第105話 距離(3)

「ほら、ゆうこも飲んで~。」



南はゆうこにもワインを勧めた。



「は、はい・・」



「エリちゃんも呼ぼうかと思ったんやけど、今日は昔のピアノの先生と一緒に食事やって言うから。 ごめんね、」


南が志藤に言った。



「別にぼくに謝らなくてもいいでしょう、」


ちょっとムッとして言った。



「もう、彼女キレイだもんね。 ハタチだなんて思えないくらい色っぽいし。 ええっとお父さんがアメリカ人とオーストリア人のハーフで、お母さんが日本人やから。 3カ国混じってるし。 目の色なんか吸い込まれそうだし、肌の色も透きとおるようだし。 ツーショで食事でけへんで残念でしたねえ、」



南が笑うと、志藤はジロっとゆうこを睨んだ。


気まずくなってすーっと目を逸らす。




「志藤さんは大阪の人なのに、なんで標準語なの?」


南は次々に志藤に質問をした。



「ぼくは東京に来たことは、過去1度しかありません。 ずっと関西ですから。 関西の人間は東京で仕事をする時も、関西弁で通してますけど、仕事ですから。 やっぱり標準語じゃないと。」



「でも~。 こういうくだけた場だったら、ええやん。 あたしは大阪の堺なんやけどー。 標準語、話してると・・こう体中がムズムズしてきて。」




「ぼくは大阪の出身じゃあ、ありません。 京都ですから。」


ちょっと一線を引くように言った。



「京都? 京都のどこ?」



「・・嵐山です、」



「嵐山って・・渡月橋とかの?」


ゆうこも思わず口を挟んだ。



「まあ。 そこらへんです。」


志藤は焼酎のロックを飲んで言った。



「なんか合ってるなあ。 そーゆー感じする~。」


南は笑う。



「どういう感じですか、」



「ね。 めっちゃカッコいいやんかあ。 彼女とかおらへんの?」



南がつっこんだ質問をすると、志藤はグラスを置いて




「いません。」




短くそう答えた。



「え、いないの?? うそ~。 ぜったいモテるのにー、」




その言葉で


志藤の表情が変わったのを真太郎もゆうこも見逃さなかった。




「ひょっとして、大阪においてきたとか?」


と、笑う南に



「南、」



真太郎は彼女を制した。




「プライバシーに踏み込まれるのは好きじゃない。 詮索するためにぼくを呼んだんですか?」




すごく


怖い顔だった。




ゆうこはドキドキした。




しかし南は




「うん、そう!」




と元気に言った。




「み、南さん。」



ゆうこも驚いて彼女を見た。



「は?」



志藤は南をみやる。



「これからずうっと一緒に真太郎やゆうこと一緒に仕事するんやろ? ナゾが多い人間となんて、いい仕事でけへんもん。 何考えてるかわからへん人間となんかでけへんもん。」


南は真面目な顔になって志藤に挑戦的に言った。



「あんたはクラシックを愛してるんやろ? 好きなんやろ?  これからどこにもないような夢があって、楽しいオケ、作ってくんやんか。 みんなで一緒に力合わせて頑張っていかないと、そんな生半可なことちゃうんやろ!?」




南の大きなビー玉のような真っ黒の瞳が


志藤を見据えた。




「音楽は素晴らしい。 あたしはNYでたっくさんブロードウエイでミュージカル見てきたし。 身体が震えるくらい感動して。 クラシックだって同じ。 音楽は人の心の奥の奥まで入ってくる。 そんな音を作り出す仕事なんて。ほんまに素晴らしいことやん。 別に真太郎が考え付いたことやからってこんなこと言ってるわけやない。 せっかく志藤さんがこのプロジェクトのために東京に来てくれたんやから。 もう、最高のモンにしたいやん。」



なんて。


『気』に満ち溢れている人なんだろうか。



志藤は南の印象が強烈に残った。


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