第145話 異変(2)

「真尋のピアノ、良かったよね。 ほんま感動したわ。」



結局


南と真太郎と志藤の3人が食事に出かけた。



「今日、早速レコード会社の社長からね。 ミニライブとかやったらどうかって話もらって。」


真太郎は嬉しそうに話す。



「まあ・・北都フィルのお披露目の前にやる彼のミニコンサートの前に、なにかやっておくのもいいかもしれませんね。」


志藤はふっと笑う。




そして


「ただ。 最初は北都社長の息子だから仕事は来るかもしれません。 それを利用するといったらおかしいですけど、それで少しでも名前を知られるようになればと思っています。」


と、続けた。



「うん。 どんなきっかけでも真尋のピアノ一度聴いてもらえば、絶対に好きになってもらえるし。」


南は笑顔で言った。



そして、携帯を取り出して


「ゆうこ、仕事終わらへんのかなァ。 電話してみようかな。」


と、言い出したが



「・・忙しいんでしょう。 今日はいいじゃないですか。」



志藤はやんわりと止めた。



きっと


自分がいるから


彼女は来ないのだろう。




わかっていた。




あの時


もう


ああするしか考えられなくて。




男として彼女を抱きたいという気持ちと



彼女を悲しみから


少しでも守ってあげたい気がして。



ものすごく傷ついているのに


一生懸命それを隠そうとしているその姿が


見ていられなかった。



バカだなあと思いながらも


愛しくて


どうしようもなくなった。




でも


ただそれだけだ。




奈緒が死んでから


自分の心に隙間ができるのが怖くて


愛してもない女を


たくさん抱いた。




それで満たされるのかと言えば


そんなことは全くないとわかっているのに



相手の気持ちなんか


これっぽっちも考えられずに


自分のことばかりを考えるようになってしまって




自分だけが


なぜ生きていなければならないのかと


毎日


考え続けていた。




彼女は


そんなおれと同じように


理性だとか


真実だとか


どうでもよくなっていたに違いないのだ。




「ねえ。 ほんっまに女の影ないね。 大阪の噂聞いて、どんなんなんやろって思ってたのに。」


南は笑った。



「南、」


真太郎は暴走しそうな南を窘めたが、志藤は頬づえをついて笑って、



「ぼくはけっこう真面目なんですよ。」


と言った。



「ほんまに~?」


南はまた笑った。



「今は。 仕事に頑張りたいですかね。」


それは本音のようだった。



「彼女も作らずに?」


南はさらに身を乗り出した。



すると、志藤はまた苦笑いをして



「めんどくさいんで。 別にステディが欲しいとは思わない。」


と言った。




「そんなん寂しいやん。」



「寂しいんですかねえ・」




志藤はつぶやくように言った。



そう言った


その顔は


少し寂しそうだった。

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