第146話 異変(3)

ゆうこはいつものように


自分のペースで仕事をしていた。



真太郎とも


志藤とも


何も考えずに


普通に接しながら。




そんなある日。



「こんな初歩的なミスをするなんて、ぼんやりしすぎだな。」


北都はゆうこを目の前にして、厳しい言葉を投げかけた。



「・・すみません。 すみませんでした!」


ゆうこはもう深く深く謝罪をするしかできない。




「新入社員でもこんなミスしないぞ。 たるんでいるんじゃないのか。」


北都は厳しくそう言ってその場を去ってしまった。



先方との打ち合わせの日付を1日間違えた。



スケジュールがびっしりで時間をやりくりするのが大変な北都の貴重な時間を無駄にした。





自分が確認をしなかったばかりに。


そう思うと


もう情けなくて


申し訳なくて


顔が上げられない。




落ち込んで席に着くゆうこに志藤が歩み寄り


「今朝頼んだ会合の店、もう決めてくれた? 早く連絡しないといけないから急いでるんだけど。」


厳しい口調で言った。



「え・・あ、すみません・・まだ、です。」


慌ててファイルを取り出す。



「こんなに何時間もかかることじゃあないだろう。」




ミスをして社長から叱られて落ち込んでいるゆうこにさらに追い討ちをかけるようなことを言う志藤に


真太郎は



「ぼくがやります。 今、仕事ないですから。」


ゆうこに近づき、そのファイルを手にした。



「真太郎さん・・」



「会合の相手は青山企画の加藤社長と赤井専務でしたね。 ここからピックアップしておきます。」


真太郎は笑顔で言った。



「いえ、そんなこと真太郎さんにしていただくわけには、」


ゆうこはそれを制しようとしたが、



「いえ。 誰かが忙しい時は暇な人間が手伝えばいいんです。 気にしないで下さい。」


優しく言った。



「本当に、ご迷惑をかけてしまって。 今日の打ち合わせは真太郎さんも一緒に行くはずだったのに・・」



「いいえ。 ぼくのスケジュールは大丈夫ですから。 気にしないで下さい。」


そっとゆうこの肩に手を置いた。




志藤はそんな彼を


じっと見た。



メガネの奥の瞳は


険しかった。




志藤はいつものように遅くまで社に残って仕事を続けていた。


真太郎が篭っていた資料室から戻ってきた。




もう


秘書課には誰も残っておらず


静かな空気だった。




「なんで、あんな態度とるんですかねえ・・」



志藤はボソっと口にした。



「え・・」



真太郎は彼を見た。



志藤はゆっくりと顔を上げ、


「彼女のケアレスミスでしょ。 普通に怒ればいいんですよ。」


と言う。




それがゆうこのことだとわかり、


「ミスなんてしたくてする人はいません。 志藤さんこそ、それに追い討ちをかけるようなことを言ったりして、」


真太郎は少しムッとした。



「あなたがね。 優しくすればするほど彼女は傷つくんですよ。」



厳しい目でそう言われた。



「は・・」



「なんでそれがまだわからないんですか。 彼女がかわいそうだから? だから優しくするんですか。」



「志藤さん、」



「自分は結婚をして。 もう、彼女との間にどうしようもない壁を作っておきながら。 そのくせ、横にちゃっかり出入り自由のドアなんか作っちゃって。 都合のいいときだけ彼女のほうにやってきて。 あなたがそういうことをするから、あの子はあなたから抜け切れないんです!」



その言葉に


真太郎は目を見開いた。

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