フリークス・ヴィラ

海澪(みお)

 かつてボクこと葦原璃音あしはらりおんが体験した事件ファイルを紐解こう。


 これはホワイダニット(何故そうしたか)が重要ではなく、ハウダニット(誰がしたか)が重要である。




 「ここが、璃音が招待されたっていう邸宅?なんですか?」


 ボクの隣でボクと同じように目の前の豪邸を眺め見ながら言ってくるのはボクの助手兼フィアンセの橘香薫たちばなかおる。名前が女みたいだが男だ。ただ、女みたいな風情をしているが。


 「そうだよ。ボクの顧客にこういった富豪と見識ある人がいてね。そのツテさ」


 ボクは右手で招待状が同封された横に長い紅い蝋で封をされた(一度は開けているため、封は直ぐに取れる)手紙をヒラヒラとさせる。その手紙の裏には、


 『葦原璃音 様へ  禅定寺之治ぜんじょうじゆきはるより』


 と、ある。筆跡も本人なのだろう。パソコンのワープロで打ったものとは違う。この字は人が書いたものだ。所々クセが見られる。


 「さ、こんなとこで寒空に煽られるよりも中に入るとしよう。聞いたところによると、他にも招待された人がいるらしいしね」

 「良いんでしょうか。なんか場違いじゃありません?」

 「…………多分、招待された人の中でボク達が若いだろうねうん」

 「…………ですよねぇ」


 彼が苦笑する傍ら、努めて平静を装おうとしたというのにこの人はいとも容易く思い出させてくれる。ん〜……許すまじ。


 「ほ、ほら、行くよ香薫」

 「あ、ま、待ってくださいよ!」


 そんな彼を置いていくように歩き始める。後ろからそう声を掛けられるが邸宅の扉までの長い道をひたすら歩く。曇天も相まって一層寒そうな雰囲気だ。これじゃあまるで、


 「…………ホラーゲームの中に入ったみたいじゃないか」

 「え?何か言いました?」

 「なんでもないよ香薫」


 兎にも角にも、禅定寺宅の中に入る。するとこれまたまるで洋画に出てくるような造りだった。


 「これまた……」

 「……凄いですね」


 香薫は感嘆の息を。ボクは驚嘆の息を吐く。すると。


 「君たちで最後だ。いらっしゃい葦原璃音さん。それとそちらは橘香薫さんだったかな」


 少しだけ離れた所の横の扉から一人の初老の男性が出てくる。歳の頃は五十代を行っているだろう風情だが、依然として覇気に満ち溢れている。背筋もシャキッとしていて、老後も困らなそうだなと思わせられる。


 「そうなのかい?これは失礼したね。それで?貴方は誰なのかな?」


 ボクの問いかけに男性は苦笑する。


 「申し訳ない。私はこの禅定寺家の家令、篠倉遼平しのくらりょうへいと言う。この喋り方は之治から別に敬語でなくて構わないと言われてね。問題がないのならこのままで行かせてもらうよ」

 「構わないさ。ボクだって敬語は苦手だからね。それと、改めてよろしく頼むよ篠倉さん」

 「こちらこそ」


 ボクは笑みを浮かべながら彼に右手を出す。篠倉は微笑みを浮かべながら握手に応じる。


 「君たちのことは之治から聞いているよ。なんでも、まだ高校生だと言うじゃないか」

 「まぁ、名ばかりの学校に居るだけだけれどね」

 「何言ってるんですか璃音。ちゃんと登校してるのは僕だって同じなんですよ?というより、登下校一緒じゃないですか」

 「ははっ。仲睦まじいことだね。香薫さんはよくこんな美人さんを掴まえたね」


 篠倉は笑いながら香薫を見る。香薫ははにかみながらも頷く。


 「初めて会った時から運命だと思いましたから。なのでこうしていられることが幸せですよ僕」

 「………………そ、そんなことを言っているよりも篠倉さんが出てきた所に行くとしよう。そこに集まっているんだろう?」


 強引に話題を変える。それを悟りながらも篠倉は頷き、先導する。ボクと香薫は後に続く。


 「……お、エラいべっぴんさんじゃねぇか」


 入った瞬間にそう言われ、内心エロオヤジしかいないのかここはと辟易する。つい、香薫の服の裾を摘む。香薫は目で「大丈夫だよ」と伝えてくる。まったく、器用なヤツだ。


 「それはセクハラというものだと言っただろう?名淵なぶちさん」


 篠倉は溜息をつきながらも言う。ちらりと全体を見回すと、ほかの面々────女性陣が二人といったところだ────も頷いた。名淵と呼ばれた見た目は三十代半ばだろう。だとしても下腹部は酒によるものか、少々出っ張っている。


 「…………ぼ、私は知り合いのツテでこちらの禅定寺之治氏から招待された葦原璃音と言、います」


 ダメだ。慣れない。横目で香薫を見る。香薫と目が合い、香薫は微笑む。


 「……僕は璃音の助手兼婚約者の橘香薫と言います。同じく招待されました」


 と香薫はお辞儀する。ボクもそれに倣いお辞儀する。纏めていたはずなのだが、黒髪が一房垂れる。後で結び直そう。


 「それじゃあ、二人はその暖炉のそばのソファーに座ってくれるかな?」


 篠倉の言葉でボクと香薫は頭を上げては頷き、そちらに赴く。後ろからは未だに視線を感じるが、無視しよう。


 言われたソファーに隣り合わせで座っては、近くにいた人物が近寄ってくる。


 「あの視線、よく耐えれたわね。えーと、璃音ちゃん?」

 「……普通に呼び捨てで良いよ。あ、良いですよ」

 「慣れないんでしょう?良いわよ敬語じゃなくて」


 それは助かる。非常に。


 「……じゃあ、そうさせてもらうよ。貴女は?」

 「私は垣原悠華かきはらゆうか。こう見えてまだ三十五よ」

 「…………それはまた。ボクよりも少し上だと思っていたけど」

 「同じくですね。とても若く見えます」

 「よく言われるわ。でも正真正銘アラフォーに片足突っ込んでるわよ」


 垣原はクスッと笑いながらもそう言う。ボクと香薫はそれに釣られて小さく笑う。


 「それにしてもご両親は許可を出したの?こんな所に来るなんて」


 垣原の言葉に頷く。


 「ボクは元々一人暮らしだからね。たまに香薫が泊まりに来るくらいだよ。そこら辺は自分で責任を持つように言われているからさしたる問題は無いよ」

 「僕は璃音が行くのなら一緒に行ってあげなさいと母から」


 なんだとう?きみの母上からだと?それは初耳だぞ?とボクの視線に気づいたのか、香薫は片目を閉じながらも見てくる。黙っていたなぁ?あとで覚えているんだ!


 「ふふっ。仲が良いのね。羨ましいわ」


 そんなボクと香薫の無言の見つめ合いを見てはそう言ってくる垣原。


 「…………ふん。当たり前だと思うけどね。香薫はボクの助手だし」

 「こう言ってますけど、本当は照れてるんですよ?」

 「…………か〜お〜る〜?何を言ってるのかな?かな?」


 ボクは香薫を睨む。香薫は苦笑混じりの笑みを浮かべては「そういう態度ってことは本当のことなんですね」と言ってくる。ボクは拗ねたように顔を逸らす。


 「ほんとに仲良いわね。見てて面白いわ」


 面白がらなくて良い。ボクは溜息を吐く。



 そんなこんなで招待された人は全部で七人。うち二人はボクと香薫である。そしてボクは思いもしなかったのだ。この後に起こる悲劇の幕開けだと。

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