第116話 見えない心(1)

「なっ・・何をっ・・」


ゆうこは逆上するように、赤面して怒りをあらわにした。


「きみは感情のスイッチが忙しいね~。」



いつもの彼だった。




だけど


不思議に以前のように腹は立たない。



「今度は鼻水つきのやつをお返ししますから!」


彼にそう切り替えした。



志藤はずっとけらけらと笑っていた。




「あ、すみません。 今度の土曜日。 お休みを頂きたいのですが。」



志藤が真太郎にそう言っているのを聞いてしまった。


「ハイ。 わかりました。 社長にはぼくから言っておきます。」




ゆうこは彼が


亡くなった恋人の法事に出かけることにしたのだ、



直感した。





「白川さん! こぼれてる、こぼれてる!」



「え・・? あっ・・すみません!」



ゆうこは3時のお茶をみんなに運んでいたのだが、真太郎のデスクに置く時に思いっきり茶托がナナメになっているのに気づかなかった。



慌てて雑巾を持って来て拭いた。



「書類、大丈夫でした? すみません・・」



「大丈夫ですけど。 なんだか心ここにあらずでしたよ、」



「すみません、」




気がつくと


ぼんやりしてしまう。




「色合いはこれで。 デザインは・・」


会社帰りに、真太郎の家に寄って、南とブーケの打ち合わせをしていたが


またもぼんやりだった。




「どないしてん。 具合でも悪いの?」


南はゆうこを心配した。



「え。 あ、いえ。 わかりました。 色はこれで・・」


ハッとして慌てて写真を手に取る。



「なんか元気ないなあ。」



「いえ・・何も。」



こんなこと


人に話せない。


いくら南さんでも。




ゆうこはふうっと小さな息をつく。



「なんか。 自分が小さいな、って思い知らされることがあって、」




そしてあまりに漠然としたことを言い出した。



「は?」



「なんかこう。 小さいことでウジウジ悩んだりとかバカバカしいなって。 天に生かされている歓びって言うんでしょうか。 つらいこととか悲しいことも全ていきてるからこそ感じられることなんですよね。 でも、生きていてつらいことばっかりじゃなくて、ほんのちょっとでも楽しいこととか幸せなことがあれば、やっぱりつらくても生きてて良かったって思えるんですよね、」




ゆうこがいきなり


『生きること』について


語り始めたので南はやや呆然として彼女の話を聞いていた。



「何があっても 陽は昇り、そして沈んでいく。 そうやって人間は生きているんですよね。」



ものすごく


遠くを見てしまった。





「はあ? 白川さんが?」



帰ってきた真太郎にゆうこの様子を話した。



「なんか・・天に生かされてるとか、生きててよかったとか・・すっごくおかしかった、」


確かに今日の彼女はいつも以上にぼうっとしていた。




「ヘンな宗教とかに走っちゃったとかやないよね??」


南が心配そうに真太郎に縋るが、



「それは・・ないだろ・・」


苦笑いをしながらも少し心配だった。





彼女は仕事上の悩みなんかは


いつも自分に相談をしてくれていた。



それなのに


何かに悩んでいるのに、何も言ってくれないのも


少し寂しい気がした。




それはとても


不思議な気持ちで


それを南に言うことは


とてもできないものだった。


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