第85話 ショルーテ

「ピュレーナの娘が居たんだったな。」


「また会いに行く予定だ。一通り片付いたらな。」


倒れていたドラゴン達も起き上がり、昼食を摂る。一度手合わせした事で、ドラゴン達も打ち解けてくれたらしく、ワイワイと食事を撮ることが出来た。


「美味かったー!」


「うん。最強。」


「これは…料理を覚えなければこの先が不安になりますね。」


「もう生肉には戻る事が出来ないだろう?」


「そうですね…」


「俺達が帰る前に出来る限り覚えないとな?」


「「よろしくお願いします。」」


最強の二人が頭を下げる。やはり凛が最強なのかもしれない。


「昼からはどうするんだ?」


「そうですね……では、私が。」


「ショルーテなら安心だな。」


「なんだその言い草は?俺の案内じゃ不満だったか?」


「カナサイスは戦いたいだけだろ?」


「間違ってねぇ!くはははは!」


呆れ顔のショルーテを先頭に街中へと入る。暫く右に行ったり左に行ったりと細い道を進んでいく。


「こんな所があったんだな。全然知らなかったぜ。」


「知らぬ者の方が多い小道ですので。」


「そんな小道をよく知ってたな?」


「この先にある場所を訪れる以外には使わない小道ですが、時間がある時はよく行くのです。」


口角を少しだけ上げて微笑むショルーテ。その笑顔からは、優しさと少しの寂しさが読み取れる。


「着きますよ。」


ショルーテが小道を曲がり、止まる。


そこは周囲の家々が避ける様にして作られた小さなスペース。長方形のスペースは、家々の塀に囲まれていて、この小道からしか入る事が出来ない。街の通りからは少しだけ離れていて、喧騒はここまで届いてこない。

地面には背の低い草が生えていて、一番奥の中央に白木の杭が一本打ち付けられている。太さは人の腕くらい、地面から出ている部分は胸くらいの高さまであるだろう。

丁度小さな雲が掛かっていた太陽から、遮るものが無くなり光が差す。家と家の間から差し込んだ光が、その小さな白木の杭に降り注ぐ。光が杭に当たると、キラリと何かが反射する。よく見ると、杭には小さな可愛らしいネックレスが掛けられている。


「これは…墓?」


「…はい。」


アライサルか少し驚いた顔を見せる。それを見たショルーテが静かに口を開く。


「……私達ドラゴンは、墓を作りません。」


「そうなのか?」


「大昔から、ドラゴンが死んだ場合、一片も残さずに消し去る。それがドラゴンの葬送なのです。」


「では何故…?いや、誰の墓なんだ?」


「これは、私の娘の墓なのです。」


「…ショルーテに娘が居たというのは初耳だぞ…?」


「当然です。これは私と、龍王様しか知らぬ事ですので。」


「父が…?」


「私がショルーテという名を賜る前の話です。私がドラゴンの中でも取り分け北半球に詳しいのは、その頃に、よく人型になり北半球に行っていたからです。」


「それは覚えているぞ。わざわざ光魔法で、姿を人種に見える様にしてまで通っていたよな。」


「はい。最初は単純に興味…でした。北半球に住んでいるいくつかの種族。それがどんな者達なのか知りたくて通っていました。

と言っても、それを知るまでにそれ程多くの時間は必要ありませんでしたが。」


「……」


「他人から搾取さくしゅし、自分ばかりが可愛く、邪魔をする者は排除する。自分の欲求を満たす為ならば手段を選ばず、他人を殺してでも満足を得ようとする。それが北半球の者達でした。」


「言い返す事が出来ないのは、本当に辛いところだな。」


「皆さんがそうでない事は既に分かっています。

今思えば、しっかりと目を向ければ善意を保とうとする人々は少なからず居たとは思います。

ですが、その時は押し寄せる悪意の数々に圧倒されて、目を向ける事が出来ずにいました。

あまりの醜悪な人々の姿に、北半球への興味を失いつつあった私でしたが……ある日、そんな私に一人の少女が声を掛けてきました。今でもよく覚えています。その少女が最初に掛けてきた言葉は……………でした。」


「……」


「穴が空いて、ボロボロ、臭いも酷かった白髪の少女が、突然肉親の死を懇願してきたのです。何故数いる人々の中から私を選んだのかは分かりません。それも縁だったのでしょうか…

