第61話 誓い
グラン様の話をした後、少しだけ考える素振りを見せたバウスが話を始める。
「俺はこの街に住む貴族の子供なんだ。」
「じゃなきゃ金貨なんてポンポン人に渡せない。」
「プリネラの言う通りなんだけど…」
「それで?そんな事が言いたいわけじゃないでしょ?」
「……俺は貴族とは何か、どんな存在なのか、それをずっと父と母から教わってきた。
貴族はその国の代表者であり、民を守る立場であり、有事の際には率先して事に当たる者だと。」
「そんな事を実践している貴族は、この世にはほとんどいない。」
「…その通りだ。ずっとそう教えられてきたのに、実際の貴族の在り方は真逆も良いところ。守るべき人々から
「自分で言う奴もなかなかいない。」
「そうだね。俺もその貴族の一員だ…
でも、それがこんなに恥ずかしい事だとは思っていなかったよ…」
「…へぇ。」
「父と母から教わってきた事はそれを知った今でも…今だからこそ正しい事だと思うし、それこそが俺達貴族の在るべき姿だと強く思っているんだ。」
「だからあの時、勝てもしない相手に挑んだの?」
「勝てる勝てないじゃない。目の前で行われている蛮行を見て見ぬ振りをして生きていくくらないならば、助けに入って死んだ方がマシだ。」
「死にたいの?」
「いやいや。そんな事は無い。死ぬのは怖いし死にたくは無いよ。でも、死んだとしても曲げたくは無い信念が俺には有るってだけの事さ。」
「早死にするよ。」
「かもしれないな。」
「確実に。その腕じゃ遠くないうちに死ぬよ。」
「……分かっている。」
「分かってて続けるの?」
「……諦めたくない。」
「……」
その時のバウスの目は、どこか少しだけグラン様を思い出させる目をしていた。強い、人を惹き付ける目だ。グラン様と比較するにはあまりにも弱い光だけれど。それでも、グラン様の目を思い出させてくれた。少しだけ、彼に興味が出て来た。
私はその日バウスと別れると、彼の身辺を少しだけ調べてみる事にした。と言っても、彼の家については調べようとしなくても、かなり有名で直ぐに分かった。
四年前。彼の家であるマイサイスタ家は、今でも語られる程に悲惨な事件に巻き込まれた。
マイサイスタ家惨殺事件。
バウスの父、母、使用人数人。当時マイサイスタ家にいた者達全員が無惨に殺されたらしい。理由はどこかの物取りがやったとされているが、それを信じている者は一人として居ない。
マイサイスタ家はこの街では元々かなり有名な一家で、貴族の連中にしては珍しく、民衆に人気のある一家だった。理由はバウスの父ボロホ-マイサイスタ。彼は民達に分け隔てなく接し、街に家族で出かける事も多かったとか。有名な話では、その昔、この街に
そんな父ボロホに救われた人々も数多く、絶大な人気を誇っていた。そんな彼の家に物取りとして忍び込む輩がいれば街の人々が許すわけが無い。それほど大きくもない街で、街の英雄の家に忍び込み、一家を惨殺し、逃げ切れる物取りが居るなんて誰が信じるだろうか。
一家の惨殺現場を初めに目撃したのは、バウスだった。彼は事件当日、父の勧めで使用人一人をお供に付けて、ジゼトルスへと赴いていた。知り合いへの挨拶だかなんだか知らないが、大した用事では無かったらしい。
バウスと使用人が家に戻り、扉を開けて絶句した。屋敷の中は、彼にとっての地獄だっただろう。
元々親を知らない私には、失う悲しみは分からない。けれど、大切な人が死ぬという事は、激痛を伴う。それはよく知っていた。
バウスはその後現在に至るまで、その屋敷で過ごしているとの事らしい。どんな思いでその場所に留まっているのかは分からない。しかし、誰が見ても物取りの犯行には見えない事件。彼にもやり切れない思いが有るのは確かだと思う。
内情を知った私は、両親を亡くし、その現場を見てしまったという彼の事に更に興味を持っていた。
