02.04 「俺の初めてを君に――」

 入学式から二日目。


 「僕は凜愛姫りあら、僕は凜愛姫りあら、僕は凜愛姫りあら


 キャラ設定を終えたらキッチンで弁当を作る。


 「伊織いおり、弁当は……」

 「……」

 「いらないよね」

 「楽しそうでいいね」


 やっぱり伊織いおりは受け取ってくれなかった。もう全然楽しくないし。

 今日も別々に登校し、上履きに履き替えたんだけど、足裏にむにゅっとした感触と、それに続いて液体が染み出すような感じが伝わってくる。


 「うわぁ。まただ」


 すっかり忘れてたけど、僕の上履きには時々毛虫が侵入する。高校に入ってからはこれが初めて、ってまだ二日目か。僕の足って毛虫が大好きな匂いがするのかな。

 仕方なく、裸足でペタペタと購買に向かったんだけど、すれ違う女の子の視線は冷たく、逆に男子のそれは好奇に満ちていた。毛虫潰しちゃったんだからしょうがないじゃん……


 指定のソックスと上履きを購入して教室へ向かうと、困り顔の女の子がロッカーで捜し物をしているようだった。僕の隣の21位さんだ。


 「おっはよ〜」

 「「「……」」」


 今日も無視なのかぁ。


 「私の教科書が無いんだけど、誰か知らない?」


 まあ教科書無いんなら大変だよね。

 僕も教科書を取り出そうとロッカーを開ける。と、そこには自分の教科書の他に同じものが入っているじゃない。


 「あのー、もしかして探してるのってこれ?」

 「何で貴女がっ」

 「何でって、うわぁ」


 僕の言葉を遮って、彼女は教科書を奪い取っていった。まあ、元々彼女の教科書なんだから奪い取るって表現も変なのか。でも、そんな風に睨まれても僕が隠してたわけじゃないのに。隠す気なら自分のロッカーには入れないよね? 普通。


 「他人の教科書を隠すとか、何考えてるんだい? 君は」

 「いや、僕は何も――」

 「落書きとかされてないかい? 確認してみた方がいいよ」

 「うん、ありがとう、正清まさきよくん」


 僕じゃないのに……

 訳がわからないままホームルームも終わり、1限の授業が始まる。


 「うっ」

 「どうした、姫神ひめがみ

 「えっと、すみません、何でも……ありません」


 開いた教科書にびっしりと落書きされていた。“死ね”、“うざい”という文字が極太黒マジックで大きく書かれ、卑猥なマークがカラフルに描かれていた。


 「男漁りでお疲れか? 程々にしとけよ」

 「先生、今の発言は問題なのでは?」

 「武神たけがみ……、そうだな、つい口が滑った。すまん姫神ひめがみ。発言を取り消す」


 取り消せば無かったことにでもなるの? しかも、男漁りって……、するわけ無いじゃん、そんなこと。こんなセクハラ教師の授業なんて聞きたくもない。数学は、うん、教えてもらう必要ないかな、こんな人には。教科書も無くてもいいや。参考書でも買って帰ろーっと。しかし、やる事ないから退屈な90分だったな。


 特選クラスの授業は1コマ90分で構成されているんだよね。8:30からのホームルームに続いて、1限は9:00〜10:30、2限10:40〜12:10、昼休みを挟んで3限13:10〜14:40、4限14:50〜16:20、5限16:30〜18:00って感じに。結構過密スケジュールだよね。


 そんな貴重な休憩時間なのに、誰かが教室のドアを開けたのを皮切りに他のクラスの男子が流れ込んで来る。全然面識ないのに僕の方を目指してさ。それはもう、怖いくらいの勢いで。で、こんな事言い出したんだよ。


 「メッセージ送ったんだけどさ、アカウントが存在しないって言われちゃうんだよな。もう受け付けてないのか? 俺も……お願いしたいんだけど」


 アカウントは削除したし、そもそもアプリもアンインストールしたから当然なんだけど、受付って?


 「何の事?」

 「何の事って、お願いしたらヤらせてくれるんじゃないのか?」


 おいおいこの下衆男、仮にも、いや本当に仮の姿なんだけどさ、女の子を前に、しかも公衆の面前でよくこんなことが言えるよね。だいたいから、そんな女の子なんて居るわけ無いと思うよ?


 「俺もだ。俺の初めてを君に――」

 「俺も頼むっ」

 「てめえら、順番だぞ。俺が最初に話しかけたんだ」


 いや、初めてだろうが何だろうが欲しくないし、先着順ってわけでもないんだけどさ。


 「いい加減にしないか。女の子に対して失礼だろう」


 文句の一つも言ってやろうかと思っていたら、イケメンまで割り込んできちゃうし、あーもう、どうしたらいいんだろう。


 「誰だ、てめえ。この女と何の関係があるんだよ」

 「只のクラスメイトだ」

 「ちっ、誰でもいいとかいいながら、イケメン捕まえたから他は要らねえってことかよ。クソアマが」


 クソアマってさぁ……

 只のクラスメイトだって言ってるのに。

 しかし、昨日のメッセージといい、こいつらといい、僕の知らない所で誰かがパートナーを募集してくれちゃってるって事でいいのかな? それも結構無差別っぽい感じみたいだなぁ。


 「大丈夫かい? とおるさん」

 「えっ、まあ、慣れてるんでこの程度は、あははは」


 中学時代に散々経験してるからね。流石にパートナーは募集されなかったけど。

 何故か“シズカちゃん”って呼ばれてたんだ。たまたま用事があって入った隣のクラスでは、『部屋が腐るから出てけ』なんて言われたんだっけ、女の子達に。ううっ、嫌なこと思い出しちゃった……


 「ごめん、いきなり名前を呼ぶのは失礼だったね。義弟おとうとさんも同じ苗字だから、その……」

 「まあ、そうだよね。とおるで大丈夫だよ?」

 「ではそう呼ばせてもらうとしよう。それで、できれば連絡先を交換させて貰えないだろうか。困っていることがあるなら力になりたい」

 「あー、さっきの人が言ってた通り、アカウントは削除しちゃったから。変なメッセージが届くようになっちゃって。だから、今は家族以外とは連絡取りたくないかな」

 「そうか。確かにそうだね。無神経な申し出をして済まない。でも、何か力になれることがあったら遠慮なく言って欲しい」

 「うん。でも、今は大丈夫、かな」


 どうせこのイケメンも下衆男達と同じで体が目当てなんだろうな。イケメンだから……ってOKするわけないじゃん。男に突っ込まれるなんて、想像しただけで死にたくなるって。


 「武神たけがみくん、こんな人に関わるべきじゃ無いよ」

 「正清まさきよさん、何を言っているんだ、君は」

 「火のない所にって言うだろ? 僕だって噂の全てが真実だとは思わない。でも、何かしらあるからこういう事態を招いているんじゃないのかい?」


 出たな、正清まさきよ。あー、うざい。お花詰みにでも行ってこよーっと。

 ふと伊織いおりの方を見れば、伊織いおりもこっちを見てたみたいで、視線があってしまう。直ぐにそらされちゃったけどね。このイケメン、伊織いおりの隣の席だし、たぶん伊織いおりも今の見てたんだろうな。それでも無視なんだ……


 気分の悪い休憩時間が終わり、次の英語の授業ではページが破り取られてたり、ロッカーに置いていた体操着に落書きされてたのに気付かずにそのまま体育の授業受けてちゃったりと、散々な一日だったな。ちなみに、落書きされたのは卑猥な二重丸っぽいマークね。丁度股間の辺りに。すっごく恥ずかしかったんだから。

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