ただ、私はその時とても不快に思いました。自分の欲を満たす為にこんな小さな時から肉親を殺してと他人に頼むのか…と。

普段であれば断って終わりでしたが、我慢の限界を越えた私は、その少女に着いていく事にしました。」


「……殺す気だったのですね…?」


「はい。その少女を殺そうと思っていました。

ですが、着いて行った先で、その少女が何故そんな事を望んだのかを知る事になりました。」


「………」


「その少女の弟は、誰にやられたのか、全身が焼けただれ、右手右足、そして左目が抉れて無くなっていました。」


「っ……」


「痛みに叫ぶ事も出来ず、絞り出す様な声で、お姉ちゃん。お姉ちゃん。と手で必死にその少女を探しているのです。」


「酷い…」


「少女はそんな弟の膿の溜まった手を躊躇すること無く握り締め、それまで誰からも聞いた事のない優しい声で…ここにいるよ。大丈夫だよ。とだけ言って弟から見えない様に涙を流していました。」


「……」


「私は少女に聞きました。何故それ程までに愛しているはずの弟を殺してくれと頼んだのか。すると、少女はこう言いました。

私はこの先奴隷になって、ゴミのように捨てられ、死んでも構わない。だから、弟をこの苦しみから救って欲しい。自分でやろうとしたけれど、どうしても弟に刃を突き立てる事が出来ない。と。

当然でしょう。親に見捨てられ、身を寄せるのは愛する弟一人だけ。そんな彼女にどうして弟が殺せるというのでしょう。

絶句しました。

それまで何人もの人種や、その他の種族を見てきました。ともすれば、私利私欲の為に肉親すら切り捨てる者達ばかりでした。それが、年端としはもいかない貧しい少女が、誰よりも美しい心を持っていたのですから。」


「……」


「治癒魔法が使えず、回復薬も役にたたない程衰弱した弟。その小さな男の子が私に気付き、言いました。

僕は死ぬの?お姉さんが僕を殺すの?

虚ろな目をしてそう言う男の子を直視する事が出来ませんでした。すると、男の子は続けました。

ありがとう。これでお姉ちゃんはもう泣かなくて済む。お姉さんも泣かないで。僕は幸せだよ。

これから死ぬというのに、自分を殺す相手にまでそんな事を言うのですよ。これ程の愛が他に有るでしょうか?少なくとも私は知りません。」


「……」


「私が男の子の命を奪おうと手を向けると、少女がそれを庇うように弟に抱き着き、大声で泣きました。そんな姉に、その男の子が最後に言った事は…

僕はお姉ちゃんの弟で幸せだった。お姉ちゃんも幸せに生きて。でした。

震える手を抑える事が出来ませんでした……

泣き叫ぶ少女を弟から引き離し、私は魔法を行使しました。せめて一切の痛みが無いように、一瞬で。」


「そんな……」


「酷いと思いますか…?」


「そんな事ありません!ショルーテさんは…」


「ありがとうございます…

その後、その少女を連れて、街を出ました。南半球は危険ですので、連れてくる事は出来ませんでしたが、せめて私が少女を幸せにしようと。」


「ショルーテ…」


「色々な事をしてお金を稼ぎ、少女と共に生きていました。最初は塞ぎ込んでいた少女でしたが、少しずつ心の傷も癒え、今のマコトさん達程の歳になった時の事でした。

その時には、少女は私を母と呼び、よく笑う、付近でも評判の美人に育ちました。」


「良かった…」


「ですが、それが良くなかったのです。」


「…え?」


「アライサルは知らないかもしれませんが、美しいというのは、北半球では危険を伴う事なのです。」


「危険を…?どうして?」


「貴族なんかの偉い奴らが、そういう女性を無理矢理連れて行ったり、奴隷商人にさらわれたりするんだ。」


「そんなっ?!」


「あの子も例に漏れず、街を歩いていた時、当時その街に住んでいた貴族に呼び止められ、無理矢理連れて行かれそうになったそうです。私はその時、あの子へ贈るネックレスを選んでいました。」


白木の杭に掛けられたネックレスを目を細めて見るショルーテ。


「騒ぎを聞き付けて急いであの子の元に駆け付けた時、全身から血の気が引きました。

あの子は……胸から血を流し、まるでゴミのように道端に打ち捨てられていました。」


「っ?!」


「後から聞いた話では、貴族の男の誘いを拒否し、胸を剣で一突きされたとの事でした。」


「なんでっ!」


「当然私も同じ事を思いました。怒りと悲しみで頭がおかしくなりそうな私の腕の中で、あの子は最後に言いました。

私も弟もこれ以上無い程幸せだったよ。ありがとう。お母さん。

そう言って私の腕の中で瞼を閉じて冷たくなっていくあの子に、私は涙を流す以外に何もしてあげられませんでした。」


「その野郎俺が殺してやる!!」


「カナサイス…」


「いえ。その男も、その場で何もせずに見ていた者達も、私が全て消し去りました。あの子以外の全てを。」


「ショルーテ……」


「街を一つ消し飛ばしましたが、あの子は戻っては来ません。私は、あの子の亡骸を背に乗せてここまで来ました。とにかく北半球には居たくなかったのです、あの子をそれ以上そこに居させたくなかったのです。

