四年に一度

エリー.ファー

四年に一度

 いやぁ。

 さみいねぇ。

 うん、さみぃよ。

 あぁ、さみぃさみぃ。

 どうだい、お客さん、そっちは寒いかい。

 え、大丈夫。暖房が効いてる。あ、そう。

 そりゃ、何よりだよ。

 いいねぇ、お客さんがあったけえってのが一番なんでございますよ。こんなお座布団なんかひかせていただいてる、あたしたち落語家なんてのは寒いところにいりゃあいいんです。

 えぇ、いつも偉そうに落語やってるくせに今日は謙虚で、どうした、だって。

 何を言ってんでございますか。

 ふところのあったけぇ、お客様に来ていただかないと落語家といたしましては、ますます底冷えするしかねぇって話なんで御座いますよ。ですからね、まずはお客様の懐までこの暖房であっためて、最後は、いい落語だったんだからっつって、おひねりまで貰うと。そうやって最後にこちらのふところをあたためて頂いて。

 お客様には寒空の中、帰ってもらうっていう。

 お。

 えぇ、えぇ。

 あの。

 ご存知かと思いますがね。

 えぇ。

 今の笑う所で御座いますからね。

 ただ、まぁ、なんですか。

 巷じゃあ、流行り病があるとか、大変だとかで、えぇ、オリンピックが中止になるんじゃねぇかってそんなことになってるんですなぁ。

 いやぁ。

 あたしちょこっと楽しみにしていたんですがねぇ。

 オリンピック。

 えぇ。

 えぇ。

 えぇ。

 なぁ、おっかあ。

 どうしたんだい。

 今からオリンピック見に行ってくるよ。うわぁ、楽しみだなぁ。

 あぁ、そういやぁ、あんたチケットが当たったとか言ってたねぇ。

 うん、だから行ってくる。ようやくチケットが当たったんだ、すっごく嬉しいよ。たくさんの人でごった返してると思うけどさ。ね、いいよね。

 何を見に行くんだい。

 飛び込み。

 うん、あたしは別にあんたの好きなもんにとやかく言わないけどさ。飛び込みって。

 変わってるかな。

 いや、危険だよ。

 いやいや、俺が飛び込むわけじゃないんだよ。

 水しぶきがとんで、それがあんたの目に入って失明したらどうすんだい。

 えぇ、あり得るかな、そんなこと。それに、綺麗な水だって。

 飛び込みの選手がプールと、あんたの瞳を間違えて飛び込んできたら、間違いなく失明だよ。

 失明じゃあすまないよ、おっかあ。

 いいから飛び込みだけはやめなさい。

 分かったよ。

 それとね、飲み物を持って行きなさい、麦茶があるから。

 分かったよ。

 あとね、ウエットティッシュ、今変な病気が多いから。

 はいはい。

 次はお守り、何があっても神様に守ってもらわないと。

 あ、ありがとう。

 次は除菌ジェル。

 う、うん。

 暇になった時のための漫画と。

 おお。

 これ小腹がすいたらと思って肉巻きおにぎり。

 あ、あぁ、ありがとう。

 栄養が偏るからサプリメント。

 いやっ、ちょっ。

 で、サプリメントからだと摂取できないだろうから生の野菜を二キロ。

 に、二キロっ。

 怪我をしてもいいように、カットバンと、包帯と。

 いや、多いよ多いって。

 で、もしかしたらお土産を買ってくるかもしれないだろうから、ほら、この大きい鞄。

 こりゃ、ひと際でかいねぇ。

 万が一のこともあるから、折り畳み式の自転車。

 いつ買ったの、これ。

 万が一のこともあるだろうから、ウイスキー。

 飲んだら、折り畳み式の自転車乗れないよっ。

 で、これが折り畳み式の車。

 自転車がいらなくなっちゃったよ。ちょっと、おっかあ、おっかあ。

 なんだい、まだ渡したいものがあるのに。

 あと、何個あるのさ。

 あたしらが住んでるこの家があるだろ。

 うん。

 それを四軒分。

 四軒分っ。そんなの全部一つ一つ受け取ってたら、何にも見れないよ。

 でも、準備していかないと。

 この調子じゃあ、オリンピックとおっかあを入れ替えた方が良いくらいだよ。

 どういう意味だい。

 オリンピックは混むから毎年開催してもらった方が良い、でもおっかあの心配性は四年に一度くらいがちょうどいい。

 おあとがよろしいようで。

 

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