第121話 ノクターン(3)

足が


勝手に動いていた。




その


『音』


を探して。




ショパンのノクターン第8番。




彼女が


一番好きだった曲




だんだんとその音が近づく。




『練習室3』と


書かれたプレートが見えて、何も考えられずに


その扉を開けた。




「へっ???」




そこには


思いっきり坊主頭で


デカい男がピアノの前に座っていた。




「は・・」



自分でいきなりドアを開けておきながら


志藤はあの音と彼が結びつかずに、気が動転する。




「すっ・・すみません! なんか、鍵開いてたし! 勝手に入っちゃって・・」



坊主頭のその青年は慌てて立ち上がって志藤に頭を下げた。



「ショパンのノクターン第8番はきみが弾いていたの・・?」



半ば呆然としつつ聴くと、




「ハア。」


気の抜けた返事が返ってきた。




こいつがっ!?




志藤は目を見張った。


そのくらい


あの、優しすぎるショパンとそぐわなかった。




そこに



「あら、真尋くん。」


真理子がやって来た。



「あ、どーも・・」


真尋は彼女に頭を下げた。



「まさひろ・・?」



志藤はまだ呆然としている。



「ああ。 会ったことなかった? 彼が北都社長の次男の真尋くんよ、」



真理子はにこやかに志藤に紹介してくれた。



「は・・」




まったく


自分の想像外の人物の出現に


志藤は口がぽかんと開いてしまった。




「大学の人じゃなかったんスか?」


ようやく気づいた真尋が真理子に言う。



「ホクトの社員の人よ。 クラシック事業の責任者の志藤さん。」


彼女はクスっと笑った。



「責任者?」




真尋も志藤をびっくりして見やった。




志藤は頭が混乱しつつも、



「あ、あの! もう一度、弾いてもらえるかな。 今の、ショパンの8番を、」


と真尋に言った。



「え、なんのために~~??」


ものすごく怪しまれたが、



「とにかく! 弾いてくれ!」




志藤の勢いに真尋は押された。




目の前で彼がショパンを弾くのを聴いた志藤は


まるで金縛りに遭ったように


動けなかった。




『ねえ。 ショパンってなんでこんなに優しいんやろ、』




彼女の笑顔が蘇る。



あれ・・?




真理子は志藤をチラっと見た時に


一瞬、涙を拭ったのではないか、と思う仕草があった。




その


死ぬほど優しいショパンが




志藤の運命を


どんどんと前へ前へと押し出していく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る