悲しみに暮れる私の事に気が付いた龍王様が、この場所に墓を建てる事を許して下さいました。」


「こんな寂しい所に…」


「いえ。あの子は派手な物は好みませんでした。静かで、落ち着けるこの場所が良かったのです。」


「……」


「それから、私はあの子を守れなかった自分を悔いて、一心不乱に自分を磨きました。

そして、龍王様に認められ、名前を賜りました。

……あの子の名前である。ショルーテの名前を。」


「っ!?」


「私にとっては何より愛しい名前であり、自分へのいましめでもある名前です。」


「……ショルーテさん!!」


いたたまれなくなった凛が、ショルーテを抱き締める。


「……ありがとう…ございます…」


ショルーテの頬に流れる涙に、誰も、何も言えなかった。


暫く後。


「リンさん。ありがとうございます。」


「ショルーテさんの事を思ったらこれくらい。」


「それにしても…アライサル達の反応を見るに、龍王以外にはこの話、してないんだろ?」


「はい。今回初めて龍王様以外の方に話しました。」


「俺達なんかに話して良かったのか?」


「はい。あの子と同じ人種の方々で、同じ様な美しい心を持った方に知っていて欲しかったのです。あの子が生きていたということを。」


「……死ぬまで忘れないよ。いや、忘れられないよ。」


「ありがとうございます…………その…」


「ん?」


「もし、幸せの魔法が完成したら、いつか見せて貰ってもよろしいでしょうか?」


「必ず見せに来るよ。」


「幸せの魔法?」


「はい。他人を幸せに出来る魔法を探しているそうです。」


「見たい。」


「私も見てみたいな。」


「俺も見るぞ!」


「完成したらもう一度必ずここに来るよ。」


「約束。」


「約束する。」


「くはははは!よーし!次だ次!最後はアライサルだ!」


「カナサイス様。」


「リルレマ?」


「ショルーテ様。トドロイ様。御三方に龍王様からお呼びが掛かっております。」


「俺達にか?」


「はい。」


「私は良いのか?」


「アライサル様は皆様の御相手をする様にと。」


「……そうか。何かあれば直ぐに呼んでくれ。」


「はい。」


「アライサルのお勧めを見られないのは残念だが、俺達はここまでだ。」


「楽しんで下さいね。」


「また後で。」


三人は龍王の元へと向かう。


「何かあったのでしょうか?」


「我々名前持ちのドラゴンが同時に呼ばれる事はなかなか無いことだ。大事でなければ良いが…」


「……」


「いや。すまない。父が私は良いと判断したのだ。気にしていても仕方ない。私達はショルーテの言ったように楽しむとしよう。」


「…そうだな。それで?アライサルはどこに連れて行ってくれるんだ?」


「それは着いてからのお楽しみだ!行くぞ!」


「走る必要あるのか?!」


「無い!だが早く見せたいのだ!」


「ったく。ガキかよ。」


「ケン!聞こえているぞ!」


「やべっ。」


無邪気に走りながら笑うアライサル。アライサルが龍王の娘と聞いて周りの目が好奇に満ちている理由を知ったが、今のアライサルはそんな事を気にはしていない様だ。

そんなアライサルに着いて街中を進んでいくと、不思議な建造物が現れる。


複雑に入り組んだ白木の木材。家一軒分の大きさはあるのに、中に入れる訳でもなく、何に使う施設なのか理解出来ない。


「なんだこれは?」


「これは父が、私が生まれた時に作らせたもの。これは、私の魔力にのみ反応して動く仕組みになっている。」


アライサルが建造物の傍に寄って右手をその一部に触れさせる。

何も起きないではないかと見ていると、建造物の下部から澄んだ水が湧き出してくる。


「おぉ…」


水は徐々に量と勢いを増していき、複雑に入り組んだ白木の表面をなぞる様に行き来し始める。

空中を流れる水流が輪になり幾重にも重なっていく。水が回り続ける噴水…という言い回しが一番しっくりくるだろうか。


「アライサルが自慢していた湖や森も美しかったが、これはそれとは別種の美しさがあるな。」


「ふふふ。でしょう?」


「ドラゴンの父親はあまり子供に興味を示さないと聞いていたが、大切にされているんだな。」


「……私の母は、私を産んで直ぐに亡くなったからな。」


「そうだったのか…」


