第60話 振り子(1)

「忙しいのに・・すまんな。」




北都はゆうこを気遣う。



「え、」




二人で外出のために車に乗り込んだときに言われた。



「彼女の、様子は・・」



南のことを気にしているようだった。



「まだ、食欲があまりないようで。 ホテルの食事もフルーツくらいでしょうか。 あたしがたまにサンドイッチやスープを買って届けたりしていますけど。 映画のDVDや雑誌や本をたくさん買って。 あたしに遠慮をして何も言ってくれないので・・南さんの趣味に合うのかどうかわかりませんが・・」


ゆうこはふっと微笑む。



「そうか、」




「でも。 だんだんと元気は出てきたように思えます。 あんなに活発な人なのに趣味が無いって言うんです。」


ゆうこはクスっと笑った。



「え、」



「彼女は日ごろの生活自体がもう、楽しくってたまらなかったんだなって。 仕事も遊びも。 あたしにはとてもわからないですけど。 だけど、本当に純粋な人で。 少しずつ笑顔も増えてきて、ホッとしています、」




北都はゆうこの横顔を見た。


穏やかな落ち着いた表情だった。





入社してもうすぐ3年目。


初めの頃は


おどおどしていて、少しおっちょこちょいで。


何かっていうとすぐに緊張して。



元々


のんびりとした性格なのだろうが


それで、けっこう損をする。





今は


彼女がいてくれないと


本当に困ってしまう、と思えるほど


一人前になってきた。





「ありがとう、」


北都はゆうこに礼を言った。



「いいえ。 あたしなんかでお役にたてば。」


いつものように控えめに微笑んだ。





「外に出てみませんか? 今日はほんとに暖かいし。 桜も咲き始めてます。」


休日もゆうこは南のところに通った。




「桜・・」


南は窓の外を見た。




もう


季節は


春になろうとしている。





「・・ゆうこちゃんち。 行ってもいい?」




南は彼女を見た。




「え・・・ウチ、ですか?」




ゆうこは驚いた。




「ウン。 すっごくあったかかったから。 楽しくて、」




南が外へ出ようという気持ちになってくれたことが


嬉しかった。






隅田川をゆく船に乗った。


暖かな日差しの中、南は川沿いの少しピンク色がかった桜並木を


まぶしそうに見た。




「満開までは・・もう少し、ですね。」



ゆうこは風に乱れそうになる髪を抑えた。




そして





「来週は。 真太郎さんも卒業式を迎えます、」





彼女の世話をするようになってから


彼のことは


口にしなかった。



だけど


何故だかゆうこは


それを口にしてしまった。





「・・そやな、」




南はポツリとそう言った。




それで


会話は途切れてしまった。



南は


ずっと黙って、風に吹かれて流れる景色を見ていた。





いろんなことを


考えていることは


聞かなくても


わかる。

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