第115話 裏面(4)

社を出ると、雨が降っていた。



「わ・・傘ないな、」


志藤は空を見上げる。



ゆうこはバッグから折りたたみの傘を差し出し、



「どうぞ。 使ってください。 あたしは地下鉄ですから。 目の前だし、」



「でも、駅を出たら困るだろう、」



「いえ。 迎えに来てもらいます。 歩いてもすぐですし。 ・・どうぞ、」



無理やりに傘を手渡して、ゆうこは走って地下鉄の入口に駆け込んで行った。





『よかったら、どうぞ。』



死んだ恋人、奈緒と最初に言葉を交わしたのは


大学2年の春だった。



エントランスで急に降りだした雨に困っているところに、スッと彼女が来て折りたたみ傘を手渡してくれた。



大学のマドンナだった彼女のことはもちろん知っていた。




『ありがとう、』



そう言ってニッコリ笑うと、彼女も笑い返してくれた。



それがきっかけだった。



ゆうこに借りた傘を見ながら


志藤はふっと微笑んだ。




雨・・か。



また空を見上げると、街灯の光越しに


雨が針のように


いく筋も


いく筋も


落ちていくのが見える。





一人の部屋に戻って、つかれきったように志藤はベッドに横になった。




あんなに泣いちゃって。



目の前で女性に泣かれたことは


何度もあるけど。


今日はものすごく罪悪感でいっぱいだった。




どうして彼女に話をしてしまったのだろう。




何故だか


彼女に泣かれると


胸がものすごく痛くなって。


たまらなくなる。



いったい


彼女に話をして


何を言って欲しかったんだろう。 おれは。




雨の音がどんどん激しくなってきた。




一方、家についたゆうこも


部屋で座り込んだままボーっとしていた。



自分の最愛の人が、この世から突然いなくなるって


どんだけの悲しみなんだろう。



人一倍感受性の強いゆうこは


もう、志藤の気持ちになるだけで


胸が張り裂けそうになるくらい悲しくなる。




どこか


冷たくて


人を傷つけるようなことばかり言う彼の


本当が


見えてしまった気がして。




あ~~~。


ダメだ~~。


悲しすぎるし・・




ベッドにもたれかかってまた泣きそうだった。





翌日


いつものようにゆうこが一番に出社して掃除をしていると志藤がやって来た。



「おはよう、ございます・・」


少し恥ずかしくて目を逸らしながら言った。



「おはよ。 これ、助かった。 ありがと。」


きちんと乾かして畳んだ傘を彼女に手渡す。



「いえ。 あ、そうだ。」


ゆうこも自分のデスクの引き出しからハンカチを取り出す。



「ありがとうございました。 ・・洗ってありますから、」


と彼に返した。



「鼻水つきでもよかったけど?」



志藤は笑った。




その一言で


彼に対していろいろ考えていたことが吹っ飛んでしまった。


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