第77話 光の試練

試練の内容を聞いてから数日後。


パァン!


「ぬぉぉぉ!」


「うるさいですね。静かにして下さい。集中出来ません。」


パァン!


「むー。」


パァン!


「……何が違うんだ…?」


全員、進行度はゼロに等しかった。

弱過ぎても強過ぎても割れてしまう。力が強過ぎて割れているのか、弱過ぎて割れているのかさえ分からない。

だがショルーテは目を瞑ったまま動かない。それも自分で判断しろと言う事なのだろう。

そうなると、ひたすらトライアンドエラーを繰り返すしかない。各自で集中力の続く限り何度も光の玉と向き合う。

一週間が経とうとしている時、進展の無い現状に皆が苛立ちを覚え始めた時の事だった。光の玉を見つめ続けていた俺達に変化が訪れる。


パァン!


「……」


パァン!


「……?」


パァン!


「…これは……」


パァン!


「やっぱりそうか。そう言う事か。」


「マコト様。よろしいですか?」


「プリネラ。どうした?」


「この光の玉…僅かに光量が変わっているような気がするのですが…」


「プリネラも気が付いたか。俺もたった今そう思っていたんだ。」


「え?!真琴様も思ってたのか?!」


「健もか?」


「俺だけじゃなさそうだぞ。」


「皆も同じ考えか。」


「あまりにも僅かな変化なので、気のせいかもと思っておりましたが…」


「気のせいじゃないみたい。」


「…恐らくこの光量の変化が強弱の違いを示すものなのだろう。」


「次はどれだけの力で打つか。」


変化には気が付けたが、どれくらいの力で打ち込むか。これについては一度でも良いから成功させる必要がある。しかし、これだけの時が過ぎても、誰一人として成功している者がいない。力が強過ぎるのか、弱過ぎるのかも分からないのだから難しい事は分かる。だが、偶然にでも成功している事が無いとなれば、少し考える必要がある。


もし近い力加減で光の玉を触っているのだとしたら、一度くらい偶然で成功していても良さそうなものだ。だがそれが一度も無いとなると、力加減が大きく違うのかもしれない。


光の玉の大きさや、割れた時の音から、皆慎重に優しく触っている。俺も同じ様にしてきた。だが、もっと強く打たなければならないとしたら、俺達は全員が検討はずれの事をしている事になる。


「皆。もっと強く打ってみよう。」


「強く…ですか?」


「ずっとここまで優しく触れてきたが、間違っているのかもしれない。」


「分かりました。」


それから一週間の間、固定概念を捨て、全力も含めてあらゆる力加減を試す事にした。


「オラァ!」


パァン!


「やー。」


パァン!


「むぬー!はぁー!」


パァン!


「ダメだー…分からねぇー…」


「何度でもやってみるしか方法は無い。」


「分かってるけどよー……あーー!クソッ!」


イラついた健がおもむろに振った刀が光の玉を捉える。


ポーン……


「……え?!」


刀に当たった光の玉は割れずにススーっと移動していく。それを全員が目で追って一瞬思考が停止する。


「……出来た?!出来たよな?!」


「…出来ました…ね……」


「あ……しまったー!力加減とか全然分からねぇ!」


「適当に振ったりするから。」


「ぐおぉぉ!もう一度来いー!」


パァン!


「もう一度ー!」


パァン!


「ぐあぁぁ!」


パァン!


その後も健が刀を振る度に虚しく光の玉が爆ぜる音だけが響き渡る。だが、読みは当たっていた。静かに触るのではなく、ヤケになって強めに振るった刀が割らずに触れられのだ。

それから、全員が一日のうち何度かは、割らずに触れられるようになった。力加減が大体どの程度なのかが分かっただけでも大きな進歩だ。光の強さで力加減が変わるにしても、少しずつその具合が分かるようにはなってきた。

しかし、この試練は、ここからが本題だった。


パァン!


「クソッ!少し強かったか?!」


パァン!


「む…弱かった。」


自分の力が強過ぎたのか弱過ぎたのかは感覚で分かる。だが、健とシャルが失敗している様に分かっていても出来る事と出来ない事がある。

人は自分が思っているよりも、自分の力をコントロール出来ていない。例えば、計りを用意して、目を瞑り上から指で押す。毎回ピッタリ10gになる様に。これが思っているよりも難しい。慣れてくるとなんとなくで10gに合う様になってくるが、俺達がやっているのは武器で打ち込んでそれを合わせるという作業。しかも強めに打ち込んでだ。長い棒を持って計りを叩き、必ず毎回同じg数を叩き出すという作業を想像したらどれだけ難しいか分かるだろう。そして恐らくこの光の玉は1g程度の誤差で割れてしまう。

例えは近接武器の話ではあったが、魔法も同じ事だ。毎回同じ魔力量で、同じ圧力を叩き出すなんて事は、とてもじゃないが簡単に出来る様なことでは無い。


パァン!


