第78話 毒の試練

「何があったんだ?」


「あの阿呆があまりにも汚い食べ方をするものだから、私が注意してやったのだ。こうすると良いぞとな。

そしたらどうだ。あの阿呆め、私に向かってグチグチとうるさい奴だとぬかしおったのだ。」


「それが発端であの大穴…か?」


「いつもならショルーテが止める所なのだが、あの時ショルーテが居なくてな。ちょっとだけやり過ぎたのだ。」


「ちょっと…ねぇ…」


「なんだその目は。あの阿呆がブレスを放とうとしたから保身の為に私も放っただけだぞ。」


ガサツな性格のカナサイスと、几帳面な性格のブレナルガ。水と油らしい。どこか似たような部分を感じるが、それを言えば間違いなくブレナルガは嫌がるだろうから、言わないが。

それにしても、ショルーテはこの二匹の喧嘩の仲裁をするのか…想像する事がとても容易い。ショルーテも大変だなぁ。


「それより。試練を受けに来たのだろう?」


「あぁ。」


「お前達も変な人型だな。普通ならば近寄ろうともしない場所だと言うのに。」


「自分達でも思うよ。」


「ククク…面白い奴らだ。

話が逸れたな。早速試練を言い渡す。」


「よし来い!」


「この地区にはある虫が生息しておる。」


「虫?」


「毒虫と呼んでおるが、それを斬れ。」


「斬れ…?虫を?」


「ハスラーはどうするんだ?」


「魔法の剣くらい作れるだろう?」


「魔法の剣で斬れって事か。」


「そんな事で良いのか?なんと言うか…簡単に思えるぜ?」


「ククク。ならばやってみると良い。」


「それで?その虫はどこに居るんだ?」


「何を言っておる。居るではないか。沢山飛んでおるぞ。」


「飛んでる?」


全員辺りを見渡すが、どこにも虫らしき存在は確認出来ない。不可視能力の持ち主かと思ったが、リーシャにも見えないらしい。


「どこに居るんだ?そんな虫、どこにも居ないぞ?」


「ククククク。居るとも。お前達の周りにも。」


そう言うと、ブレナルガが腕を振る。


ポトッ…


どこにも居なかったはずの、蚊の様な小さな赤紫色の羽虫が地面に落ちる。ブレナルガの爪が羽虫を真っ二つにしたらしく、半分に割れている。


「はっ?!一体どこから?!」


「どこからも何も、沢山飛んでおるだろ?ククク…精々頑張ると良い。」


ブレナルガはそう言うと、その場に横になり、赤紫色の霧を放出する。当然範囲外に直ぐ退避したが、何が起こっているのか全く分かっていなかった。


「…確かに虫がいましたね…」


「赤紫色の虫だった。」


「どこから出て来たんだ?」


「毒虫と言っていましたね…」


「リーシャにも分からない不可視化能力を持った虫なのか?」


「何がどうなっているんだ…」


その日から俺達は虫探しを始めた。ブレナルガが言った通り、俺達の周りにも沢山飛んでいるとするならば、どうにかして捕まえる事が出来れば何故見えないのか分かるはずだ。

虫の捕獲と言えば網だと言って無闇に中空に網を振ってみたり、思い付く虫捕獲用の罠を作ってみたり…数日間に渡り色々と試したが、結局何の成果も得られなかった。


俺達が毒虫を認識した二回目の機会は、ある夜に訪れた。

この毒ガス地帯に唯一ある毒ガスの無い領域を野営地としていた。ナーラが住んでいた家には毒ガスが無かった。実はナーラの作った結界には毒ガスを認識して排除する効果を付与してあったのだ。その事を詳しく聞いていた俺は、簡易的な物ではあるが、毒ガスを範囲内から排除する結界を作り野営地を確保していた。その野営地で、夜、いつもの様に焚き火を囲んで明日の作戦会議をしている時の事だった。


「明日はどうするよ?もう粗方思い付く事は試したぞ。」


「他にも出来る事はあるはずです。」


「と言っても、どんな特性を持った生き物なのかも分かっていないからな…何が正しい方法なのか…」


「煮詰まってきちまったな…」


ボッ!