グラン様と似たような体験をして、似たような目をした彼。もし彼にもグラン様と同じ様な感情が有るとすれば、一人で事件の更なる詳細を調べているはずだ。グラン様ならばそうする。
裏の事情に詳しい私は
マイサイスタ家は、元々平民であった。このオイロという街を発展させるにあたり、多大な貢献を果たした事が認められ、国王から貴族位を賜ったらしい。それも何代か前の当主の話だが。マイサイスタ家はその頃から『弱きを助け強きをくじく』貴族だったらしい。代々当主が教えてきた事は、バウスが言っていた、貴族の本当の姿。そのお陰か、マイサイスタ家の男は、特に正義感が強く、時にはその身を呈してまで人々を助ける事が多かったと聞いた。
ボロホも疫病の件を含め、とても正義感の強い男だったが……それが災いを招いてしまう。
ボロホは、独自で調べてしまったのだ。
グラン様の起こしたとされていた事件について……
ボロホは、例の事件について疑問を抱き、独自で調査を進め、恐らくは知ってはならないことを知ってしまった。
そしてその結果がマイサイスタ家の惨殺事件へと繋がったのだ。
バウスはこの事を恐らくは知らない。知っていれば、グラン様を慕う私はある意味仇のような存在であり、間違っても楽しく話をする相手にはならないだろうから。
「どうしたんだい?プリネラ?」
情報を集め、詳細を知った後、私は最後にもう一度バウスに会う事にした。
「バウス。」
「……初めて俺の名前を呼んでくれたね。」
「そうだったかな?」
「あぁ。それより、話があったんだよね?腰を折ってしまってすまない。」
「良い。」
「それで?」
「バウスの事を少しだけ調べてみた。」
「そうか……調べたりしなくても、聞いてくれれば教えたのに。」
「……」
「マイサイスタ家の事について……だよね。」
「うん……なんで、なんでまだあの屋敷に住んでいるの?」
「……忘れない為だよ。あの事件を起こした者に対する怒りを。」
「……」
バウスの目は怒りを宿し、強く、鋭く光っている。
「今でもあの光景を思い出して、夜中に飛び起きる事があるんだ。その度に、俺は復讐を誓ってきた。絶対に許さない…とね。」
「そう…なんだね。」
「失望したかい?正義を貫きたいと言っておきながら、復讐を望んでいるなんて…」
「ううん。まったく。その方が自然だし、それも正義の一つだと思う。」
「……そうか…良かった。」
「でも…もう私とは会わない方が良い。」
「え?!なんでだい?!俺の事を嫌いになったのかい?!」
「ううん。そんな事は無いよ。」
「じゃあなんで?!」
「その方がきっと良いから。」
「そんな………まさか…君の慕うグラン様の事かい?!」
「え?」
「俺の父が追っていた事件の…」
「知ってたの?!」
「うん。」
「なんで黙って…」
「俺が君に近付いた理由が、そのグラン様だと思われたく無くて。」
「…え?」
「確かに父は君の主人について深く知り過ぎた事が原因でこの世を去ったかもしれない。もし、それが事実だったとしても、彼を恨むのは全くの筋違い。当然、プリネラを恨むのはもっと筋が違うさ。
憎むべきはそれらを行った奴らと、後ろで操っている奴らだよ。」
「……平気…なの?」
「当然さ。プリネラや、君の主人には全く責任は無いんだから。」
彼の目を見ても、嘘を言っている様には見えない。
「なんでそこまでして、私と話をしようと思ったの?
私は死んだとしても、グラン様の大切な情報は漏らしたりしないよ?」
「要らないよそんな情報。それに、さっきも言っただろ?俺が君と話をしたい理由は君の主人とは関係無いって。」
「じゃあなんで?」
「なんでって……それはプリネラの事が好きだからさ。」
「…………は?」
意味が不明過ぎて、情報処理が追い付かない。私の事が…好き?何を言っているのだろう?
