第56話 共鳴(3)

ゆうこは


自分でも人よりも感情移入が激しい性格であることはわかっていた。




もう


その話を聞いて、


自分だったら


と思うだけで、胸がちくちくと痛んで


苦しくなってしまう。




昔から


そんな自分の性格が


損なような気がして


あまり好きではなかった。





真太郎が


何かの決心をしたのが


わかってしまったから。





切なくて


苦しい


そんな気持ちを抱きながら


もう


彼を見ているしかできなくなった。






真太郎は南に逢いたい気持ちをぐっと抑えて


今は自分も彼女も


冷静になる時期だと思いながら


仕事に打ち込んだ。




それでも


毎日彼女のことを想う。






大学の卒業も決まって


春の足音と共に


ようやく一人前の社会人になる日が近づく。




北都は真太郎に代わって


南の元を足しげく訪れていた。




「経過がいいので。 明日、退院します。」


南はポツリと北都に言った。



「退院したら・・当面は赤坂のうちのホテルで過ごしなさい。」



「いえ。 そこまでご迷惑をかけることはできません、」




「4月1日付けできみは東京本社に異動することになった。」



「え、」



南は顔を上げて北都を見た。



「だから。 ゆっくり休みなさい、」




優しい言葉だったが


南はぎゅっと毛布を握り締めて、



「あ・・あたし。 まだ・・やりかけの仕事あって・・ブロードウエイの舞台の・・デザインとか企画のこと・・やらせてもらって・・」


震える声で言った。



「まだ・・やることがあるんです!」



彼女の気持ちは痛いほどわかったが



「きみはそうやってまた無理をする。 具合が悪かったのに仕事を優先させて酷くなってしまったんじゃないのか?」


北都は彼女を諌めた。




それを言われた南は



「・・う・・」



小さな声を漏らして、泣いてしまった。



「もう十分に頑張った。 支社長にもきちんと話をして、仕事もきちんと引き継いでもらうように頼んだから。 何も心配するな。 きみにNY行きを勧めたのは私だ。 私にも責任がある。 きみは私が考えていたよりも、ずっと頑張った。 でも一番大事なのは身体だ・・」




南は


嗚咽が漏れるほど泣いてしまった。




「あたしから仕事・・取り上げないでください。 なんもなくなってしまう・・」



「こっちでもきみの居場所はたくさんある。 きみの才能を必要としている場所がたくさんある。」




南の中で


何かが切れてしまったようだった。





北都は社に戻っても、なにかをジッと考え込んでいた。




「どうぞ、」



ゆうこが遠慮気味にコーヒーを差し出す。




「ん・・」


それに短く答えた後、チラっとゆうこを見た。



「きみに頼みがある。」



ものすごく決心をしたような顔に


ゆうこは少しハッとした。

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