハイ。」



と小さく返事をした。



彼が運転する車の中も


何を話していいかわからない。





「道・・混んでますね、」


ゆうこはポツリと言った。



「金曜日ですから。 雨も降りそうだし、」


真太郎も小さな声で答える。



あんなに


楽しかったのに。



彼女と仕事を始めてから、ずっと。


南と結婚したという、区切りがついただけで


彼女との距離がこんなに遠い。



当然といえば


当然なのだが。




お互いに何の感情もなければこんな風にはならなかった。



これ以上


彼女と一緒に仕事をしていけるのだろうか。



自信がなくなる。



途中から雨が降りだした。



パーキングに車を停めて、カサのない二人は走ってホールの中に入る。




「わー、けっこう濡れたな、」


真太郎はスーツをぬらした雨を拭う。



ゆうこは黙って自分のバッグから小さなタオルを取り出して、そっと手を伸ばして真太郎の髪を拭いてやる。



自分も濡れているのに。



真太郎は少し胸が痛い。



ゆうこは自分の行動にハッとして、スッとそのタオルを渡し、


「どうぞ・・」


と手を引いた。



「白川さんこそ、濡れています。」


真太郎はそのタオルで彼女の髪を拭こうとしたが、ゆうこは身を引いて自分のスーツからハンカチを取り出した。



「大丈夫です、」



それで拭きながら先に中へと入っていってしまった。




おれはいったい


何をしているんだ。




このふらついた自分の気持ちに


もう


鍵をかけよう。





「あの。 お話が。」


その夜、誰もいなくなった社長室で真太郎は父の前に行く。



「ああ、おれも話があった。」


先にそう言われ、



「なんですか?」


と聞いてしまった。



「白川くんが。 おまえとの仕事を切り離して欲しいそうだ、」



「え、」



真太郎は驚いた。


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