第104話 距離(2)
・・・と、お話は少しだけ現在に戻って・・
「あのォ~~~~。」
夏希が大きな体を小さくして志藤に遠慮がちに寄ってきた。
「あ? なに?」
「これ・・なんって読むんですかね・・」
夏希は書類に書かれた単語を指差した。
『施す』
まあ、恐らく
中学生くらいなら簡単に読めるってーのに。
志藤はため息をついた。
「ほどこす、やんか。 おまえ、この前おれが使ってへん辞書、やったやん。 ぜんっぜん使ってへんな。」
「読みがわからないときは探せませんよ~~。」
「漢和辞典があるやんか、」
「目次から探せないんですっ!」
逆ギレされた。
「ほんっと、アホやなあ・・おまえは。」
それを考えると
ゆうこなんか
全然、仕事できたよなあ。
仕事でけへんて、自分でも思っていたし
周りも期待してへんかったけど。
コイツみたいに
漢字が読めへんなんてことなかったし。
「ちょっと、志藤ちゃん!」
南がすごい勢いでやって来た。
「あんた、ゆうこに言うてへんかったやろ~。 ここ退くこと、」
「え? あー。 おまえがおしゃべりやから・・」
鬱陶しそうな顔をした。
「そやなくて!あたしよりゆうこに先やろ。 こんなん言うのは。」
「エリちゃんにも言うてしまったもん。」
と言われて、
「ゆうこの優先順位、どないなるねん!」
腹立たしかった。
「あの人。 必要以上に心配するでしょ? この前までこころと凛太郎がいっぺんにインフルエンザにかかっちゃって、夜も寝れないほど看病で大変で。 ひなたの中学に入る準備とか。 もう色々大変やねん。 それなのに、まだ決定してへんことを言ったりしたら・・」
志藤はため息をついた。
「それは、まあわかるけど。 でもさ、妻としては複雑やって。」
「もう、昨日めっちゃ泣かれて。 怒られて。 泣くのか怒るのかどっちかにせえって感じで。」
「ハハ。 想像つくね。」
南は笑った。
「だから。 一番大事なのはゆうこやって。 もうそればっかり何べん言うたか。」
「人前でよういうわ。 恥ずかしげもなく。」
呆れると、
「え、だって。 ほんまやん。 おれはずっと・・ゆうこが愛しいと思えるし、大事にしたいって思ってる。 あんなかわいいヨメおらんて。」
志藤はニヤついてタバコに火をつけた。
「そんなんいうてると、6人目の子供ができてまうって。」
南は笑った。
胸の中を
ぐしゃぐしゃにかきむしりたくなるほど
ゆうこは
かわいい。
いつからそんな風に思えるようになったんやろか。
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「あ~、どーもー。いらっしゃいませ~~。 ようこそ!」
とある土曜日の午後。
志藤は真太郎と南のマンションを訪れた。
「ども・・」
軽く会釈をしたが。
北都グループの御曹司夫妻が住むマンションとは思えぬ質素さに驚いていた。
「あ、狭くってびっくりしてるやろ! だってねー2LDKやし。 それも狭いし。 元々真太郎が一人で住んでたんやもん、」
南が自分の心を見透かしたように言ってくるので、
「あ、いえ・・」
志藤は口をつぐんだ。
「おじゃまします、」
とリビングに入ると、真太郎ともうゆうこも来ていた。
「いらっしゃい、」
真太郎はニッコリと笑った。
「狭くってごめんなさいね~。 志藤さんはお酒、なにが好き? いっぱい用意したんやけど、」
南は床にずらっと並べられた日本酒や焼酎やワインを指差した。
「こ、こんなに??」
「もう、たっくさん飲んで!」
南は笑顔だったが
真太郎には彼女のその目の奥が異様に別の次元で光っているような気がしてどうしようもなかった。
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