「うー!悔しい!」


パァン!


「力加減が微妙過ぎて分からないですね…」


分かっていても出来ないというのは、存外ストレスが溜まっていくものだ。だが、心を穏やかにして、感覚を研ぎ澄まさなければ制御は出来ない。それは百も承知なのだが、光の玉が割れる度にストレスが溜まっていき、集中力も欠如していく。まさにジレンマだ。


「ダメだー!休憩!」


「私も一度落ち着きます。」


「ぬぉぉぉ!」


パァン!


「何故だー!」


「健も一度落ち着け。」


「もう少しなのによー!」


「どこがですか?一番出来ていないではないですか。」


「ぬぉぉぉ!」


パァン!


「ほら。紅茶でも飲んで一回落ち着け。」


中空に漂う光の玉がこれ程までに恨めしく思うとは、最初は予想していなかった。ショルーテは、たまに目を開いてこちらを見るくらいで、言葉は発する事無く眠っているだけだ。放任主義というやつだ。多分。


そこからまた、一週間が過ぎると、失敗が続き過ぎてイライラしていた気分が、平常心のままで居られるようになってくる。


パァン!


「………」


パァン!


「…………」


ポーン…


「お、出来た。」


皆無言で自分の力を制御する事に取り組み、成功する回数も増えてきた。力を制御するコツも掴み始め、数回に一回は成功する様になった。だが、ショルーテは未だ何も語りかけては来ない。まだ精度が足りないという事だろう。

結局失敗の方が圧倒的に少なくなるまでには、通算で一ヶ月の時が必要だった。


ポーン…


ポーン…


ポーン…


全員の光の玉が割れずに打ち込む音だけが聞こえてくる。焦燥感も完全に消え去っている。


「……良いでしょう。」


本当に久しぶりにショルーテの声を聞いた気がする。気がするではく、一ヶ月振りなのだから事実久しぶりなのだが。


「そこまで自分の力を制御出来るようになったのであれば、私の試練は合格です。」


「本当か?!」


「はい。」


「いやっ……たぁー!!」


「終わりましたぁ………」


「想像していたよりもずっと大変だったぜ…」


「……」


「どうしました?」


「いや。ここに来た時、ショルーテは俺に何故力を欲し、力を得たらどうするかを聞いたよな?」


「はい。聞きましたね。」


「俺は皆を守るため、そして幸せな魔法をと答えた。」


「はい。」


「だからこの試練だったのかな…と思ってな。」


「その通りです。」


「どういう事…でしょうか?」


「俺達がこの一ヶ月でやってきた事は、自身の力を正しく把握して、的確な力を使う鍛錬だ。」


「そうですね。それがあの時の問いとどう関係があるのですか?」


「人は力を得ると傲慢になる。ショルーテはそう言った。その事を知っているという事は、ショルーテは人の感情についてもどこかで深く知る機会があったのだと思う。

そして、そこまで深く知っているならば、力を得た事で、周りの者達がその力を利用する可能性も高い事を知っているはずだ。

実際、俺達はそんな奴らと何度も戦ったからな。」


「そうですね…」


「俺が傲慢になる事を望まないと言うのであれば、自分の力を正しく理解し、行使し、全ての結果を自分のものだと、常に受け入れていく必要がある。誰の責任でもなく自分の責任だと。」


「……」


「その為にはまず、自分の力を制御して、どれだけの力を込めれば、どの様な結果になるか正しく想像出来なければならない。」


「その為の…鍛錬ですか?」


「俺はそう思った。だからショルーテに聞いたんだ。あの時の答えからこの試練を与えたのかと。」


「ご明察です。

私は名前持ちのドラゴンの中でも、恐らく一番濃厚に北半球の方々と交流があったドラゴンだと思います。故に、色々な事をこの身を通して知っております。

人の善意と悪意。共にです。特に悪意についてはよくよく身に染みております。」


相手が名前持ちのドラゴンとて、利用しようと分不相応に考える生き物。それが北半球に住む人型の者達。その悪意をよく知っているし、否定など出来ない。


「悪意を持った者は信じられない程に沢山居ます。もしかしたら、悪意を持たない者は一人として居ないのかもしれません。」


「北半球から来た者として耳が痛い話だな。」


「…ですが、善意の割合が殆どを占めているという者が、極々稀に存在するのも確かなのです。いえ、正確には違うかもしれません。そういう者で在ろうと努力し続けている者。でしょうか。」


