第31話 出発点(2)

「ステキな先生でしたね。」



帰る途中の電車の中でゆうこは真太郎に言った。



「ええ。 音楽のことも勉強になったし。 ああ、帰り際に沢藤先生がくれたんですけど。 今度の日曜に『東京シンフォニック』のコンサートがあるらしくて。 チケットを2枚頂いたんです。 よかったら行きませんか?」


真太郎はポケットからチケットを取り出した。



「え・・」



ゆうこはドキンとした。



「あ・・あたしが、ですか。」



「ええ。 東京シンフォニックは歴史のあるオケだし。 勉強になると思いますから。 白川さんさえよければ、」




はああああ。



いいに決まってるじゃないですか!



ゆうこはもう嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


真太郎は仕事の一環として誘っているだけなのだろうが



ゆうこにとっては


カンペキな


『デート』


だった。



「い・・行きます!」



思わず声に力が入ってしまった。



「そう。 よかった。」


真太郎はニッコリ笑った。



もう


夢見ごこちなゆうこであったが、


「沢藤先生には相談に乗ってもらえるとしても。 社員にもできれば専門的な人に来て欲しいし・・。 社長に言ったら、ちょっと考えたいからって言われて。」


真太郎はもう仕事モードであった。



「・・考えたいって?」


ゆうこも首をかしげる。



「わかりませんけど。 でも、これでまた具体的なプレゼンもできそうだし。うまくいくといいけど、」


真太郎は嬉しそうに微笑んだ。




ゆうこは


たとえこの気持ちが報われなくても


今、自分が彼にとって必要な人間であれれば


それでいい。


そう思うばかりであった。




すごく


寂しいといえばそれまでだけど


彼女にとっては



もう


それ以上も


それ以下も


なかった。




「最近、楽しそうだな。」


社長室で資料に目を通しながら、北都は何気にゆうこに言った。



「え、」



ちょっとドキンとした。



「そ・・そうでもないですけど、」


動揺しつつ言った。



「何だか『クラシック事業』の立ち上げのお仕事をお手伝いしているうちに。 あたしもやっぱり音楽っていいなあって思うようになって。 真太郎さんが夢中になって頑張っている姿を見ていると、」


少し恥ずかしそうにそう続けた。



「・・そう、」


北都は静かに言った。



「なんとか。 これがうまくいってくれるといいですけど、」



頬を赤らめながら言う彼女を


北都はほんの少しだけ心配そうに見つめた。





そして


日曜日。



ゆうこは何度も何度も服を着替えてしまった。


仕事では二人で出かけることはしょっちゅうだったが、休日に真太郎と出かけるのは初めてだった。




仕事の延長とはいえ、やっぱり


ドキドキする・・。




5分前には待ち合わせ場所に行ったはずなのに、真太郎はもう来ていて壁にもたれて本を読んでいた。



「す、すみません。」


ゆうこは息を切らせながらそう言った。



「いいえ。 ぼくが早く来すぎたんで。」



その笑顔が


もう・・




くうううううっと言いたくなるほど、心にしみた。




普段、会社に来る時はスーツだが、こうして私服の彼を見ると


まだまだ学生なんだなあと思える雰囲気で。




「クラシックコンサートなのに、ジーンズで来ちゃいました。 ダメ、かな・・」


真太郎はちょっと気にした。



「大丈夫ですよ。 最近はクラシックコンサートもフランクな雰囲気になったって聞いています。」


ゆうこは微笑ましくてニッコリ笑った。





真太郎は腕時計をチラっと見て、




「じゃあ。 行きましょうか、」


ゆうこに言った。


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