「何言ってるの?馬鹿なの?」
「勇気を振り絞った男に対して言う言葉がそれかい…?」
「自分で言っていることを理解しているの?」
「当然だよ。」
「私が言うのもなんだけど、最悪な出会いだったと思うよ?」
「確かに良い出会いとは言えなかったかもね。」
「じゃあなんで?」
「理由を聞かれても分からないよ。人を好きになるのに理由なんて無いからね。」
「……分かった。馬鹿なんだね。」
「酷い言われようだな…」
「それに、好かれても困る。」
「はっきり言うね…」
「私の全ては、もう既にグラン様に捧げたから。この先も一生、バウスの気持ちに応えることは有り得ないよ。」
「分かっているよ。別にプリネラをどうこうしたいなんて考えていないさ。ただ、一緒に居て、少しだけでも話が出来て…それだけで俺は満足なんだ。」
「……変な人。」
「そうかな?」
そう言って照れながら笑うバウス。本当に変な人だった。
「今日はこの辺りにしておこうか。」
そう言って立ち上がるバウスはいつもの様に食事代金と共に私に金貨一枚を渡そうとする。
「要らない。」
「…え?」
「バウスのお父さん。ボロホはグラン様を信じてくれた人。これ以上お金を搾り取るわけにはいかない。」
「暗に今までの分は返さないって言ってる所がプリネラだね。」
「今までは今まで。なに?返して欲しいの?男なら一度あげたものを返せなんて言わないでしょ?」
「当然さ。返してくれなんて口が裂けても言わないよ。」
「なら良い。」
「あの……また…」
「明日はボロホの事について教えて。」
「え?」
「お父さんの話をするのは嫌?」
「そ、そんな事は無いよ!分かったよ!明日!必ず!」
そう言って嬉しそうに去っていくバウス。
私は酷い人間だと自分でも思った。
確かにバウスはグラン様に似ている所もあって、興味も持った。でも、絶対に好きにはならない。それが分かっていて私はバウスと会う約束をしたのだ。
少しでもグラン様の事件に繋がる情報を得ようと、利用するために。バウスはその事をわかっていると思う。だからこそ、一層私は自身を酷い人間だと思う。
それからも、私はバウスと何度も会って話をした。
ボロホの事やマイサイスタ家の話を詳しく聞いた。聞けば聞くほど、噂が真実だと確信していくだけだった。目新しい情報は無かったが、バウスと話している時間は悪いものでは無かった。
そんなある日の事、私とバウスがいつもの店に行こうと夜道を歩いていると、嫌な気配を感じた。
冷たくて重い気配。暫く仕事から離れていた事で、久しく感じていなかった……殺気というもの。
そして恐らく、これは私に向けられたもの。
仕事の関係上命を狙われるなんて日常茶飯事。そして、この類の相手は同業者である事が多い。それはつまり街のゴロツキとはわけが違うという事。つまり、バウスが逆立ちしても勝てない相手だ。
バウスに断りもなくその場を離れた。狙いが私ならバウスまでは狙わない。余計な犠牲を出せば向こうも今後の仕事に影響を及ぼしてしまうし、私が離れればバウスの安全は確保された様なもの。普通ならばそれで良かった。
でも、今回は違った。
私に着いてきた刺客を処理して元の場所に戻ると、バウスは消え、そこにバウスの剣がポツリと置かれていた。
剣を拾い上げると、近くにあった気配が私に告げる。
「あの男を殺されたくなければ、街外れにある廃工場まで来い。」
そう言って去っていく気配。
オイロの外れには廃棄された製鉄所がある。恐らくはそこの話だと思う。
「私のせいで…」
巻き込んでしまった。それは間違いない。でも今はそれを悔いている場合ではない。拾い上げた剣を背負って廃工場へと走る。
私の周りにいる人達は、危険に晒される可能性がある。それは十分に理解していた。グラン様達の様に私よりずっと強い人達なら私が心配する必要も無いのかもしれないけれど、この世界にそんな人達は珍しい。
気を付けていたつもりだった。いつも一所に留まり続けないのは、こういった事態を引き起こさない為という事も考えていたからだ。
工場は、使われなくなってから久しいのか、所々壁が崩れ落ちている。木材で作られた部分は腐り、黒く変色してしまっている。夜の暗がりで見ると、恐ろしい場所の様にも見える。
工場の中へと足を踏み入れる。
ジャリ…
石造りの床にある小石達が足を踏み出す度に音を鳴らす。
製鉄所に据え付けられている大きな釜に、両手を挙げる様に縛り付けられている。連れてこられる際に気絶させられたのか、意識は無いみたいだけれど、死んではいない。
「良かった…」
「……」
ジャリ…
私の周りを取り囲む様に現れたのは、全身を黒い服で包んだ奴ら。身のこなしからするに同業者。全部で三人。単純な戦闘なら負ける気がしないけれど…
「おっと。動くなよ。」
