第94話 挑発(2)

「え~? そんな人が来たの?」



南はぐったりと疲れた様子で帰ってきた真太郎に言った。



「ほんっと。 なんなんだって言いたいくらい。 捻くれた人なんだよ。 ホントに音楽が好きなのか、疑いたくなってしまう・・」



はあっと息をついてドカっとソファに座った。



「なにもん? ソレ、」


南はワケがわからなかった。



「なにもんって。 おれもわかんない。 オヤジがすんごい執着して、説得して連れてきた人だから。 何かあるんだろうけど。 まあ、仕事はできそうな感じで。」



南はおもしろがって


「ね、いい男?」


真太郎の背中に抱きついて言った。


「まあ・・けっこう。」


真太郎は宙を見上げて言った。



「え! 真太郎より?」



「わかんないよ。 それは。 でも・・女子社員の人はけっこう騒いでるみたい、」


つまらなそうに言った。



「へええええ。 会ってみたいなあ。」


南が言うと、



「いい男だから会ってみたいわけ?」


真太郎は大いに不満そうに言った。



「そういうわけやないけど。 真太郎にそこまで言う人って今までおらへんやったやろ? だから、どんな人かなって、」




確かに。


自分は社長の息子だから。


なかなかみんなに本音を言ってもらえないことに


寂しさを感じているのは確かだった。




「みんながイエスマンやったら困るやろ? そうやって、厳しいこと言ってくれる人って貴重かも、」



南の言う事もくやしいけど


頷ける。




「でも。 白川さんも泣かされて、」



と言うと、


「え、ゆうこが?」


さすがに驚いた。



「ほんと厳しいんだもん。 口調が。 彼女、ナーバスだから・・」


疲れたように言うと、



「そっかあ。 そうとうやなあ。 ますます会ってみたい!」


南は笑った。




公演の演目の打ち合わせに入った。



「まだコンチェルトが決められないけど。 大曲はいくつか候補を挙げておいて。 甲本さんの返事はかなり感触が良かったんで、明日にでもぼくがまた行ってきます。」


志藤が言った。



ゆうこがみんなにコーヒーを淹れて来た。


「ああ、ありがと。」


志藤が言うと、



「このくらいしか能がないんで、」


ゆうこは思いっきりの嫌味を言ったが、軽く無視された。



う~~~~


ほんっと


腹立つ!!



ゆうこが憤慨していることがわかり真太郎は目で



『まあまあ』




と制した。



ゆうこは仕方なくぐっと堪えてそこに座った。



「舞台デザインとかは外注ですかねえ・・」


と志藤が言ったので、真太郎が



「あ、それなんですが。 ぼくの妻がNYで舞台デザインなんかを勉強してきたので、彼女に相談したいんですけど。」


真太郎が言った。



志藤は一瞬、きょとんとしたあと、



「・・は?」



と真太郎に言った。



「別に身内だからって言うわけじゃなくて。 案を出してもらおうと思っていますから。」



「あなた、結婚してたんですか?」



志藤はそこに驚いていた。



「え・・あ、はい。」



真太郎が頷く。



「ほんとに?」



あまりに驚いている志藤を見てゆうこは



この人がこんなに驚くところ、初めて見たわ。



と逆に傍観してしまった。



「え、ええ。 今年の4月に籍を入れましたが。 社内でも知っている人は一部です。 彼女は元々ここの社員で、ずっとNY支社にいたもんで。 今、身体を壊して休養しているので、それもあって正式な発表はまだ・・。 披露宴は11月下旬の予定ですけど、」



真太郎が説明すると、志藤は少し落ち着いて



「はあ・・そうなんですか・・」


背もたれに背中をつけた。



そして、なぜかゆうこに振り返った。

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