「うわっ?!なんだっ?!」


突如、目の前の焚き火が大きく揺れる。


「マコト様!毒ガスです!」


プリネラの声に全員マスクを着ける。結界が認識して排除するまでは数秒掛かる。マスクをしたまま焚き火から離れて警戒する。


「どういう事だ…?なんで突然焚き火に毒ガス?攻撃が外れたのか?」


「その前にどうやってだな。完全に認識出来なかった。」


「私も認識出来ませんでした…」


「結界には魔法や物理による攻撃を妨害する機能も付与してある。つまり、攻撃してきたなら外からじゃなく…」


「内側?!」


「だが、もし攻撃なら既に二回目が来ていてもおかしくない。というか来ないという状況がおかしい。」


「…そうですね。どうやってなのか、私達に認識されずに結界内に入れるのであれば、今の私達は無防備そのものですから…」


「なんで何もしてこないのでしょうか?」


「………攻撃じゃなかったとしたら?」


「攻撃じゃない?」


「…飛んで火に入る夏の虫、ならぬ毒の虫。」


「毒虫が焚き火に突っ込んだって事か?」


「結界内ですよ?魔法に対する妨害も含んでいますし、いくらか不可視化の魔法を纏っていたとしても流石に気付きます。」


「リーシャにも認識されなかったんだろ?いくらなんでもそれは無理な話だと思うが。」


「……そもそも本当に魔法なのか?」


「どういう事ですか?」


「まだ未知の魔法は数多く存在するとは思うが、ここまで完全に認識されない魔法なんて本当に有るのか?」


「思い付かないけど…実際に認識出来ない。」


「…プリネラ。」


「はい?」


「円になって結界内に座っている奴らがいる時、その中央に置かれた物を見付からないように盗んで来いと言ったら、どうする?」


「注意を逸らしてその隙に盗みます。」


「何をしても注意を逸らせず、魔法も使えないとしたら?」


「………難しいと思います。それこそ、目にも止まらぬ速さで………まさか?!」


「この毒虫。単純にめちゃくちゃ速いんじゃないか?それこそ認識出来ない程の速さで飛んでいるとしたら…」


「もしその仮説が正しいならば、私達のやっていた事はとても滑稽ですね。」


「網を振った所で毒虫にはスローモーションに見えるだろうな。」


「いくらなんでも…」


「無いとは言い切れません。」


「それを元に考えたとして、どうやって捕まえるんだ?そんなスピードで飛ぶ虫を捕まえたり攻撃を当てたり出来るのか?認識出来ないんだぞ?」


「それを明日試してみよう。」


翌日。俺達はまず毒虫を事から始めた。


「どうするんだ?」


「物体ってのは、どれだけ速く動いていても、目の前を通り過ぎるより、少し離れた位置を通り過ぎる方が遅い。それは分かるか?」


「速いのに遅い?よく分からない。」


「例えば、石を投げた時、目の前を通り過ぎるとする。視界の中に石が映る時間は極めて短いだろ?」


「うん。」


「でも、それが数メートル離れた位置を飛んでいくとしたら、視界の中に映る時間は数秒になる。」


「速くても離れていれば認識し易いって事だな?」


「そうだ。感覚的に理解しているとは思うが、これを意識的にやるんだ。つまり、毒虫がとてつもない速さで飛んでいるとしても、離れた所を飛んでいるならば、一瞬だとしても目に映る可能性はある。小さい生き物だからあまり離れすぎていると単純に見えないから…5mくらいがベストかな。」


「5m先を見ていればたまに見えるかもしれない。という事ですね。」


「真琴様を信じて、とりあえずやってみますか。」


毒ガス地帯で、全員横一列に並んで座り、5m先辺りを眺めるというシュールな光景が広がる事となる。


「なぁ…」


「なに?」


「何か見えたか?」


「まだ。」


「あ!」


「見えたのか?!」


「気のせいだった。」


「あ…」

「お…」


「え?!」


「見えましたね。」


「見えたな。」


「本当か?!どこだ?!くそ!目を離した隙に!」


「目を離したケンが悪い。」


「だが、これで仮説が正しい事が証明されたな。」


「俺は見えてないぞ?!」


「あ!姉様!私も見えました!」


「私も見えた。」


「私も見えました!」


「なにぃ?!また目を離した隙に?!」


「目を離したりするからダメ。」


「俺だけ見えてねぇー!」


流れ星を見逃した様な反応を見せる健。なんともタイミングの悪い男だ。それこそが健であると言えば、その通りなのだが。

とはいえ、暫く見ていると、視界の端々にちょこちょこと映り込むようになった。何より、居ると認識した事が大きかったのだと思う。居ないと思って見ているより、居ると思って見ている方が細かい変化にも気が付ける。嘆いていた健も何度か毒虫を視界に捉えることが出来たらしい。