私が動こうとすると、バウスの首元に曲剣の刃先が近付けられる。
「動けばこいつが死ぬぞ。」
「……その男は関係無い。」
「それで俺たちがこいつを解放するなんて事が無い事くらい分かってるだろ。」
「何が目的?」
「お前が知る必要は無い。悪いが俺達は慎重な質でね。同業者の中では有名なお前と正面からぶつかる気は無いんだよ。」
「こんな事をしたら仕事が無くなる。」
「逆だ。お前を殺したとなれば俺達の名が売れる。仕事は向こうからやってくるだろうよ。」
「……うっ……」
「…ちっ。もう起きやがったか。」
「…ここは……プリ…ネラ…?」
「へぇ。お前プリネラって名前なのか。可愛らしい名前しやがって。」
「これは……?!」
「長々と話をするつもりは無い。悪いがさっさと片付けさせてもらうぞ。」
「……何を勘違いしているのか知らないけれど。」
「??」
「私は別にその男が死んだとしても気にもしないよ。」
「…嘘だな。気にしないならこんな所に罠と知りつつ来るわけが無い。」
「確かに助けられるなら助けたいよ。でも、それは出来るならば、助けたいだけ。出来ないなら別に死んでも構わない。私の中の優先順位では、その男の命はそんなに高い位置に無いからね。」
「…はは。宛が外れたね。俺を捕まえてもプリネラは動じないよ。」
「うるさい!黙れ!本当に殺すぞ!」
「好きにすれば良い。私の名前を知ったお前達を逃がすつもりは無いからね。」
「っ?!殺れ!三人で掛かるぞ!」
バウスの命が私にとってそれ程重要なものでは無いと悟ったのか、三人で私を殺しに来る。
同業者の中ではそれなりに動ける方だと思う。曲剣を振る速度も、確実に急所を狙ってくる腕前も、三人の連携も、大したものだと思う。
でも、兄様の剣術や足運び、姉様の精密な魔法、そしてグラン様の絶対的な力と、統率力によって作り出される連携を見てきた私にとっては、三流品でしかない。
三人の刃、魔法を紙一重で避ける。
「……凄い…」
バウスが何かを呟いている。私の技術なんて大した事は無い。
「なんだこいつ?!当たらないぞ?!」
「ちっ…だが避けるので精一杯なはずだ!畳み掛けるぞ!」
二人が左右から近付いてきて、曲剣を水平に振る。首元と膝の裏を狙った刃が前後から近付いて来る。
トンッ
地面を軽く蹴り、刃と刃の間を通り抜けた私の体。刃が通り抜けた後、正面から三人目が縦一文字に曲剣を振り下ろす。
「嘘…だ……ろ……」
「悪いけど、その程度の腕じゃ私に触れる事も出来ないよ。」
三人は膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れる。じわりと床に広がっていく血が、崩れた屋根から差し込む月明かりに照らされる。
「…お待たせ。」
縛り付けられているバウスを解放してあげる。
「相変わらず凄いな…まるで踊っている様に見えたよ…」
「私の腕なんて大したものじゃない。」
「そう言われると、俺の立つ瀬が無いな…」
「……」
「……どうしたんだい?」
「謝る気は無いよ。」
「俺の事を見捨てようとした事…かな?」
「うん。私にとって一番大事な事は…」
「グラン様。だろ?」
「…うん。」
「分かってるさ。別に怒っても悲しんでもいないよ。」
「……」
「分かっていてプリネラと少しでも一緒に居たいと望んだのは俺だからね。」
「……私はこの街を出る。」
「俺の事なら気にしなくても…」
「違う。」
ここに居ることを悟られた以上、長居する事は出来ない。未だにグラン様を追う者達はいるのだから。
「……そうか…残念…だな。」
「……」
「またこの街に来た時は顔を見せてくれるかい?」
「…分かった。」
「それが聞けたなら上々…かな。」
「……」
「次に会う時には俺も強くなっておかないとな。」
「バウスが?」
「ずっと好きな女性に守られる男ってのも格好が悪いだろ?」
「……」
「そうだな……次に会う時までには、プリネラを守れる男になってみせるよ。
これに誓ってね。」
バウスは右腕に巻いている黒と青で編まれた縄に手を当てる。
「これは父と母がくれたお守りなんだ。
これに誓うよ。」
「強くなっても私は変わらない。」
「分かっているさ。俺の自己満足だって事はね。」
「……好きにしたら良い。」
「好きにさせてもらうよ。」
そう言って笑ったバウス。それが私が見た最後のバウスになった。
その後暫くすると、色々な街で噂が流れ始めた。オイロという街にやたら強い男が居ると。その男は直剣を携えた青髪の剣士。右腕に黒と青の縄を巻いた剣士だと。なんでも、その男は、今の世には珍しく、『弱きを助け強きをくじく』貴族らしい……と。
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