「それにはいくらか心当たりがあるな。極端な人も居るけれど。」


「私はそういう者をとても好ましく思っているのです。ですが、その様な者達は力を持っていない事が普通であり、利用されてしまうか……持っていても正しく行使できずに自身を傷付けてしまう事が常でした。悲しい事です。

貴方の答えを聞いて、直ぐに分かりました。善意の割合が多い者で在りたいと努力する者だと。ならば

力の認識とその制御、そして心の平静を保つ方法を知ってもらう事こそ私がするべき事だと思いましたので。」


「…全部俺達の為じゃねぇかよ…」


「いえ。私はただ、好ましく思う者達の傷付く所が見たくなかったという、傲慢を押し通しただけの事です。」


「相手が感謝した時点で、それは傲慢ではなく、善意になると俺は思うけどな。」


「……ありがとうございます。」


きっとこのショルーテも、北半球との繋がりの中で多くの事を体験したのだと思う。最強を名乗るドラゴンにしてはとても人間臭い。何があったのかは分からない。だが、言葉を借りるのであれば、ショルーテは、善意の割合を多く保とうとするドラゴンに見える。


「他人を幸せにする魔法ですか……我々ドラゴンには決して思い付かない考えでしょうね。」


「そうか?ショルーテの作ったこの光の玉。これはショルーテの魔法だろ?」


「はい。」


「これだって、俺達の幸せに繋がる魔法。つまり、他人を幸せにする魔法の一つだろう?」


「……」


「まさかこんな魔法で誰かを傷付けようなんて考えていないだろ?」


「…はい。」


「なら、少なくとも、俺達にとっては幸せな魔法だろ。」


「そうですね。私も真琴様の意見に賛成です。」


「力の制御が出来たら無闇に相手を傷付けない。凄く大切な事。」


「そうだな。俺も同意見だぜ。」


「皆様……ありがとうございます。」


「礼を言うのは俺達の方なんだけどな。」


「皆様ならば、きっと龍王様にお会い出来ると思います。いえ、信じています。」


トサッ…


真っ白な砂の上に、真っ白なショルーテの鱗が落ちる。


「どうぞ、先へ進んで下さい。」


「ありがとう。」


とても人間臭く、そして、とても優しく、美しい白きドラゴンは俺達を見送り、また白い珊瑚礁の様なオブジェの下で目を瞑る。


「あんなドラゴンも居るんだな。」


「不思議なドラゴンでしたね。」


「でも凄く優しかった。試練は大変だったけど。」


「確かに大変だった…」


「ですが、これで半分終わりました。残り半分です。」


「そうだな。だが、ジゼトルスを出てから既に半年過ぎている。急がないとな。」


「…はい。」


ギュヒュトとの戦闘が開始するであろう時まで後半年程度。読みが当たっている保証も無い事を考えれば出来るだけ早く戻らなければならない。フィルリア達も今は忙しく動き回ってくれているはずだ。