「居る事は分かった。確かに飛んでるな。だが、どうするよ?時々見えるだけじゃどこを狙ったら良いのか全く分からんぞ。」


「ならもっと認識出来るまで目を慣らすしかないだろ。」


「ずっと見てるだけか?」


「それ以外に方法があるなら聞くが?」


「うっ…いや…無いけどよ…」


「筋肉バカは動いていないと気が済まないだけでしょう?」


「うるさいやぃ!」


「座って見る。見えないと何も出来ない。」


不貞腐ふてくされた健がドカッと腰を下ろして中空を見詰める。毎度ドラゴン達の試練は時間が掛かる。焦っても解決には繋がらない。いまやれることを必死にこなす。それが解決への最短ルートだ。


中空を見続ける事数日。

やっと毒虫の動きに目が慣れてくる。目の端々に点でしか映らなかった毒虫が、次第に短い線として見える様になる。


「お!今のは割と目で追えた!」


「私も少しずつ見える様になってきた。」


「健とシャルとプリネラは動体視力が良いんだな。俺にはまだほとんどが点でしか見えない。」


「私もです。」


「リーシャはどうだ?」


「視覚的には同じ様なものですが、少しずつ心眼の方でも捉えられる様になってきました。」


「そうなると、一番近付いているのはリーシャかもな。」


「負けてられねぇぜ!」


「私も頑張る。」


俺達が次のステップに入れたのは、ショルーテの所を出てから二週間が過ぎた頃の事。毒虫の動きもそれなりに見える様になってきた俺達は、剣を振るう事にする。毒虫の事は認識出来る様になった為、捕獲の必要は無い。

剣を振るう事にはなったが、それで直ぐに毒虫を斬れるという事にはならない。常識の範疇を超えた動きをする毒虫。姿を捉えていたとしても、単純に速すぎて攻撃が当たらない。やる前から分かっていた事だが…

自分達よりも圧倒的に速い動きをする相手にどう攻撃を当てれば良いのか。それについて答えが出たのはそこから更に数日間剣を振った後の事。


ブンッ!


空中に浮いたクリスタルソードを使って毒虫を斬ろうとするが、まるで当たる気がしない。


「これは難しいな…」


「うぉぉおお!」


健やシャルもまだ毒虫に攻撃を当てられていない。

剣術を極めている健や近接戦に慣れているシャルが未だ一度として捉えられていない毒虫を斬るというのはそもそもが無茶な話にしか思えない。

俺達後衛も剣術等を練習したとは言え、近接戦センスは健、シャル、プリネラの三人に比較したら無いも同然。魔法を使ってはいるものの剣速でさえ、本気で健が振る剣速には遠く及ばない。そんな俺達が健達と同じやり方で成功させようとしても、まず無理だろう。


「……」


「どうされました?」


「このやり方だと、俺達後衛、特に俺と凛は何年掛かるか分からない。」


「…そうですね…出来る気がしませんね。」


「やり方を変えよう。」


「やり方を…?」


「素早く動く相手に攻撃を当てる方法は二つある。一つはこちらも素早い攻撃を繰り出して当てる。これは前衛三人がやっている方法だ。」


「はい。」


「もう一つは、リーシャがいつもやっている事だ。」


「私ですか?」


「そうだ。リーシャはどうやって毒虫に攻撃を当てようとしているんだ?」


「どうやってと言われましても…いつも矢で射る時と同じ様に、相手の動きを読んで、そこを狙って攻撃するだけですけれど…?」


「それさ。。剣を速く振れない俺や凛が出来るのは、いかに相手の動きを読むか。リーシャ程ではなくても、先読みが出来れば可能性が出てくるはずだ。健達は剣速が速い分この先読みが少なくても当たるが、俺達は遅い分もっともっと先読みしないといかんがな。」


「先読みですか…確かに、今やっているやり方よりはずっと可能性は高い気がします。」


「まずはリーシャを見るか。」


「はい。」


二人でじっとリーシャを見詰める。


「凄く…緊張しますね…」


リーシャは俺の作ってあげたクリスタルソードを魔法で操作する。じっと目を凝らし、毒虫の動きを見ている。

リーシャの前方を飛ぶ毒虫が見えた思った瞬間。リーシャは自分の背中側に剣を振り下ろす。意味が分からない場所に振ったと思ったが、毒虫が背中に振るった剣の僅か手前で進路を変えて飛んでいく。


「難しいですね。」


「今の…なんで後ろに振ったんだ?それも先読みしたのか?」


「え?はい。そうですけれど…?」


外から見ると、リーシャが振り下ろした所に向かって毒虫が突っ込んで来た様に見えた。


「どういう考えでそうなるんだ…?」


「この毒虫という虫は、何か物体があると、その周りを飛ぶという習性があります。なので、私の体を回り込んで後ろに来るかと思いまして。もし周り込むとすればこの辺りで衝突するかと…そこは感覚ですが。」