「母の事は何一つ覚えていないが…素晴らしい方だったと聞いている。父をいつも支え、皆からも愛されていたと。

母は見目麗しく、父に言わせると、私はそんな母に瓜二つという事らしい。」


「アライサルも綺麗だもんな。」


「素直に嬉しいよ。ありがとう。

…母の事も尊敬しているが、私をここまで育ててくれたのは、父だ。確かに厳しい方だし、自分の出生を恨んだ事もあるが、今は感謝しているよ。」


流れ続ける水を見上げて言い放つアライサル。

目には見えないが、アライサルと龍王の間には、確かに強固な絆がある。


「…私の事を友と呼んでくれる者には、これを絶対に見せたいと、昔から思っていたのだ。」


「なら、その願いは叶ったな。」


「あぁ。それがマコト達で、私は本当に嬉しいよ。」


「アライサルさん…」


「それにしても、マコト達は本当に不思議な取り合わせだよな。」


「そうか?」


「良ければマコト達の事をもっと聞かせてはくれないか?」


「面白い話ではないぞ?」


「面白いかどうかではない。友の事をもっも知りたいのだ。私の家に戻って聞かせてくれないか?」


「そこまで言うなら…」


俺達はアライサルの家に戻り、これまでの事をアライサルに順を追って話した。暗くなる話も多いが、一喜一憂いっきいちゆうしながら話を聞いてくれるアライサルには、出来る限り全てを話した。


「私も生まれてから長く生きているが、そんな私よりも余程濃厚な日々を送ってきたのだな。」


「自分の意思では無い所も多分に含まれるがな。」


「マコトの事だ。自分の意思で選べたとしても、きっとそれ程変わらない結果になっていたと思うぞ。」


「そんな事無いだろ?」


「いや。真琴様、アライサルが正しいな。」


「そうですね。筋肉バカに同意は癪に障りますが…」


「そんな事は……無い…と思っていたんだが…」


「別に悪い事じゃない。マコトのその性格のお陰で私達は救われている。」


「シャル…」


「マコト達の事を知れて良かった。私の知らない事だらけだったよ。」


「北半球と南半球では全くの別世界と言える程の違いがあるからな。」


「リンの料理もそうだが、色々と学ぶ事も多いのだろうな。」


「ドラゴンに必要な技術というのはそれ程多くは無いだろうがな。」


「そんな事はない。私達ドラゴンにも学べる事は多々あるはずだ。私達も、いつまでもここでじっとしているだけでなく、色々と取り込む必要がある。」


「…そんな考え方は、この場所では異端じゃないのか?」


「そうだな。確かに異端だ。こんな事を言って回っていたら父までもが白い目で見られてしまうだろう。ドラゴンは最強種であるが故に、他の種族から何かを取り入れる事に酷く消極的なのだ。

だから、この考えを話すのはマコト達が初めてだ。」


「……取り入れる事で壊されてしまうものもあるだろう?」


「そうだな。当然あるだろう。下手をすれば我々の大切なものが消えて無くなってしまうかもしれない。

だが、それでも必要な事だと私は思っているのだ。ただ、それを実現する為には、まず何が必要で、何が不必要なのかを慎重に判断する必要がある。」


「必要の無い物まで取り入れれば毒になるからな。でも、それを判断するには実際に行って確かめる奴が必要だろ?北半球に慣れているショルーテとかか?」


「あの話を聞いて、ショルーテを北半球に送るなんて私には出来ないよ。言い出した私が行くのが妥当だろうな。」


「龍王の娘が許されるのか?」


「どうかな。正直分からない。この考えも、マコト達と出会って具体的に思い浮かべ出した構想だからな。ただ、私の身を案じて…という意味であれば、それは有り得ないことだ。父は、娘であろうと、いや、自分の娘であるからこそ余計に厳しい道を進ませるからな。」


「流石はドラゴンだな…危険に娘を放り込むなんて…」


「だが、これはそれとは違うからな。許して下さるかどうか…」


「いつかその夢が叶うと良いな?」


「そうだな。」


「アライサル様。」


「リルレマ。どうした?」


「龍王様がお呼びです。」


「……分かった。直ぐに行く。」


「…俺達も行って良いか?」


「構わないとは思うが…」


「ここに居ても暇だからな。行こう。」


「ふふふ。やっぱりマコトは選択肢があっても濃厚な人生を歩むみたいだな。」

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