急く気持ちを歩みに込めて前へと進む。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



ショルーテの居た白い区域を急いで抜けた俺達は、次の区域へ入ろうという所まで来ていた。


「またマスク生活かよ…」


「この光景はナーラの所で見たな。」


ナーラの家が建っていた荒地。その光景とあまり変わらない光景が目の前に広がっている。草木は一本も生えておらず、ゴツゴツとした地面が延々と続いている。

ここから先は恐らく毒が蔓延した区域。毒のドラゴン。ブレナルガがこの区域のどこかに居るのだろう。

北半球にカナサイスとの戦闘で大穴を作り出したもう一匹のドラゴン。

姿は知らないが、鱗は知っている。赤紫色の毒を放出する鱗だ。加工不可で収納されたままになっている。


「ブレナルガ……」


「目に見えない毒ガスってのが怖いよな…」


「ここから先はマスクを外す事が出来なくなりますね。」


「マスクだけで事足りるんだ。寧ろ有難く思うべきなんだろうな…」


マスクを装着して荒地へと足を踏み入れる。草木も水分も無いからか、辛い程ではないが少し気温が高い様に思える。


「ブレナルガの縄張りには生き物という生き物が居ないよな。」


「植物さえ生えていませんからね。モンスターや小動物には辛い環境でしょう。」


「北では死地とまで呼ばれていたもんな。」


「ドラゴンの中でも人にとってはかなり脅威的な存在。」


「それにわざわざ会いに行こうってんだから俺達も凄いことしてるよな。改めて考えると、前代未聞だろ。」


「前人未到の地ですからね。いえ、真琴様は昔に一度来ていたのですね。」


「全く覚えが無いけれどな。」


「こんな所に一人で来たなんて、今考えてもゾッとする。今回は一緒に来られて心の底から良かったと思えるぜ。」


「マコトは昔からやんちゃだった。」


「まるで見てきたかの様に言うね?!」


「ですが、当たっていますね。」


「凛さん?!」


「何かを思い付くと一人で危険な事もやってしまったりしていましたので。」


「反省するべき。」


「今はそんな事無いでしょ?!」


「………」

「…………」


「ごめんなさい。」


全員に無言の重圧を受けて素直に謝る。出来る男は謝罪もしっかりと出来るものだ。うん。そういう事にしておこう。

そんな事を話しながらも足を止める事は無く、順調に先へ先へと進んでいく。この地区へと入った当初はほとんど荒れてはいたが、平坦な地表だった。それが先へと進むにつれて徐々に起伏の激しい地形へと変わっていく。単純に坂が多いわけではなく、岩盤ごと持ち上がったり、陥没したような形になっていて、ブロックを積み上げた様な地形になっている。


「これだけデコボコしていると、歩き難いですね。」


「高低差が大きい所だと大体1mくらいか?」


「そんなもんだな。」


「乗り越えられない高さじゃない所が逆に厄介なのかもな。ちょっと無理してでも真っ直ぐ進もうとしているからな。」


「マコト。ここはなんでこんな地形なの?」


「草木が生えて無いから、地面が他より弱いんだろうな。何かの衝撃で岩盤がズレるのを防ぐ物が無いからな。」


「草木の根っこは大事って事だね。」


「そうなるな。よっと。ん?なんか見えるな。」


凸部分に登った時に前方を見ると、遠くに何かが見える。


「霧…ですかね?」


「そう見えるが…赤紫色の霧って……」


「一度、触れない程度まで近付いてみましょう。」


「そうだな。」


慎重に赤紫色の霧が占有する領域を見極めて近づいて行く。赤紫色の霧のある場所の付近は地面の凹凸が少なくなっている様だ。

ある程度まで近付いても、赤紫の霧という印象は変わらず、霧もまたその場にずっとあり続けている。霧の範囲は大体直径100メートルの範囲。避けて通る事は可能だが、鱗の色と同じ色の霧。ブレナルガが関係しているだろうと誰でも分かる。

霧は中心に行くほどに濃くなっていて、中の様子は外から伺う事が出来ない。


「……この中にブレナルガが居ると思うか?」


「居る…と思います。」


「この霧に触れるのはお勧めしないぜ?」


「お勧めしたら中に放り込みますよ。」


「どうするか…」


風魔法で吹き飛ばしても良いが、いきなりそんな事をしても大丈夫なのだろうか?頭を悩ませていると、中心にある霧がブワッと動く。中で何かが動いているらしい。


「……話に聞いていた者達か。」


少し低めの声が霧の中から聞こえてくる。言葉に合わせて霧がユラユラと動く。


「これは邪魔だな。」


声の主がそう言うと、赤紫色の霧がスーっと中心に集まっていく。

霧の中からまず現れたのは、先端がボールの様に膨らんだ尻尾。次に見えたのは細く長い手足に胴体。大きく鋭い翼。そして最後に見えたのは、霧を吸い取り終わったドラゴンの赤紫色の瞳と、グネグネと曲がった角。全身を赤紫色の鱗で覆うドラゴン。ブレナルガだ。


「私は毒ドラゴン、ブレナルガ。」


「俺達は…」

「自己紹介は良い。既に聞いている。」


「そうか。あの鱗の持ち主にやっと出会えたわけだな。」


「あの鱗?」


「俺達はこの星の最北端に空いた大穴の底に降りたんだ。あんたとカナサイスの戦闘跡地だよ。鱗が落ちていた。」


「あの阿呆と派手にやり合った時のだな。」


「どんな理由であんな大穴を穿つ喧嘩になったんだ?カナサイスは忘れたらしくてな。」


「なにっ?!あの阿呆が忘れたと言ったのか?!」


「あぁ。聞いたら理由は忘れたとか言ってたぞ。」


「これだからあの阿呆は好かんのだ!あの阿呆から始めた事だと言うのに!」


苛立ちを隠そうともせずに露わにするブレナルガ。少し興味本位で詳しく聞いてみる。

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