第76話 傷跡(4)

お話は13年前に戻ります・・






事業部の創設はまだまだだが、


絵梨沙は日本での活動を少しずつ始めていた。



「え、彼女。 来るの?」


南は真太郎に言った。


「うん。 来週。 渋谷で小さめな所だけど演奏会開くことになって。 彼女はもちろんピアノも一流なんだけど、けっこう雑誌の取材の仕事も来ていて。」


真太郎は絵梨沙の宣材の資料をファイルから取り出した。



「ほんっまに・・キレイな子やなあ。 真尋とほんまにつきあってるの?」


真剣に言われて、



「みんなが思ってる疑問だよ。 ま、ホントみたいだけど。」



「会いたいなあ。 真尋の彼女ならちゃんと挨拶もしたいし、」


南は明るく言った。



「うん。 どこかで食事でもしようか。 南の体調がいいときに、」




こうして


少しずつ


以前の彼女に戻ってきている。


真太郎はそれが一番嬉しかった。



ここに住むようになってから、3週間。


籍を入れてから


2週間が経ったが、ずっと寝室は別だった。



真太郎は南がゆっくりと眠れるように、とそうしてくれたのだった。



「ねえ。」




その夜、南は真太郎の部屋にやって来た。



「ん?」


寝転んで雑誌を読んでいた彼に、



「こっちに寝ても・・いい?」


そっと言ってみた。



「え、」


真太郎は雑誌から彼女に目を移した。



「いいけど。 狭いし、」


と言う彼に抱きついた。



「そうじゃなくて・・。」



彼の頬にキスをして、そのキスを


首筋に移した。



「南・・?」



「もー・・抱いてほしい・・」



切ない声で


そんなことを言われて。



ドキンとした。



「だい・・じょうぶなの・・?」


真太郎は心配になり聞いた。


南はそれに答えずに


その言葉を塞ぐように彼にキスをした。




何だか


初めての時のように緊張した。



彼女の身体は


鎖骨とあばらが目立つほど


痩せてしまっていたけど。



強く抱きしめると


折れてしまいそうに。



彼女の身体中にキスをして。


おなかにできた


生々しい傷にも


キスをした。



「ん・・」



それがすごく感じてしまって思わず声が出てしまう。



身体中が


好きって言ってる。


この人を求めて


やまない。




南は自分から夢中で彼にキスをした。



手探りで彼の手を探し


ぎゅっと握り締める。



神様


ほんの少しでも


可能性があるなら



あたしに


彼の赤ちゃんを


下さい。



こんなにも愛しい人の


命を


あたしに下さい。


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