「そんな習性があったのか…?」


先読みとは、詰まる所、驚異的な観察眼の事だ。

相手の癖や習性。それらを瞬時に見抜き、こうしたらこうするというパターンを割り出していく。

リーシャ程にもなれば、相手には未来予知に近い感覚を受けるだろう。

つまり、リーシャは観察眼に優れているのだ。今回毒虫の行動パターンの一つにもいち早く気が付いた。自分の凄さには全く気が付いていないらしいが。


「他に何かパターンはあるか?」


「今分かっているのはそれだけです…申し訳ございません…」


「いや、謝る必要性は無いだろ。それを知れただけで皆一気にやりやすくなる。ありがとう。」


リーシャの観察眼のお陰でそれからも日が経つにつれて、幾つかのパターンが分かった。毒虫の進行方向正面に物体がある場合は左に避ける事が多い事や、左が無理な時は上に避ける事が多い…等だ。

リーシャの能力には舌を巻くばかりだが、俺達の先読み能力が上がったわけではない。そこで、色々とリーシャに聞いてみたりもしたが、要はパターン等を含めた考えから来るだった。つまり、リーシャを見ていても分からない。なんとなくこっちに来るかなぁ。と考えているのだから。

これは計算して答えを出す俺や凛にとっては苦手な分野。だが、苦手な分野だからと避けている暇は無い。リーシャの観察を諦めてもう一度毒虫を見ながら剣を振る日々に戻る。


苦手意識は拭えないが、それでも毎日繰り返し毒虫と向き合っていると、少しずつ俺や凛にもその勘とやらが働く様になってくる。


ブンッ!


「今のは惜しかったな…」


「なんとなく分かるようになってきた気がしますね。」


「確かにこれは勘としか言えないな…」


「不思議な感じがします。」


「これをもっと突き詰めていく必要がありそうだな。」


「はい!」


こうして少しずつだが、ゴールに近付いていく。そして、数日後、遂にリーシャが初めて毒虫を斬る事に成功する。


「当たった?!当たりました!」


地面に落ちた毒虫は二つに別れている。


「なにっ?!先を越されたか!ぐぉぉぉ!俺だってー!」


ブンッ!


「くそぉぉ!」


「あ。当たった。」


「なにぃ?!シャルもだと?!」


「ケン。まだ当てれないの?」


「腹立つー!俺だってやってやるー!」


その日から、皆少しずつ毒虫を切る事が出来るようになっていく。俺も凛も一度だけ斬る事が出来た。

そして、その時にこの試練の難しさがよく分かった。毒虫は蚊ほどに小さい生き物。線で動きが見える様になっても、剣を振り下ろした時に毒虫を斬ることが出来るのは僅かな点でしか無い。交差するのは一瞬。要するに、毒虫を斬るためには、その点に正確無比な斬撃を繰り出す必要があるのだ。先読みし、ベストなタイミングだとしても、点から1mmズレただけで刃は毒虫を捉えられない。


「当れぇ!」


ブンッ!


「……のぉーー!」


健達もそこで躓いているらしい。先読みや勘には慣れてきた所だが、その先に更に壁があるとは…ブレナルガの奴め…

胸の内で悪態を吐いて赤紫色の霧を見るが、反応は無い。


結局俺達がその点を斬る事が出来るまで、合わせて二ヶ月近くの時間が掛かった。


「やっと斬れる様になったか。」


「お陰様で二ヶ月も掛かったぜ。」


「ククク。斬れる様になっただけでも驚いているのだがな。人型にここまでの者達がいるとはな。

毒虫を落とせる奴は、ドラゴンにも少ない。それをたったの二ヶ月でやってのけたのだ。」


「……なんで俺達にこの試練を与えたんだ?出来た事に驚いているって事は出来ないと思っていたんだろ?」


「…お前達はカナサイスに傷を付けたのだろう?」


「手加減に手加減を重ねてもらってやっとだがな。」


「あの阿呆の事は嫌いだが、認めてもおる。そのカナサイスに傷を付けたのだ。これくらいは出来るかと期待したのだ。半信半疑ではあったがな。」


「そうか。」


「持っていけ。」


ゴトッ…


ブレナルガが鱗を落としてくれる。


「行け。」


そう言って赤紫色の霧の中に消えたブレナルガ。カナサイスの話が照れ臭かったのだろうか。ショルーテも大変だと思ったが、案外そうでも無いのかもしれない。


ブレナルガの鱗を収納して、俺達は次の区域へと歩き出した。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー

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