第68話 ふたりの幸せ(2)

「これは・・・ゆうこちゃんが作ってくれたんやな、」



南は真太郎が持ち帰ったかわいいブーケを見て言った。



「たぶん、」


真太郎はスーツの上着を脱いでハンガーにかけた。



「彼女。 ほんっまにええ子やし。 ・・なんか、こんな形で出会いたくなかったなって。」


南はうつむいた。



「毎日のようにホテルに来てくれて。 二人で色んな雑誌を見たり、テレビ見て笑ったり。 美味しいケーキを買って来てくれたり・・・ゆうこちゃんのお家に連れて行ってもらったり。 彼女といると、めっちゃ気持ちがゆったりなって。 あったかくなれんねん、」





かわいいブーケは


彼女の性格を表すかのように


優しい色使いだった。




「今朝。 おれに南のところに行くようにって電話をくれたのは白川さんなんだよ。」



真太郎はネクタイを外しながら言った。




「え・・」



「なんだか嫌な予感がするからって。 行ってあげてほしいって・・」



ドキンとした。




あの時


真太郎とバッタリロビーで会わなかったら


たぶん


そのまま大阪へ帰っていた。




ゆうこは


自分のその気持ちに


気づいていた。




また


胸がいっぱいになってしまった。



うつむいて涙を手で押さえるように拭うと



「なんで。 こんなにあったかいんやろな。 あたし今まで自分ばっかり楽しいことだけしてきて。 こんなに人から支えられて生きてるなんて思いもしなかった。 ずっとずっと走りっぱなしで。 止まることもしないで。 病気になってほんまに悩んだけど・・こんなんならなかったら、気づかなかったことばっかりで、」



震える声でそう言った。



「もう。 走らなくていいんだよ。 ゆっくりと歩いていいんだ。」


真太郎は自分の手を彼女の手の上に乗せた。




狭いシングルベッドに抱き合うようにして眠る。


抱きしめると


彼女が痩せてしまったことがすごくよくわかってしまって。


胸が痛くなるけれど。




太陽みたいに


明るくて


元気な彼女に戻るまで


静かに


抱きしめていたい。




真太郎は二人でいることの


幸福をかみ締めていた。





翌日は


日曜日で


北都も久しぶりの休みで自宅にいたので、真太郎と南は二人で北都邸へと足を運んだ。




「本当に。 お世話になりました。 ゆっくり休ませていただいて、NYにいたころよりもゆったりと過ごせるようになりました。」


南は深々と北都に頭を下げた。



「少し顔色もよくなったようだ。 本当に良かった。」


北都は優しく微笑んだ。



そして


真太郎は両親を前に



「南と結婚したいと思います。 彼女も承知してくれました。 まだまだ仕事も一人前ではないのに、家庭を持つなんて早いとは思いますけど、二人ならきっとやっていけると思います。 お父さんとお母さんにも迷惑をかけると思いますけど、」



と、きちんと挨拶をした。



南もまた頭を下げて



「こんなあたしが北都の人間になるなんて、あまりにおこがましいとは思いますが・・自分にとっても真太郎さんといることが、自分らしくいられる最大の方法だということに気づきました。 ウチは貧乏でしたし・・親もいないし。 あたしは水商売もしてきて。 北都の名前に傷をつけるんじゃないかって、」



南はまた大きな目から涙をぽろぽろとこぼした。



そんな南に北都は



「きみのそんなことを気にしていたとしたら、こうして真太郎に近づけることなんかなかった。 私はきみをひと目見た時から・・何かを感じていたのかもしれない。 こうして家族になる予感がしていたのかもしれない。 大事なのは高原 南という人間だけで、他は何も関係ない。」



優しい言葉をかけた。



「社長・・」




前よりも


涙腺がすごく緩んでる気がした。


昨日から泣いてばかりだ。




この優しさの中に包まれて


南の心と身体の傷は少しずつ癒えていくような気がした。


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