第75話 傷跡(3)
そしてまたお話は現在です・・・
南は
上野で仕事だったので
帰りに志藤家に寄ってみた。
子供たちの声が家中に響き渡っている。
「すみません。 もうみんな家に帰ってきてるもんで。 うるさくて。」
ゆうこは南にハーブティーを淹れてきた。
「ああ、かまへん。 かまへんて。 子供やもん、賑やかであたりまえやん。 元気でなにより、」
と笑った。
そして、目の前に出されたアップルケーキを見て
「あ、ゆうこのアップルケーキ。 久しぶりや~ん。 これ、美味しいよね。 大好き!」
嬉しそうに食べ始めた。
「忙しそうですね、」
「まあ、相変わらずね。 何でも屋やし。 これからはちょっと営業の方もやらないとだしね~。 志藤ちゃんがいなくなると、いろいろ大変やもん、」
南の言葉に
「は・・??」
ゆうこは真顔で聞き返した。
南はきょとんとした。
「幸太郎さん・・どうかしたんですか?」
はっ・・
ヤバかった??
志藤ちゃんってば
『こんな大事な話』
ゆうこにまだしてへんとか???
南は一瞬にしてそれを悟り、
「いや・・どうもしないけど~~~。」
適当な答えを返したが、
「いなくなるって、どういうことですか?」
もちろんゆうこは騙されなかった。
「事業部を・・辞める?」
「もー。 やっぱりゆうこに話してへんかったなあ。 あんの男! あたしなんかに話したら、絶対にゆうこにしゃべってまうやんか!」
南は志藤に腹立たしかった。
「や、なかなか切り出せへんかったとちゃうの? 真太郎に聞いたら、前から社長に取締役に専念するように言われてるって言うから・・。 」
そして一応フォローもした。
ゆうこは黙って不満そうにうつむいた。
「・・別に。 ナイショにしておくとかやないと思うよ、」
南は彼女を励まそうとして言ったが、
「ほんっとに。 大事なことはいっつもあたしが最後なんですから。 取締役を引き受けることになったときも! あたしには一言も言わないし! それを問い詰めたら、『今晩帰ったら言おうと思ってたー。』とか。 ほんっとそんなんばっかりで。 事業部の人たちの噂話はするくせに、仕事の話は全くしないし。 どうせ、あたしになんか言ってもムダだって思ってるんでしょうけど!!」
ゆうこの怒りのボルテージは明らかに上がってきた。
「だ、だからさあ。 心配かけたくないねんて。 ゆうこは子供たちのことで毎日大変やし。 5人も子供がいるのにさあ、家だってめっちゃキレイにしてるやろ? ほんま主婦の鑑やって思うよ、」
南はもう彼女の機嫌を宥めるのに必死だった。
「それに。 志藤ちゃんは家庭と仕事、ちゃんと線引きしたい人だから。 ゆうこは元々会社の人やし、仕事のことも相談に乗ったりもしたいやろけど。 でも、ほら志藤ちゃんって結構そういうとこ男っぽいやん? ちゃらんぽらんに見えても、仕事はめっちゃするし。 あたしに言うたときも、別に相談とかやなくて、もう決めたって感じやったから。」
南は真面目にそう言った。
「それは・・わかってますけど。」
ゆうこはまだ不満そうだった。
「結局さあ、ゆうこのこと自分だけのものにしたくて、会社も辞めさせちゃったようなもんやんかあ。 結構、古い人間の考え方やんなあ。 嫁は外に出さへんとか。」
南は笑った。
「そ、そういうんじゃないと思いますけど・・。」
ちょっと照れて口ごもった。
「まあ、彼の決めたことは。 今までも正しかったと思うし、これからも正しいと思うよ。 ゆうこやったら志藤ちゃんにどこまでもついていけるやん。 彼もそうしてくれるって思ってるよ。」
ゆうこは小さなため息をついた。
そこに
「たっだいま~~。 あ! みーちゃん!」
長女のひなたが学校から帰ってきた。
「あ、ひなた! おかえり~~。 また背え伸びた?」
南は明るくそう言った。
「男子たちよりも背え高いもーん。」
「ほんまに志藤ちゃんにソックリになってきたな。 ますます。 めっちゃかわいいし。 モテるやろ?」
ひなたは置いてあったアップルケーキをいきなり手づかみで食べ始め、
「え? もう、ダメダメ。 男子たちなんかみんなコドモだもん!」
いっぱしを言って笑った。
「ひなた、手を洗いなさい!」
ゆうこが怒っても知らんぷりで、おやつをパクついている。
「ははは、コドモか~。 そやなー。 男っていくつになってもコドモやし。 パパもうるさいやろ?」
「うるさいよ~。 授業参観とか来てさあ、あたしが隣の男子と仲良くしてると『あれ、誰?』とか聞いてくるし。 この前も、もう『パパ』じゃおかしいから『お父さん』って呼んでいい?って聞いたらさあ。 すっごい悲しそうな顔して、
『パパ』って呼んでくれ!だって!」
ひなたは南の腕を叩いて大笑いした。
「アッホやな~~~。」
南も大笑いした。
子供たちも
大きくなって
もう、こんな大人みたいな会話もできるようになって。
南は時間の経つ速さを
思い知っていた。
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