第72話 優しい嘘(3)

もう


いいかげんにしよう。




ゆうこも帰りの車の中で


ぼーっと外を見ながら考えた。



こうやって


あたしが


未練がましくいるから


社長も


気にされてしまう。



どうしたって


自分の望みが叶うことはないんだから。



もう


気持ちを切り替えなくちゃ・・





北都フィルハーモニーの創設が


具体的なものになってきた。




「え・・来年の、3月??」


真太郎は驚いた。



「ちょうどウチの新しいホールもできる。 そのこけら落としにちょうどいいだろう、」


北都は言った。



「で、でも・・まだ楽団員のオーデイションも・・常任の指揮者の方も決まっていなくて。音楽プロデューサーも、」



「もちろん、これから全部進めていく。 沢藤先生や聖朋音大の他の先生方にも協力してもらって。 あと、音楽家の藤堂先生にもスタッフとして加わってもらうことになった、」


北都はタバコを口に加えた。



あと1年・・。




真太郎は心配になった。


だいたい


クラシック事業部の要になる人だって


まだ決まらないらしいし。



不安そうな彼の顔を見て北都は


「心配するな。 全て手を打っている。」


そう言い聞かせた。




ゆうこは総務課に所属する玉田と廊下で会った。


「どうですか? 慣れましたか?」


にこやかに言うと、



「会社勤めは初めてなんで・・ちょっと戸惑いますけど。 でも、頑張ります。 みなさんいい人なんで・・」


いつものはにかんだような顔で言った。




「事業部のスタッフについては聞いていますか?」


ゆうこも気になっていた。



「いえ。 社長からは何も。 どうしても立ち上げの中心になってもらいたい人がいるとは言っていますが。」



「誰なんでしょう。 なかなか承諾をいただけないようなんですけど、社長もその件に関しては何もおっしゃらないので、」



「まあでも。 だんだんと具体的にはなってきてますし。 あと、楽団員は公募でオーデションすることは決まりましたから。 専門雑誌なんかに広告を打つそうです、」


玉田は明るくそう言った。



事業部のことは気になるが、ゆうこはもうひとつ気になっていたことがあった。



「ゆうこちゃん?」




土曜日の午後、マンションに現れたゆうこに南は驚く。



「今日は真太郎さん、社長とご一緒に京都ですから。 お身体の具合はいかがですか?」



ニッコリと微笑む彼女に


南は全身でほうっとしていた。



「ありがとう・・。 会いに来てくれてうれしい。 あがって、」


と、彼女の手を取った。




部屋の中は


以前、真太郎が一人で住んでいたころとは


少し変わった気がした。



やっぱり


二人で住んでいるからだろうか・・



そんな風に思ってしまった。



「まだちょっと日中は横になることもあるんやけど。 でも、ごはんも美味しいって思えるようになったし。体重も少しずつ増えてきて。 何より夜眠れるようになったから、」


南はゆうこに紅茶を淹れて来てくれた。



「前は薬がないと眠れへんかったし、」



そこまで


精神的に追いつめられていたのかと思うと


胸が痛む。



きっと


彼が側にいるから


何もかも安心できるんだろう。




ゆうこは微笑んで彼女を見つめた。

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