第134話 ピリオド(1)

真太郎と南の結婚式が3日後に迫った。



「真太郎さん、じゃあ・・配置はこんな感じで大丈夫でしょうか。」


ゆうこは披露宴会場の見取り図を真太郎に確認してもらった。



「ピアノはこの向きでお願いします。 結構重要なんで。」


真太郎はニッコリ笑った。



「真尋さんのお披露目もありますもんね、」


ゆうこも微笑み返す。



「いろいろすみません。 白川さんも忙しいのに。」


「いえ。 これも仕事だと思っていますから、」



ゆうこは事務的に答えてしまって、少しハッとした。



「・・あたしも・・お役に立ちたいので。」



と、言い訳めいたことを言ってしまった。




真太郎は彼女に


本当に感謝をしていたが


その言葉を口にしてしまうことが


彼女にとってつらいことになることが


怖くて。



ありきたりの労いの言葉しか出てこない自分が


嫌で嫌でたまらない。



南と籍を入れてからも


彼女とは以前と変わらないスタンスでつきあってきたが


今後はどうなってしまうのか



それを考えると


心が痛んだ。





給湯室で洗い物をしていたゆうこに



「そんなの後輩にやらせればいいのに。」



いきなり声を掛けられてドキンとした。


振り向くと志藤がタバコを手に立っている。



「な、なんですか。びっくりした・・」



「後輩よりも朝早く来て掃除してるし。 お茶も主にきみが淹れているし。 そんなん任せたら?」



「あたしがしたくてしているだけです。 後輩の朝倉さんは3ヶ国語に堪能で、通訳の仕事もしているし。 あたしより忙しいですから。」


ゆうこは視線をまた茶碗に戻し、そう言った。



「お人よしだなァ・・」



と言うと、ゆうこはまたキッと振り返り



「火気厳禁なんですけどっ!」


火のついたタバコを手にしている志藤を睨んだ。



「あ・・ごめん。」


ポケットから簡易灰皿を出して、吸殻を押し込んだ。



ゆうこはまた背を向けて




「志藤さんの言うとおりですから、」



ポツリと言った。



「え?」



「あたし。 こんなことしか能がないから。  みんなが仕事をしやすくなるようにすることしか。」




「・・いじけるなって、」




志藤はふうっとため息をついた。




「こんなあたしでも社長や真太郎さんは信頼して下さっています。 だからそれに応えられるように頑張りたいんです・・」




彼女が


真太郎と南の披露宴に関わる事務処理を引き受けて頑張っていることは


そばで見ていて知っていた。



そんなの


つらくないわけないだろうにと


思うけど。



痛々しいほどに健気に頑張る彼女を


苛立ちながらも


ハラハラと見ている自分にも気づいていた。



「区切り、つけたほうがいいと思うよ。」



志藤は静かに言った。



「え・・」



ゆうこはゆっくりと振り返る。



「この披露宴が終わったら。 このままじゃ・・きみがボロボロになってしまう。」



「あたしは・・」



ゆうこは反論しようとしたが




確かに


これから自分はどうしていったらいいのか


全くわからなかった。



というか


考えないようにしていた。




黙り込んでしまったゆうこに


志藤は小さなため息をついた。






そして


絵梨沙は真太郎たちの結婚式に招待されていたので、日本にやって来た。


そのまま、彼から連絡を貰った練習スタジオに直行した。



いつものように


志藤が見張る中(?)練習に勤しんでいたところに



「真尋・・?」



絵梨沙がゆっくりと入ってきた。



「絵梨沙!」



真尋はびっくりして立ち上がった。



「ごめんなさい。 練習中に。」



絵梨沙が志藤に会釈をしたとたん、歩み寄ってきた真尋がいきなり彼女を抱きしめた。




あ??



志藤はその光景に口が開きっぱなしになってしまった。


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